(※ストーカーが出てくるお話ですので、読まれる際は注意をお願いいたします)




音駒バレー部のマネージャーをしている私は帰宅時間が遅い。通勤手段は電車と徒歩。電車組と音駒の最寄り駅まで向かい、そこからは幼馴染組と電車に乗る。ふたりより一駅前で降りる私はそこからは徒歩で帰路につく。

駅から歩いて10分程度。だから、迎えはいらないと親に言っているんだけど、最近ひとりになると嫌な視線を感じる。視線だけじゃない、足音も聞こえるのだ。それは家に入るまで続き、私が止まると音は止む。こんなことが続いて一週間。共働きであまり家にいない忙しい両親に相談するのは気が引けて、兄弟もいないから気軽に相談出来る相手もいない。相談が出来ないというのは私が悪いって話なんだけど。

頼れる仲間に相談してみるのは?それも考えたけど、難しい。理由は色々あるけど、一番の理由はちゃんとある。




朝練のある部活は朝も早い。いつもは黒尾達と同じ電車に乗るけど、最近では一本早い電車に乗る。朝はつけられている感じはしないんだけど、見られたくないものがあって。

「……」

それは、毎朝部室のドアに挟まってる茶色の封筒。きっとこれはあの足音の人だと思う。中身を見なければいいと思うが、それはそれで怖い。

今まで書いてあった内容は、「ずっと見てるよ」「前から好きだった」「どうして気づいてくれないの?」「俺がこんなに好きなんだからキミも好きだよね」「好き好き好き愛してる」「こっちを見て。俺はずっと見てる。気付いてくれるまでずっと待ってるよ」「殺したいくらい愛してる」こう言った一言が封筒の中に入っている。

これくらいなら、まだ、大丈夫。だって今までもひとりでなんとかしてきた。無視していればそのうち終わる。だから大丈夫。大丈夫。大丈夫。


「大丈夫」

自分に言い聞かせた。この大丈夫、の言葉は私にとって魔法の言葉だ。これを言うだけで気が楽になる。
そうして心を落ち着かせて、置かれた封筒を開ける。そして中身を確認した。

「っ…ヒッ」

封筒を触った感触がいつもと違い恐る恐る顔を引いて中身を覗いた瞬間、血の気が引いた。中身はいつもの文字が書いてある紙ではなく、


髪の毛


そして、無造作に破いたような紙切れには、"俺とキミの髪だよ。かなり時間をかけて集めたんだ。早く一緒になりたいね"の文字。

震えが止まらなかった。よく見ると短い髪と長い髪がある。これが自分のかは分からないけど、自分のだと思わずにはいられない。ショートが好きだった私が好きな人の好みに合わせて伸ばした長い髪。怖い怖い、助けて。助けて欲しいと頭に浮かぶのは黒尾の顔。だけど、私は彼に頼ることは出来ない。他の人にも、誰にも。


「おはようございまーすっ!」
「おーみょうじ、はよ」
「!!」

封筒を鞄に入れるのを躊躇っていたら夜久、リエーフがやって来たため、瞬時にそれを中にしまうとリエーフが首を傾げこちらを見つめてくる。


「?…その封筒、みょうじさんのですか?」
「え……っ!?」


封筒。それはさっき鞄の中にしまった。だからリエーフが気付くわけがない。だけど、彼の言った封筒とは先程私が持っていた茶色のものではなく、扉に挟まっているピンク色の可愛らしいもの。隣で夜久が楽しそうにニヤけるが、私には恐怖以外の何者でもない。

ここで中身を見ることは出来ず、手に取って鞄にしまう。ラブレターですか!と目を輝かせるリエーフに誤魔化すことも出来ずにいると不思議に思った夜久に声をかけられる。


「大丈夫か?顔色悪いぞ」


腰に手を当てて顔を覗き込まれる。このまま言ってしまおうか。ひとりでどうこう出来る問題ではなくなっている気がする。他の人を巻き込みたくはない。けど、後々事態が悪化して迷惑をかけるよりは…と後輩に聞かせる訳にはいかないから夜久だけにと呼び出そうとした。


「あのさ、夜久ちょっと話「はよー。…あれ?やっくんとリエーフで来んの珍しいな……お前、もしかして寄り道した?」」
「はいっ!めっちゃ研磨さんにそっくりな猫がいて!!」
「え、俺?…嫌なんだけど」


