残り、2回でバイトが終わる。その2回が終わったら、一年働いたこのパン屋さんともお別れだ。まあ、お客さんとしてはくるけどね!お別れではない!ごめんなさい!店主さん達!バイトの皆さん!悲しい寂しいことを言ってしまって!!
そして、今日はバレー部の皆がここに来てくれる。今まで海さまと孤爪くんしか来たことがない。2人とも美味しいと言ってくれて皆もずっと気になっていたらしく、私が働いているうちに買いに来たい、とのこと。あとは、働いている姿を見たいとか、そう言った理由の人もいる。でも、大好きな人達がいると平常心でいられるか、特に黒尾先輩がいたら普通に接客できるのか、とても不安。いやしかし!そこは、仕事!!プライベートと分けてこそ、できる女よ、なまえ。
そんなことを考えていると、扉の開く音がカランと響いた。
「!いらっしゃいませっ!」
「みょうじさん、こんにちは!」
「お疲れ様です」
「わあ〜!芝山くん、球彦くん!」
「似合ってる」
「そそそう!?嬉しい!福永くんもいらっしゃい!!」
「みょうじ、お疲れ。この姿を見れるのも今日で最後だな」
「か、海さま…」
来店してくれたのは、この4人。人数が多いため、時間をずらして来てくれるらしい。最後の海さまの優しく笑うお顔に、寂しくなり声が少し震える。だってぇぇ…ここで海さまとは仲良くなったんだもん…!!今度はお客さんとして一緒に来よう!!
皆の様子を端で見守っていると、海さまはいつも通り慣れた手つきで取っていくが、いつもより買う量が多い気がして。福永くんはトングをカチカチ鳴らして、キラキラと目を光らせている。か、可愛いっ!!芝山くんと球彦くんは、2人でどれにするか話しながら迷ってる。兄弟みたい!?こちらも可愛いっ!!そんなふたりの後ろから顔を覗かして、「これなんてどう?美味しいよ!」と声をかけた。
薦めたものを見て、芝山くん、球彦くんはきょとんとする。2人ともお目目が大きい。
「こちらくまさんです!!中はカスタードがたっぷり入っております!是非、食べて欲しい!本音を言うと食べているところを見てみたい!!」
「……」
「…あ!こ、これすごく美味しいですよね!小さい頃、よく食べてました!!」
とっても可愛い顔をしたくまさん。薦めた後に、男子高校生が食べるのはあれかな?なんてパンを見つめて動かない球彦くんと、そんな同級生を見て気を遣ったようにフォローを入れる芝山くんを見て思った。
結局、妹が好きと呟いて2つトレーに乗せた球彦くんに、そういうとこ好きっ!と心の中で叫ぶ。芝山くんも弟にも買っていこうかな、と2つ取る。2人とも妹、弟がいるのね!?素敵っ!!
そうしている間に2、3年生組は全て取り終えたらしく、レジへと向かった。
全員、お会計を済ませ、外までお見送りをする。
「ありがとうございました!!」
「じゃあ、また明日」
「はい!また!」
海さまの微笑みの横で福永くんは真顔で両手を振り、一年生達はペコリと頭を下げた。もう、皆可愛いっ!!
次は黒尾先輩達が来るんだよね。バイトの日に皆に会えるなんて幸せだ!ふぅと息を吐き、精神を統一させながら、お店に戻った。
「あれ?もう海さんの息子さん来ちゃった?」
「さっき来て、帰っちゃいました!」
「そっか〜」
「あ!ハンカチですか!?渡しておきました!!」
「おお!なまえちゃん、ありがとう!流石!」
「へへへへ」
ハンカチ。前回、海さまのお母さまが置き忘れてしまったもの。それを海さまにお渡しした。
そして、厨房から出てきたのはバイトの先輩、あーさんだ。大学生ですっごく美人ですっごく優しい。そして、ここの店主さん達の娘さん。将来、ここで働くと言っていた。
あーさんが店主に呼ばれ、居なくなって直ぐに先輩達はやって来た。
「い、いらっしゃいっ!」
「おお!」
「あー!みょうじさんが働いてる!」
「こんにちは!」
「まるで八百屋のようないらっしゃい」
「イントネーションがな」
「……」
夜久先輩を筆頭にリエーフ、犬岡くん。ツッコミを入れる虎に賛同する黒尾先輩。親友、孤爪くんは猫背のまま最後に入ってくる。夜久先輩は私の姿を見て、涙ぐみながら「みょうじが…立派になって…」と涙をすくうように指を動かした。私、まだ何もしてないよ!?いらっしゃいって挨拶しかしてませんよ!?
