9月中旬の三連休。音駒バレー部は、東京から離れた県外に来ていた。

「私、わたし!初めて来た!初だよ!孤爪くん!」
「そう。良かったね」

バスから降りて周りを見渡しながら興奮する私に、親友(仮)は半分目を閉じて眠たそうに返事をする。

2泊3日。普段、練習試合をしている梟谷グループとではなく、今日は違う高校との合宿。といっても一つの高校だけではなく、色んな県から10校ほど集まるらしい。いや、もっとあったかもしれない。
この時期に毎年行われているみたいだが、去年は猫又監督が復帰したばかりだったかしてなかったかで、参加するのは初。監督がいた頃は毎年参加していたと言っていた。
多くの高校が集まるのと初めて試合をする相手に、私から見ても皆そわそわしているように見える。1人を除いて。どこにいても変わらないその感じ!好きだよ、孤爪くん!!

たくさんの高校が集まるということで、ここだけの大会を行い、終わった後はぐるぐると練習試合をする。ここは梟谷グループの時と一緒。


この、初めての事だらけの空間で何も起きないはずがなかった。

特に、私に関しては…。

案の定、只今数名の男の人に囲まれている。この学校の生徒だろうか。制服を着ている。

「バレー部の合宿にきてるマネだよね?ねこま、だっけ?どこから来てんの?あ、連絡先教えてよ。つーか、名前なんて言うの?ギャラリーから見てて可愛いなって思ったんだよねぇ」
「え、えーと…音駒のマネです!東京から来ました…あ、あと、なんて言いましたか…?」

すみません、と焦り聞き返す。質問が多くて頭がパンクしてしまいそうだ。そのせいか、可愛いだなんて、あり得ない単語が聞こえたような気がした。
話しかけてくるのは数人いる中のひとりで、周りは楽しそうにこっちを見ている人と興味が無さそうにする人がいた。ちなみに、私は救急バッグ片手に迷子中である。体育館に行きたいのだが、外にいる。何故…?以前、孤爪くんに「みょうじって偶に方向音痴になるよね」と言われたことを思い出した。いつもではないから"偶に"なのだろう。迷いたくない時ほど、迷ってしまう。
そして、次の試合はもう少しで始まると思う。…あ!この人達に聞けばいいのか!

「だから、「あの!道を教えてくれませんか?!」…」

迷いました!と言って勢いよく頭を下げる。すると、その人はにやりと笑う。

「じゃあ、連絡先教えて」
「?連絡先…?」

何故だ…?連絡先を教えないと案内してもらえないのだろうか。あああ!私、今携帯持ってない!どうしよう、どうしようとあたふたし出したところで、聞き慣れた声が耳に入ってきた。

「みょうじさん!」
「あ!芝山くん!!」

こっちにせっせと走ってくる姿はまさに天使。しかし、私の名前を呼ぶ声は少し強張っていた様な気がした。

「もう試合始まりま「ちょっとちょっと。今、俺が喋ってんの。この子は置いてって」」

さっきより声のトーンが落ちて威圧的になるこの人に芝山くんは少しだけ肩をビクつかせ、その後真っ直ぐ相手の目を見て返した。

「いいえ」

きっぱりそう言った瞬間、肩から下げていた救急車バッグの重さが無くなった。

「皆、探してますよ。ほら」
「あ!いた!!」
「みょうじさん、何やってるんですかー?こんなとこで迷子になるなんて!」

後ろからやって来た球彦くんが救急バッグを私の肩からヒョイッと取り、離れたところから走ってくる犬岡くんとリエーフ。
人が多くなってきたからか、数人の内ひとりが皆に声をかけて、ここから居なくなった。一体何だったんだ?でも…

「芝山くん、かっこ良かった!!ありがとう!!」
「え、あ…い、いえ」
「うえ、かわ…」
「え?」

前言撤回。困ったように、はにかむ芝山くんは最高に無敵。可愛い。

「それより!大丈夫でしたか?!何かされました?」
「え?んーん、なにも??」
「そうですか…。よ、良かった」

皆、探しに来てくれたんだね。申し訳ない!ありがとう!と言いながら、球彦くんからバッグを貰おうとしたが断られた。

「……ナンパ、的な感じ?」
「多分。連絡先、教えてって言われてたし」
「あの人、絶対気づいてない」
「…うん」

犬岡くんとリエーフに挟まれ、話しながら走っていた私には後ろのふたりの会話が聞こえることはなかった。





そして。昼食後。

またあの人とあった。さっきと同じように連絡先を聞かれたが、手元にスマホはない。そのことを言うと、今度は「今日、学校に泊まんの?」と聞かれた。

「はい!学校に泊まりますけど…?」
「そ。じゃあ、夜来るからさ、さっき会ったところ来れる?」
「…え?」

外であった時からこの人の言動がよく分からない。でも、夜は自主練すると思うから行けなさそう。

「えっと…ごめんなさい!夜は行け「みょうじ」…ああ!孤爪くん!」

離れたところから私の名前を呼ぶ孤爪くん。距離はあるのに、普段と同じ声量だから聞き逃してしまいそうだが、そんな事はしない。これも親友への第一歩。男の人に、ごめんなさいと軽く頭を下げ、親友の元へ歩き出した瞬間、腕を掴まれた。

