まるでこの学校に入学する新入生達を祝っているかのように満開に咲いた桜。
これからの学校生活、新しい出会いに緊張とわくわく、そんな表情を皆がしている中、ひとり背を丸め眠たそうに猫背で歩く黒髪の新入生に何故か私は目が離せなかった。
「ねえねえ〜そこの可愛い子、一緒に遊ばない?」
「……」
「あ、ちょ…待って!」
「……」
「………研磨くんっ!!」
手を伸ばし、大好きな…私の初恋の人を呼び止めるも、それを無視して振り返ることなくスタスタ歩いていく。肩に手を置いてもう一度名前を呼ぶと眉間に皺を深く深く刻んだ研磨くんが振り返った。
「……え、かっこいい」
「……」
その顔が私の心にグサリと刺さり、思いがそのまま口から漏れる。更に顔を顰めた研磨くんはため息を吐いて私に背を向けていなくなった。伸ばした手が今度は宙に浮くだけで、「あ…」とただ零すだけとなる。
「ぶ、ひゃひゃひゃひゃひゃっっっ!!!!」
「……」
それから数秒沈黙が流れた後、陰で見守っていた黒尾鉄朗が笑いながら顔を出した。
「…な、にふざけてんだよっ…お前、ぶふ…っ!ああいうの研磨好きじゃねえって」
「ふざけてないし。大真面目だし」
「え、マジで?」
それはごめん、と真剣に謝ってきたかと思えば、もう一度「ブフッ…!」と吐き出すこの男。
「黒尾くんが言ったんじゃんっ!!どうやってアプローチしていいか分からない私に、モテるんだから今までされてきたやつやればって!」
「はぁあ?お前なんであれチョイスしたんだよ!あんなんただのナンパじゃねえか」
「だって、ああいうのしか私知らないもん!近づいてくる人、皆顔しか見てないもん!!チャラチャラした人にしか言い寄られないんだもん!」
「そんなことねぇって。もっと良く考えろ、見落としてるだけじゃねぇの?」
「じゃあ、黒尾くん。私の良いところをどうぞ」
「んー、……顔…意外……?」
「……」
目の前にいる男の視線は私の顔から段々下に下がり、胸の位置で止まった。その反応を見て両手で顔を覆い、崩れるようにしゃがみ込む。
「私は顔と体しか取り柄のない女なんだっっ!!」
「ウン、そういうとこ」
黒尾くんが言うそういうとこ、というのは自分の外見をこういう風に言ってしまうところが、本気で好かれない原因なんだって意味だと思う。でも仕方がないじゃん、本当のことなんだから。
孤爪研磨。彼が入学したその日に一目惚れした。よく一目惚れをした、好き、付き合ってほしいと言われることがあったけど、一目惚れってただ私の顔しか見てないだけじゃん。なんて捻くれた考えを持っていた。一目惚れなんてあるわけないって。だけど、自分でその経験をして考え方が変わる。変わったと同時に、そんな風に告白をしてくれた人にちゃんと向き合えなかった自分にムカついた。
見た瞬間、すとんっと心に何かが落ちた気がして。目に映る情報しか知らないのに、声すら聞いていないのに、その顔、歩き方、雰囲気からその人が今まで生きてきた全てが詰まっているような気がして、私の胸を痛いくらい引き締めた。
私は顔しか良くないから。自慢できるのはそれ以外何もない。あ、体も悪くはない。
今まで何もしなくても男が寄ってきてくれたから。皆軽い感じのチャラチャラした人だけど…。だから、まさか自分から好きになって振り向いてもらえるように毎日頭を悩ますなんて思ってもみなかった。何をすればいいのか分からない。あらゆる雑誌や本やらを買って、ネットに答えを求め頼ったりもしたけど、どれを実践しても研磨くんには効かなかった。
一体誰なんですか!?さりげないボディタッチをすると良いなんて言った人は!!やった結果、めっちゃ嫌な顔をされました!
誰ですか!?目を見つめオーバーリアクションをしながら話を聞くと良いって言った人は!!思いっきり顔を逸らされて、それからなかなか目を合わせてくれなったよ!!
誰ですか!?さりげなく名前で呼んでみると良いなんて言った人は!!相手の反応で脈があるかないかが分かるかもって言ったのは!!ビクつかれて距離を取られたんですけど!そんなの脈有りな訳ないじゃん!!
誰ですか!?自分がされたアプローチしてみれば?って言ったのは!ため息吐かれたんですが!!