あ!というか、入ってきた黒尾先輩がなんかイケメン。なんかじゃなくて、常にイケメンなんだけど。これは、なんていうか。あの言葉を言うと時がきたというか…。
先輩と目が合った時、言わずにはいられなかった。
「ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも私ですか!?!?」
「……」
その言葉に虎はブフォッと吐き出し、黒尾先輩は少し黙った後、いつものように爆笑する。夜久先輩は涙をすくっていた手が止まり、残り3人は興味がないのかパン探しに夢中。夜久先輩と虎が見ている中、黒尾先輩は爆笑した後、こっちに来て耳元に口を寄せた。
「後からみょうじちゃんいただこうか」
「!?!?!?」
絶対に楽しんでる。顔を見なくても、その声でわかる。仕事中だから倒れてはいけない、鼻血を出してはいけないという思いから、背筋をピンッと伸ばし固まるしかなかった。そこに夜久先輩が後ろから、こうさせた張本人の肩を掴み「あんま言うな」と小声で言う。私が倒れたりするのではないかと、心配をしてくれたみたいだ。しかし、できる女を目指しているので、大丈夫です!倒れそうになる体を必死に踏ん張った。
「みょうじさーん。お会計いいですかー?」
「はい!はい!今行きます!…リエーフ、早いね!?」
「こういうのはインスピレーションなんです!」
「おおお!」
一つずつ袋に入れながれ驚きの声を上げると、後ろの方で夜久さんが「あいつ、インスピレーションの意味知ってんのか…」と呟く。
リエーフの次は犬岡くん。トレーには芝山くん達にオススメしたくまさんが2つ。
「これ…!?」
「??くまのパンですか?妹が2人いるので買っていこうと思って!」
「…くっ。妹がふたり」
「え?みょうじさん??」
「抱きしめていいですか?」
「え!?!?」
お兄ちゃんなの?2人も妹がいるの?くまさんのパンを買ってあげるようなお兄ちゃんなの?色んなギュンから胸に手を押さえ、絞り出すように問いかける。すると、犬岡くんは焦ったように驚き、頬を赤くする。それを見兼ねて、次に並んでいる孤爪くんが「無視でいいよ」と言った。
そんな孤爪くんのトレーにはアップルパイが数個。親友(仮)はこのお店のアップルパイが大好きだ。料理が苦手な私に作り方を教えてくれたのは店主さん。スーパーとかで買う材料ということと、色々な理由からお店のものとは違う作り方だが、孤爪くんに初めて食べてもらった時は、美味しいと素直に言ってくれたのを憶えている。
「ここのアップルパイ好きだよね!」
「うん」
「今度、お客さんとして一緒に来よ!」
「えー」
「えーって!?もうツンデレさんなんだから!」
「……」
調子に乗りすぎて睨まれた。ご、ごめんなさい。すんなり謝りの言葉が出た時、奥からあーさんが焼き立てのパンを持って出てきた。
「いらっしゃいませ。あ、なまえちゃんの…」
「……こんにちは」
2人は何回か顔を合わせたことがあるため、孤爪くんは小さく頭を下げた。そして、ゆっくりしていって下さい、とあーさんもペコリとお辞儀する。
あーさんが出てきた瞬間、虎は顔を赤くして、夜久先輩は口を開けている。多分、「めっちゃ美人」って思っている顔だ。リエーフと犬岡くんは外で待っていると言ってさっき出て行った。意外な反応を見せたのは黒尾先輩。あーさんを見て何か考え込むように視線を上に向けた。その答えに気づいたのは、あーさんの方で。一先ず、商品を並べ、その後に黒尾先輩の方へ向かった。
「あの時の、電車の方ですよね?」
「!あ、ああ!あの時の!」
黒尾先輩の方も思い出したらしく、声を上げた。電車の時…?き、気になる。作業をしながら、そっちに意識は向いている。しかし、二つのことを同時にできる程、器用ではないため、目の前のアップルパイを袋に詰めることに集中した。
「電車のホームで重い荷物持ってる時にそれぶち撒けちゃって、拾ったついでに途中まで運んだ…らしいよ」
「!!そ、そうなんだね!」
親友(仮)はエスパーなのか。それとも親友の力なのか。レシートを渡す時、2人の会話を教えてくれた。
ちらっと2人の方を見ると、仲良くお話をしていて、なんというか。なんというか…お似合い?美男美女で絵になるというか。2人ともオーラがえろえろなため、えろとえろの合体。みたいな感じで、お似合いだ。こういう時、変な妄想が入る。カップルの2人を。凄く素敵で、素敵すぎるんだけど、なんか…胸がガンガンするような。胸焼けするような…はっ!?調子に乗ってお昼食べすぎたから!?拳をつくり、胸あたりをゴンゴン叩いた。どっか、いって!!