口を開いたとこで幼なじみ組の登場。ふたりにリエーフは自慢げに話し出す。


「聞いてください!みょうじさんにラブレターが!!」
「ちょっ!」
「は?」

彼に100%悪気がないのは分かっている。だけど、これはラブレターなんてものじゃない。バレないように震える手でそれを背に隠したら夜久が何かを悟ったのかリエーフに回し蹴りを食らわし、ラブレターの言葉に普段よりも低音で声を零した黒尾が今度は意味深に「へぇ」と怪しく笑う。


「みょうじにラブレター、ね」
「…馬鹿にしてるでしょ!絶対!!」
「いーや。そんなとんでもないデス。ただ、みょうじも女なんだなぁとかとか考えるわけ…ぃだ!!!」
「残念ながら私は女でこれでも結構おモテになるんだよ!クソが!!」
「女はこんな強烈な回し蹴りかまさねぇだろ!」
「はんっ!」

夜久直伝の回し蹴りを食らわし、そそくさ部室内へと入り息を吐く。


「…ちゃんと、ちゃんと普通に出来た」

バレてない。だけど、研磨にはバレていないというのは無理かもしれない。怖くて、全て見抜かされそうであの子の顔は見れなかった。夜久に一瞬話そうとしたけど、やっぱり言わなくて良かった。

私が皆に相談しない一番の理由はこれ。女として見られていないから。あまり女らしい可愛いものや服、メイクにも、今流行りのスイーツやおしゃれなカフェも興味がない。小さい頃は戦隊モノしか観なかったし、おままごとより外で体を動かす方が好きだった。
力仕事や女の子が出来なさそうな男に頼るようなことも出来てしまう。逆に男から頼られたりもする。だから、周りは私のことを女として接さない。虎だって、私には緊張をしたりしないし。

皆にこの悩みを…ストーカーをされているかもしれないということを話したらきっと笑われる。それに信じてもらえるかも分からない。女として扱われていないから。







茶色の封筒を貰ってから前にも増して視線を感じる。あの日、リエーフが見つけたピンクの封筒の中身は怖くて見ることが出来ずに捨てた。茶色の封筒と一緒に休日、外のゴミ箱に。


あの日から何もないけれど、誰か大人に相談しないと自分の身が危ない、事が起きてからじゃ遅い。そう思っては先生に相談しようとしたけど、視線は学校内でも感じるから気軽い動けない。相談していることがバレて何かあったらって考えると怖くて何も出来ない。


今日は4限目に体育館。体操服から制服に着替え、お昼ご飯を買いに購買に向かう。着替えて直ぐ行けるようスカートのポケットに小銭を入れていたため、階段を降りる手前でスカートの中に手を突っ込み取ろうとした。

「え…、」

じゃり、と小銭が擦り合わさって鳴る音がした。だけど、感触が違う。見たくない。見ちゃダメだ。頭で警告しているのに体は勝手に動く。小銭ともうひとつの違う感触を感じながらゆっくり掴み取ったものを見るため手を開くと、そこには小銭と数日前に捨てたであろう髪。封筒に入っていたくらいの量。

「っき、やぁぁぁあ!!!」

手から振り払い、その反動で体が傾く。私は今階段を降りようとしていたのだ。恐怖、気持ち悪さから体の力が抜け、そのままバランスを崩し階段から落ちていきこれから来るであろう痛みに耐える準備をする。

「っみょうじさん!!」
「!」
「だ、大丈夫っすか…?」

顔面から落ちると覚悟したが、その覚悟は無用だった。後ろから抱きしめられるように支えられた体。耳元で焦る声色を放つのは山本で、首を動かし後ろを見ると山本の直ぐ後ろには福永の顔。山本の体を福永が支えており、私、山本、福永の順でモヒカン頭の後輩が真ん中で挟まれている。


「あ、りがとう…」
「い、いいいえっ!…俺もすみません!」
「(コクコク)」

抱きしめて助けてくれた山本の頬はほんのり赤く染まっていた。普段は私に対して慌てることはほとんどないけど、抱きしめるという行為からいつもと違う反応をされているのにも気づかないくらい気が動転していて、皆に怪しまれなくない一心で素早くこの場から立ち去った。