あ、これは黒尾くんか。って、人のせいにしてばかりじゃないか!だめだめ!!
三年間、同じクラスになったことがない黒尾くんと何故接点があるのか。それは研磨くんの情報を少しでも…というか力を貸してもらうためである。幼なじみの彼が力を貸してくれるってことは研磨くんは嫌がってないのかな、なんてここだけはポジティブ思考に切り替えることができた。
外見しか取り柄のない女。私が研磨くんに出来ること。それをここ数日考えていた。
それで、出た答えがひとつ…
「研磨くんっ!」
「孤爪研磨くんっ!」
「けーんまっ!」
「けんけんー!」
「っケンメェェェェェェ!!」
朝練終わりのバレー部集団が部室から出てきたところを突撃して色んな呼び方をして彼に声をかけると、最後の黒尾くんの真似、ケンメェェ!を発したところで「っっうっさい…!」とこっちを見てくれた。
「研磨くん!おはよう!」
「……おはよう」
小さい声で視線は下に向けながら、挨拶を返してくれる。研磨くんが1年の頃からアタックしているからバレー部の面々はそれが日常と化していて、誰も驚かない。最初はぎこちなく敬語を使っていた研磨くんも今はタメ口で話してくれる。
今日もかっこいいね!大好き!一緒にお昼食べない?そんなことを歩く研磨くんに合わせて、横から覗き込むように話す。今日は私が研磨くんに出来ること。それを伝えようと思う。なんて返されるのか。緊張で恐る恐る口を開けた。
「研磨くん、あのね私、「うわ、またみょうじ先輩に声かけられてる」……」
いつもより震える声。それに気づいてか研磨くんもこっちに目を向けてくれて、少し顔がにやける。しかし、近くを通った他の男達に遮られた。そこまで大きな声ではないけど、聞こえるには十分なボリュームで。
なんであいつ?
側から見れら釣り合ってねぇ
B専なんだろ?それか見る目がないとか。
ただの暇つぶしだったりして
他にもそう言った内容のものが耳に入る。なんであいつって…そう思うなら研磨くんの好きなところ全部話しにいってやろうか!?魅力を一日中語ってやろうか!?B専とか何!?!?目がおかしいんじゃないの?絶対眼科行った方がいいと思います!
今度は私が「うっさい!!」とその子達に向かって言おうとした時、研磨くんの方が先に言葉を放った。
「ほんと…なんで俺なの?」
「え?それは…」
ジロっと向けられた目に唾を飲む。か、かっこいいのと照れで籠ってしまう。
「ただ、珍しいだけでしょ。興味を持たれないことが」
「ち、違うよ!!私が「それに一緒にいると目立つから嫌だ」………」
その言葉を残し、研磨くんはいつものように背を丸め歩いて行った。
「なにあの子!!人の話を聞かない!!何とか言って、お母さん!!」
「俺はお母さんじゃありません」
近くにいたお母さんこと黒尾くんは眉をハの字にさせて、幼なじみの後ろ姿を見つめていた。
放課後。普段は研磨くん目当てで見学に行くバレー部の練習も今日は遠慮した。朝、言われたあの言葉が結構心に残っていて。
研磨くんが私に興味を持っていないことが珍しくて、惹かれたわけじゃない。それは伝えることはできるけど、もうひとつの「一緒にいると目立つ」これはどうすることもできない。
小さい頃からこの容姿で視線を集めることが多かった私からするとそれが当たり前で。私が隣にいることで目立つのが嫌だと言われてしまったら、研磨くんに近づけない。好きな人の嫌なことはしたくないじゃん。あ、髪型とか変えようかな…。周りから見られないようにすれば良いのかな?そうすれば目立たないかも…。
そんなことを考えるけど、研磨くんを一目見たくて音駒の最寄り駅で彼がくるのを待っている。声はかけない。見るだけ。見るだけなら良いよね!!ストーカーじゃん!なんて考えは一先ず置いといて!!
