私は今、遊園地に来ている。推しに会うために。
空を見上げると雲ひとつない晴天。イベント日和だ。
今回のイベントはここの遊園地のステージで新曲を歌い、その後握手会。そして、なんと期間限定でここでしか手に入らないグッズがある。前世の時もこうやってアイドルではないが、なにかとコラボする度、行きまくっていたなぁと昔を思い出した。
「あ!なまえさん〜!こっちこっち」
「あーおはようございます!」
入り口で手招きをする40半ばくらいの男性。この人とはよく一緒にヲタ活をしている仲だ。前世を合わせれば年齢も近いし、話しやすい。
「これ、この間言ってたグッズね」
「ありがとうございます〜!あ、私もこれ」
この人は東京住みで私は兵庫。推しも違うため、いや推しが同じでもお互いこうやって手に入らなかったグッズなどを交換したり、代行しあったりしている。
お金を渡しグッズを眺めていたら、他に知り合いが来たらしくその人はどこかに行った。私はそんなに顔が広くはないけど、あの人は顔が広い。そんな中、その人…サムさん経由で知り合った20歳くらいの男の人と話をした。
サム。その名を初めて聞いた時は双子の宮治が頭をよぎった。が、名前を聞いた後推しに呼び名を付けてもらって〜と嬉しそうに話すサムさんに宮治のことは瞬時に頭から消えたんだよなぁ。推しに付けてもらうなんて誇れる呼び名だ。
「…あれ?あそこにおるの、みょうじさんやない?」
どういう訳か稲荷崎バレー部もこの遊園地にいた。その内のひとり、銀島が同じクラスの侑に聞く。
「ん?…そぉか?……あーそうや。雰囲気全然ちゃうからわからんかった」
よう気づいたな銀、と離れた場所から目を細め額に手を添えてそっちを観察する。
「ちゅうか、隣におるの彼氏か。やっぱデートともなるとおしゃれするんやな」
「余計、大人びて見えるなあ」
「…リア充め。それに比べて、こっちはなんやねん!男、8人て!!」
周りにいる北を含めた稲荷崎バレー部レギュラー達。今日は練習が休み。しかし、どうしてこの面子かというと、北の祖母がここのチケットを大量に知り合いから貰ったらしく、バレー部内でいける人を探したらこうなったらしい。「ほな、行こか」パンフレットを片手に先頭を歩く北についていく面々。
しかし、宮治はある方向を見て放心状態であった。
「……みょうじさんに、彼氏…」
一歩も動かない治に侑は急かし、角名はスマホを向けた。
それから、治の様子は変だった。心ここに在らずといった感じで、食べ物を前にしても無表情で口に入れるだけ。その様子を見て心配する者、気持ち悪がる者、面白がる者と周りの反応は様々だ。言わずとも後者2つは、侑と角名。角名だけがこの原因に気付いている。しかし、あの男が本当にみょうじの彼氏だとすれば、気の毒に思うだろう。彼氏だと確信がないし、角名情報だとみょうじに彼氏はいない。
「あれ?」
「どうしたん?」
「…いや、」
「…?あそこにおるのって…」
色々確信犯な角名が目にしたのはひとりベンチに俯くみょうじの姿。角名の呟きを聞き取った侑は視線を辿り、みょうじに気づく。
「1人って……っは!まさか、喧嘩か!?別れたん!?」
「いや、そんなことは…」
「あの落ち込み具合、変やろ。あんなとこ1人でおったらナンパされんで」
ちょお、声かけてくる!同じクラスのよしみや。と向かう侑は遊園地ともあり気持ちはハイになっていた。普段だったらこんなことはしなさそうだが、着ぐるみ達と触れ合ったせいで親切心が芽生え、変な方向にいってしまったのだろう。角名の「こんなとこでナンパはないでしょ」という声は届くことがなかった。
推しがいなかった。
「久々に会えると思ったのに…!」
そうぼやいて、ベンチに項垂れる。会えないのいい。また次の機会に。うん、そうだよ。でも、行きの電車かバスのどちらかで体調が悪くなり、ステージに立てなかったらしい。しかもずっと皆勤賞だったため、ステージに現れなかったのは初。責任感の強い子というのは見てて何となく知っているから、自分を責めそうで私も心を痛める。
でもでもでも、今回の衣装はここでしか着ないし。見たかったぁぁ。
「…はぁ」
もう一度、深いため息を吐く。
「みょうじさん」
「……え」
そこに突然呼ばれた名前。しかも私の好きな声。その人物を確認した時、驚愕した。
「あ、つむくん」
「……」
「……」
「……」
「……」
この時、侑は何も考えていなかった。そして、ここで声をかけてなんになる。本当に喧嘩や別れたとかやったら、俺無神経なやつやろ。正常な頭に戻り、言葉が出て来ず目を泳がせた。
「あんたは侑と同じクラスの…」
「き、北さん!?」
「どうしたん?誰かとはぐれたんか?」
そんな時。侑の救世主、北信介がやってきた。ここにみょうじがいることさえ知らなかった北は問いかける。
「え、えっ…と」