「…なに、これ」

だから、振り落とした小銭と髪の毛の存在忘れてしまい、後ろにいた研磨がそれに気づいたことなんて知らなかった。





昼食を取った後、気分が悪くなってトイレに籠る。大分落ち着いたとこで、中庭を通って教室に戻ろうとした時に1年組に遭遇した。

「あっ!みょうじさーん!!」

リエーフが私に気づき手を振り、他は元気よく挨拶する。その曇りない笑顔に気持ちが軽くなってそちらへ近づいた時。

「!みょうじさんっ、危ないッ!!!!」

何かを見た犬岡が焦った表情でこちらに走ってくる。周りも何故か驚いた顔をしていて。犬岡の大きな体が私に追突し、ガシャンッと割れる音が耳に届いた後、尻餅をつく。

「…え」
「わ、あ!すみません!突き倒しちゃって!!大丈夫ですか!?」
「いや、私は……っ!?」

犬岡の背後には花を生ける大壺が割れていた。落ちてきた壺に全身の血の気が引いたけど、それよりも犬岡の膝下に割れた破片があって、そこから血が少し滲んでいることに呼吸が止まった。

「大丈夫ですか!?」
「怪我は?」
「んだよ!もうっ!危ねーだろ!!」

芝山、手白が心配する中リエーフは上に向かって声を荒げる。多分、私のせい。私に落とそうと…

「ご…めん」
「え?あ、これくらい大丈夫です!」

みょうじさんが謝ることではないですっ!!!ニカッと歯を見せて笑う犬岡に視界が滲む。私のせいだ。私が早く対処しないから…。

「ごめん」

普段はリエーフと一緒に「誰だよ!危ないでしょうが!」と叫ぶ私が泣くのを堪えて下を向くから皆に心配された。



放課後。部活が始まる前に先生に相談しようとしたけれど、どうやら職員会議があるみたいで明日の放課後話を聞いてくれることになった。部活中でもいいって言ったけど、それだとマネージャーの仕事が出来なくなるし。


「あれ…?テーピングがない」

通常練習後の自主練中。リエーフが突き指したと手当てをしようとしたらテーピングがないことに気が付いた。今までこんなことはなかった。しかも、よく使うものの在庫がなくなってるのに気付かないなんて。
まだ外は明るい。それ程遠くない場所にスポーツ店があるから外履きに履き替え、買いに出た。


無事に目当てのものを手に入れ一安心。嫌な視線も今はない。このまま帰って早くリエーフの手当てを…そう思って学校が見えてきた時に声をかけられた。

「あの…」
「…はい?」

音駒の制服を着た男。身長は平均に比べて低く、華奢。可愛らしい顔立ちで女子に可愛がられる、そんな印象の男子。多分、同じ学年ではない。

「これ、昼に落としてました」

拳を握ったまま突き出す腕に何かと受け取るように掌を上に向ける。何か落とした…?

落と、した…。ひとつしかない。今日の昼に落としたもの。やばいと警告がなり手を引っ込めようとしたら、手首を掴まれ無理矢理掌に乗せられた。

「っっ、!」

声にならない叫び。手に乗せられたのは昼間落とした小銭と髪の毛。

この人だ。この人がずっと…そう思って、手を振りほどき、すぐ目の前にある校門へ逃げようとしたが許してはくれない。また手首を捕まれそのまま引っ張られて細い路地に引きずられた。連れていかれた瞬間、体を投げられ地面に転がってしまう。

怖い…、逃げなきゃ…、急いで立ちあがろうとしたが、上に馬乗りになられ身動きが取れない。私と同じ身長、華奢体格。勝てると思った。だけど、恐怖で力が出ないのと、どんなに華奢でも力が無さそうでも男には力で勝てなかった。

「見てるって言ったよね」
「っ、」
「何で気づいてくれないの」
「…、」
「俺がこんなに好きなんだから、キミも同じくらい俺を好きなのに!!!」

叫びと共に「俺と同じにならないなら殺してやる」そう言って首に手をかけた。

「や、め」
「うるさいうるさいうるさい」

声が出ない。怖い。助けて。助けて、お願い。誰か…。


「殺す。お前は絶対「おい!!!!何してんだてめぇ!」…っ!!」

聞き慣れた声。安心する声。大好きな声。突然目の前から男が消えて、誰がそうしたのか姿は見えなかったけど直ぐに分かった。
ゆっくり上体を起こし、震えが止まらないまま息を整え地面だけが視界に映る。近くで行われている争いは私には届かなかった。