「あ、あの!みょうじさん!!」
「??」
そろそろ大好きな彼が来るだろうと物陰に隠れて待機していたら、音駒の制服を着た男に声をかけられた。話したことはない。だけど、何となく見たことのある顔だったため、同じ学年だと思う。耳まで真っ赤にさせた爽やかな雰囲気を出す彼にどうした?と首を傾げた。
「こ、こんなところでごめん!!」
「え、うん…?」
「急なんだけどっ!俺と付き合ってください!!!」
そう言って早口で色々話し出した彼は、どうやら私と仲が良い友達に中学から片想いしているらしく、その子の誕生日がもう少しだから買い物に付き合ってほしいというもので。快く承諾した。ああ、既視感あったのは友達のことをガン見してたからだ。あんな風に想い想われることに微笑ましくなったのと同時に少し羨ましく思えた。
「結局、誰でも良いんじゃん」
「え…?け、研磨くん!?」
真っ赤の彼と別れた後、背後から聞こえた大好きな人に目を見開く。
「軽い感じの人じゃなかったら、みょうじさんは誰でもいいんでしょ」
深くため息を吐いた後、冷めた目を向けられて背筋が凍った。
「それは違う!!しかもあの人は「別にいいよ言わなくて。…どうでもいいし」……」
どうでも…いい?研磨くんのその言葉がまたズシリと心にのしかかる。振り返って歩き出す何度も見てきた彼の後ろ姿に今回も見送るだけ。
どうでもいい…?
どうでもいい………
どうでもいい、だと?
「人の…人の話を聞けぇぇぇぇぇええ!」
「っ!?」
見慣れたその後ろ姿に…いつも見送ることしか出来なかった背中に体当たりした。
「言っとくけどね!私に興味ないのが珍しくて好きなわけでも、チャラい人以外だったら誰でも良いわけでもないし!!!ていうか!研磨くんがいいの!!一目見た時から好きなの!!なんで好きになったのかはわからないけど、本能的に好きになったの!!本能だよ本能!!だって人間も動物じゃん!?!?」
「……」
「研磨くんは私のこと嫌い?!近くにいるの嫌?目立つの嫌だもんね!!」
「!…あれは「だけど!!私は大好きなの!!大好きで大好きで仕方ないの!!」……」
「大好き…だけど、研磨くんが嫌ならこれからは近づかない」
今まで迷惑かけてごめん…と今度は私がここから去ろうとしたら、手を掴まれた。触られた…なんて驚きながら、研磨くんの顔を見ると気まずそうに目を泳がせていて、ボソボソと呟いた。
「さっきの、人と…付き合ったんじゃないの」
「?…あ、ああ!あの人ね、買い物付き合ってって言われただけだよ。私の友達に何かあげるみたいで」
「……」
え、まさか。付き合うって恋愛的なお付き合いしましょう的な意味で捉えたの?え、え?それで雰囲気悪かったの?期待して良いの?
「もしかして…ヤキモチ??」
「……」
「ま、まさかねぇー!!そんなことあるはずが「だったら悪い…」…え」
「ヤキモチ妬いたら悪い!?」
「え、え…わ!悪くない!!」
調子に乗ったと訂正しようとしたら、ほんのり頬を赤く染めた研磨くんが眉間に皺寄せ、怒った表情をしていた。これはたまに見るやけくそモードみたいで。
「本当に??本当の本当に妬いてくれたの?」
「……」
「うわーーん…!!好きぃぃ…研磨くん付き合ってえええ」
思いのまま研磨くんに抱きつきにいくと普段なら避けられるのに今は避けられないで、横から抱きつくことが出来た。え、え!?今日はどうしたの!?サービス旺盛!!つい、付き合ってなんて呆れられる発言をしてしまった。しかし、返ってきた返事にこぼれ落ちるくらい目を大きく開いた。
「いいよ、付き合っても」
「……え、……え?」
「……」
「…うそ、だ」
「嘘じゃない」
「目立つの嫌なんじゃないの」
「…あ、れは…ただの八つ当たり。ごめん」
八つ当たり…。周りにああいう風に言われたから?じゃあ、本当に本当に…
「私のこと好きなの?」
最後にそう聞くと、抱きついて至近距離にある研磨くんがこっちを見下ろしながら言った。
「好きだよ、ずっと前から」
そして、私の髪を自分の指に絡ませて「人間も動物じゃんって…」と少し前の会話を思い出して、楽しそうに笑う顔に胸がぎゅっと引き締められる。
「外見しか良いところがない私だけどね…」
「……」
「研磨くんのことずっっと!永遠に!誰にも負けることのないくらい大きないっぱいの愛を送り続けるから!!」
これが最後のアプローチ。
「楽しみにしてる」
私の頬に手を滑らせ、目を細めてふんわり笑った研磨くんは額同士をくっつけた。みょうじさんの良いところは外見だけじゃない、とむすっとしながら、照れたように離れていく大好きな人が愛おしくてたまらない。