孤爪くんは私の様子を伺うように目を向けてから、外に出て行く。それから虎が「黒尾先輩と関わりがあったとは…」とオロオロしながら、夜久先輩と共にやって来てお会計を済ませた。
店内のお客さんは黒尾先輩のみ。話し終えたようで先輩はこちらに、あーさんは厨房へと戻って行った。
先輩が買ったものを、今から体内に入れるものを袋に詰めるというのは、大変動悸が止まらなく。できる女を見せるのよ!精神でテキパキ熟した。
「慣れてんね」
「ぅえ!?そそそそんなことなくもなくなくないですよ!!」
「え、どっち?」
ブハッと吐き出す先輩に金額を言う。お金を置こうとする前に、両手を差し伸べた。
「こっち、ね」
「ぐっ…!」
意味を理解したらしく、本来お金を置く場所には置かず、私の手のひらに乗せてくれた。それも包み込むように。片手でお金を渡し、もう片方の手で下から支える。支払うだけでこんなにイケメンだなんてっ!!!イケメンの国から舞い降りたイケメン!?
そして、今度は私が先輩の手のひらにお釣りを渡そうとした時、あーさんが紙袋片手に中から出てきた。
「良かった!まだいた!これ、大したものじゃないんだけど、良かったら皆で食べて下さい」
「そんな気にしなくても」
「あの時は本当に助かったので。いつかお礼をしたいと思ってまして」
「じゃあ、お言葉に甘えていただきます」
お礼と言って差し出した紙袋。透明な部分から見えて、中身がクロワッサンということが分かった。利き手でお釣りをもらった先輩はクロワッサンをもらうため、そのお金をまず仕舞おうと私から手を離した。
どうしてか、わからなかった。無意識。無意識に離れていく先輩の手を両手で掴んでしまった。下を俯き、掴んだところをじっと見る。
「……」
「…みょうじちゃん?」
「はっ!?すみません!?」
「……」
名前を呼ばれて我に帰り、先輩の顔を見上げた。恥ずかしくて顔が赤くなる。私は一体なにを…!?
そして、受け取った先輩は「頑張ってね。また明日」と告げてお店を出た。
音駒バレー部が出ていき、私とあーさんしかいなくなり店内はシーンを静まり返る。
「なまえちゃんがマネやる部活の子達、皆良い子ね」
「は、はい!!皆さん、優しくて!!」
「安心した!それにしても、あの黒尾くん?イケメンだね〜」
左手を頬に添えて、言われたその言葉に大きな声で返事をする。
「…イ、ケメン、じゃないです!!」
「……そう?」
「す、すみません…間違えました、イケメンです!!!」
初めて先輩のことをイケメンではないと言ってしまった。思ったこともないのに。今日の自分は変だ。なんで、こんなこと…。ただ、なんとなくイケメンだと思われたくなかった。全国民に黒尾鉄朗先輩はイケメンと言い触らしたい私が、だ。
……。これは。嫉妬というやつなのでは…!?今更自覚した自分の感情に、なんて恥ずかしいことを…それも仕事中に!みっともない!とまた顔色が赤く変わる。そんな姿を横で見ていたあーさんは笑みを溢す。
「なまえちゃんの好きな人は黒尾先輩なんだ」
「!?…え!?はいっ!すみません!」
「何で謝るの?ごめんね、そうとは知らず、イケメンなんて」
「そ、そんな!!イケメンですから!!」
「言っておくけど、私年上しか興味ないからね」
「!…お、大人だ」
「ふふ、なまえちゃんが嫉妬かぁ。可愛かったな、腕をガシッて掴んで」
「すみませんすみません!」
恥ずかしくて両手で顔を包むように隠すみょうじに、あの人も絶対可愛いって思ってる、と店から出て行く時、緩む顔を必死に耐えてる黒尾の姿を見てしまったあーさんはそう感じた。
店を出て、ニヤけを隠すため口元を覆っていた黒尾は扉に背を預けて店内から微かに聞こえる会話に耳を傾けていた。
全ての内容が聞こえ、みょうじが嫉妬をしていたかもしれないという予想が確信へと変わる。
「〜〜…抱きしめそうになった」
掴まれた時、その小さい手を引いて自分の胸へ引き寄せてしまいそうになったらしい。
「あいつ、あんなとこで何ニヤニヤしてんだ」
「いいことがあったんだと思う」
「いいことって…!?まさか、あの美女となにか!?」
「え?美女って誰のことですか?」
「どこか座ってパン食べますか?!お腹空いちゃいました!」
こうして、嬉しさを噛み締めている黒尾は置いていかれるのであった。