「おい!止めろっ、黒尾!!」
「……」
「黒尾!!!」

みょうじから引き離すため、黒尾は男の肩を後ろから掴み地面に投げつけた。転がる男に近づいた時、後からやって来た夜久がそれを止める。手を出すと思ったから。

しかし、黒尾は腕の血管が浮き出る程、拳を握りしめ今にも殴りかかりそうな表情をしながらも「何もしねぇよ」と小さく吐き捨てた。黒尾の異様な雰囲気、顔に男は青ざめ震えている。
続けて、手は出さねぇ…と言った。理由はきっとみょうじのことを考えての行為。手を出したら、みょうじが気にする。だから、黒尾の手からは爪が掌に入り込んで傷ついた皮膚から血が流れていた。

海はみょうじの側へ駆け寄り、少ししてからコーチも焦ってやって来る。そして、事情を聞くためその男を連れて行くが、去る寸前「二度とみょうじの前に現れるな」と前から肩を掴み言い放つ黒尾。男が顔を歪ませたのと掴んだ手からまた血管が浮かび上がっていることから、凄い力でそこを握りしめていることが分かる。


男が消え、海がついているみょうじの元へ言った黒尾は片膝を地面につけ、彼女の顔を覗き込んだ。


「ごめんな、怖かったな。気づけなくてごめん」
「っ、」

初めて見る黒尾の表情に息が詰まる。まるで大事なものを壊されたかのように眉を下げて私を見つめるから。怖くて怖くてどうすることも出来なかったこの感情が口から溢れた。


「……た、すけて、……黒尾」


やっと言えた。

やっと…、これで私は大丈夫。絶対に大丈夫。助けてくれる。だって私が好きになった人は、困っている人を助けてくれる、放っておけない、お人好しで、世話焼きで、とても優しい人だから。

今更言っても遅いことは分かっているのに、助けて、助けて、と今まで言えなかった分を吐き出すように、何度も何度も…助けを求め縋りついた。


「うん。守るよ、絶対」


両腕で優しく抱きしめてくれた黒尾は本当にどんな人からでも守ってくれそうで。とても、安心した。







私をつけていた男子生徒は数日後、学校からいなくなった。県外に転校し、私の前には現れないと約束してくれたと先生から教えてもらった。

あの日。黒尾達が助けに来れたのは、研磨が確信はなかったけどストーカーにあっているかもしれないということを3年に伝えたらしく。私がひとりで買い出しに行ったのに気づき、嫌な予感がして皆に声をかけたと後から聞いた。その前に私の様子が可笑しいと黒尾は心配していたみたいだけど。


「おーい、みょうじ。帰んぞ」

帰宅時。あの事件から黒尾が凄く気にかけてくる。というか、過保護っていうかなんていうか…。今までされなかった女扱いをされるというか…。それがむず痒く、かなり反応に困る。


「家まで送らなくていいよ、別に」

こういう扱いをされることに慣れていない私は気まずさで可愛くない回答をしてしまう。だって、わざわざ私の最寄り駅で降りて家まで送ってくれるだもん。その後、また電車乗って帰るって凄く大変。部活で疲れている訳だし、犯人だってもう見つかって何もないから。


「それに、私女じゃないし」

横に視線を動かし黒尾を見る。捻くれた言い方をしてしまったけど、これは今まで言われてきたこと。嫌味を少し込めてしまった。

「は?」
「……」

何を言っているんだ?と言っているような間抜けな声を零す、この男は真顔でケロッと言い放った。


「お前は女だろ」
「は!?」

思わず声を荒げてる。私の反応を見て黒尾は「あー…いや、ごめん」と気まずそうにして。そして、首裏をガシガシ掻き、一度目を逸らしたそれで私を捉えた。


「俺、みょうじのこと女として見てない時なんてねぇから」
「…は、」
「…素直になれなかった、つーか…拗らせてたっつうか……だぁー!んだこれ、カッコ悪っ」
「なに!?ちょ、」

忘れろ!今の忘れろ!!いいな!?そう言って頭を乱暴に撫でる黒尾に前のノリで、女になんてことするの!と言ってしまった。以前ならこう言っただろう。どこに女がいるんですかぁー?って。


「そうだな、悪い」

そう言って、髪を優しく手櫛で直してくれる行為にどう反応すれば正解なのか分からならず、小さく「あ、りがと」なんて恥ずかしい返事をしてしまうと、目を細めて柔らかい笑顔をくれた。