一部始終を見ていた孤爪くんは眉間に皺が寄って顔が崩れる。お、怒ってる…?そんなことを気にしない目の前の人は続けた。

「なんで来れないの?」
「自主練があると思うので…」
「じゃあ、終わるまで待ってる」
「そ、それは…」

表情を動かさないで聞いてくるかなりの圧に一歩後ろへ下がった。腕を握られているからこれ以上は引けない。いつもなら、遅くなっても良ければ!なんて返事をするけど、そうしたら孤爪くんはもっと顔を歪ませるだろう。

「あの〜、ウチのマネになんの用ですかァ?ゴラ」

自分でも珍しく焦っているところに、虎が現れ威嚇するように相手を睨んでいる。その横から私の腕を掴んでいる男の人の腕を掴み離そうとする福永くん。そして、その人は腕を掴まれたのを振り払い、舌打ちをした後「またね」と笑顔を見せ、どこかに行ってしまった。

「…お前。ここにいる間、あんまひとりになるなよ」
「(コクコク)」
「…!おっけい!!」

2回、あの人に声をかけられ、2回とも部員達の手を煩わせてしまっている。どうして話しかけてくるのか、連絡先を知りたがるのかわからないが、虎が言ったようにひとりになるのはやめておこうと思う。





あれから、ひとりにはならなかった。今もひとりではない。部員達とお互い見える距離にはいる。が、練習後の自主練も終わり、体育館の入り口でまた話しかけてきた。

「終わった?」
「あ、まだ終わってません!」

決して、この人が苦手だとか話したくないから言ってる訳ではなく、本当に終わっていない。しかし、この男の人といると皆の空気が変わったり、焦ったりするからあまり一緒にいたら不味いんじゃないかと思う。

「そっか。あのさ、君…みょうじさん?そう呼ばれてたよね。あのトサカ頭…主将っぽい人のこと好きなの?」
「ええ!なんで知ってるんですか!?」

トサカ頭って、主将っぽい人って黒尾先輩のことだよね!?

「なんでって…あれで気づかない方がおかしいだろ」
「そ、そんな分かりやすいんですか!?ど、どうしましょう!?まあ、隠してはないんですけどね!」
「それと、見てて分かったことがあんだけど」

うんうん。もしかして、アドバイス的な!?男目線の意見的なものですか?!…はっ!もしかして、このことを伝えてくれるために連絡先を聞いてきたんじゃない!?凄く優しい人だよ!!
次の言葉を期待して顔を突き出した瞬間、両耳を後ろから覆われ、聞き取ることが出来なかった。

「脈なしだよ、あれは」


数分前ー。

片付けを終え、シューズの紐を緩めるため手をかけた夜久は体育館内から外との出入り口に、ふと目を向けた。

「あれ、1、2年が言ってた奴じゃねえか?」

そう言う目線の先にはみょうじと男。どうやら3年に情報はいっていたらしい。多分そうだね、と真剣な顔をする海と紐から手を離し立ち上がる夜久。ふたりが向かおうとした時、それより早く黒尾が動いた。しかし、その醸し出す雰囲気は異様で。

「あ。キレてる」
「まだ、キレてはないんじゃない?」

ふたりは黒尾の後ろ姿を見てみょうじを任せることにした。


近づくにつれて聞こえてくる会話。男が余計な事を発する前に、黒尾はみょうじの耳を塞いだ。そして、本当に余計な事を言ってのけた男にこう返した。


「残念ながら…この子より、俺の方が好きなんで」


正に、社交辞令のビジネススマイル。目が全く笑っていない貼り付けの笑顔をする黒尾の心情はその顔が物語っている。




突然、塞がれた耳に肩を大きく揺らした。びびびびっくりした…!後ろを確認したくて、顔を動かそうとするが強く押さえつけられ動かすことは不可能。
しかし!私には分かる。この手、この位置、この匂い。黒尾先輩、ということに!!え、あ。え?今、半分黒尾先輩の腕の中にいるってこと!?前に突き出した顔は後ろへ引き戻され、後頭部が先輩の体に触れている。男の人のアドバイスを聞くなんてことは忘れ、頭は黒尾先輩一色。
私の頭上で話すやりとりは聞き取ることが出来ず、少し経った後に手が離れた。

「夜久が呼んでるから先に行ってて」

優しい声で言う黒尾先輩に心を打たれ、胸を押さえながら「夜久先輩が呼んでいるんですね!それは急がなくては!」と男の人に軽く頭を下げ、その場を去った。


「あー…ああいう一途な子、いいように振り回すの楽しいのに」

つまんね、意外と可愛いかったし。と吐き捨てる男に黒尾の眉がピクッと動く。首だけ振り返って夜久の元へ向かうみょうじの後ろ姿を見ていた視線を男に戻した。その目は酷く冷たく威圧的、牽制するように。

「くだらねぇ理由で関わんな」

本人さえも驚く程、低い声が出た。190近い身長も加え、更に圧が増す。男は顔が引きつり足早にこの場から姿を消し、二度とみょうじに話しかけることはなかった。

「あの女より好きってどんだけだよ…」

みょうじに脈ありだと分かっていた男だが、相手がここまで思っていることまでは気づけていなかった。


「夜久先輩ー!!どうしたんですか??」
「?」
「呼んでるって言ってて!」
「あー…忘れたわ、悪ぃ」
「そんな夜久先輩も素敵!!あ!あの!聞いてくれませんか!?さっき黒尾先輩がイケ、イケイケの中のイケメンで…!」
「おうおう。その話詳しく」
「俺も気になるな」
「あのですね!」

黒尾がキレたその頃、3人で女子トークが始まっていた。