アイドルのイベントに来たなんて言えない。だって、学校の人には隠してるもん!友人だけだ、知っているのは。
「はぐれてはないです。あの…」
「?」
「(うわ、めっちゃ気まずそう…。ど、どないしよ)」
1人で来たとも言えない。
「一緒に来た人がいたんですけど、急用ができて帰って…」
「(やっぱ、喧嘩したんや…!)」
「…そうか。自分、もう帰るん?」
「あ、はい」
「ほな、気をつけて帰り」
「(え、北さん冷たすぎひん?!こんな、落ち込んでて…あ。お辞儀して帰ってく。…う、なんやあの悲しい背中。今は1人にさせたらあかんやろ!!)ちょお、待ち!!」
北は何かを察して送り出したつもりだが、侑もまた何かを察しみょうじの手を取った。
「俺達と一緒に回らん…?」
「え」
どういうことだ。私は今、北信介と隣同士でジェットコースターに乗っている。隣に北信介、前に尾白アランと赤木路成、後ろに双子。そのまた後ろには角名倫太郎と銀島結だ。大耳練はジェットコースターに乗ると酔ってしまうため、下で待っている。
宮侑が一緒に回らないかと言った時、驚きすぎて言葉が出ず、固まることしか出来なかった私は流れに流されてしまった。乗り物を乗るなら偶数の方が良い、と言ったが、大耳練が絶叫系に乗れないから奇数になるの返しをもらい何も言えなくなった。北信介は気を遣って断っていいと言ってくれたが、宮侑の人数多い方が楽しいの言葉に少し表情を緩ませ「そうやな」なんて言われたもんだから、断れなかった。
心臓が破裂する勢いで皆のところに行ったが、誰も嫌な顔をしないで迎えてくれた。嘘でしょ。誰か嫌がってくれたら帰れたのに…。皆、良い子すぎて泣きそう。
そんな北さんと隣同士だが2人乗りといえど、体が触れる。上にゆっくり上がっていく中、気づかれないように隣を見た。うわ、真顔だ。こういうの乗っても表情変えなさそう。しかも髪がさらさらしてる。
「なんや、怖いん?」
「え、あ。…いや」
見過ぎた。
「怖いんやったら、手でも繋ぐか?」
「!?」
「冗談や」
えええ…。冗談って。私みたいなのにも冗談言うの。か、可愛い。これで姉と弟がいる2番目とか、余計可愛いわ。
北さんの冗談に後ろも驚いたのか、治くんが思いっきり足をぶつけていた。侑くんには私達の会話が聞こえてなかったようで、治くんに暴れるな、壊す気か!?と怒鳴る。
その後も船のような乗り物が左右に揺れまくり、最後には一回転するものには赤木さんとアランくんら3年生組と乗り、大耳先輩とは2人乗りの空中を自転車で漕ぐという少しシュールな光景を周りに見せてしまった。角名くんは笑いながらスマホ向けてたし絶対撮ってたよな、あれは。ていうか、友人に申し訳ないことをした。
それから、コーヒーカップに侑くんと銀島くんの2組メンバーで乗ることになり、コーヒーカップが絶叫と化した。
「…頭、取れるかと思った」
「みょうじさん、大丈夫?」
「ふっふっ、こうでないとな」
侑くんが凄い勢いで回すもんだから、勢いに逆らえず銀島くんにずっと寄りかかってしまった。申し訳ない。
「大丈夫なんだけど、ごめんね。寄りかかっちゃって」
「いや、それは気にせんでええよ」
おおお。優しい。流石、鍛えてるのもあって勢いに負けてなかったもんなぁ。
そして、次はゴーカート。2人乗りでその相手は角名倫太郎。しかも、運転は私に任せると言っている。このゴーカートはレールがないから完全自分で運転しなければならない。同じ学年だったら、私が運動音痴だってのも知っているはず。いや、それは自意識過剰だ。でも、危ないからスマホはしまって欲しい。
シートベルトをつけ、アクセルを踏む。前にいる侑くんと銀島くんペアは物凄いスピードだが、打つからないのは流石だ。私は、安全運転。大事な大事なスポーツ選手を乗せているのだから。
「ぶつけると思った」
乗り終わった後、心底驚いた顔をする角名くんは意外と失礼な人だなと思った。
「スピード出さなかったから」
「それでも、てっきりぶつけるかと…」
目を瞬かせる角名くん。これは絶対、私が運動音痴なこと知ってる。それに、これでも前世ではゴールド免許だったんだから。
徐々に暗くなってきたから次の乗り物で最後だろう。その最後に選んだのは観覧車。
えええ、嘘でしょ。皆、可愛すぎない?これ、前世で知りたかった。どれだけの人が倒れたか。どういうメンバーで乗るんだろう…。やっぱり学年別に乗るのかな?
私は観覧車には乗らない。それは怖いから。ジェットコースターよりもゆっくり高いところにいく観覧車の方が何倍も怖い。
「みょうじさんは治と乗ったら?」
「「え」」
「順番的にそうじゃない?しかも4人までしか乗れないし」
「「……」」
断るタイミングを逃した。決まってからは早く、バレー部面々はスタスタ乗り場に向かう。ま、待って。治くんもほら、固まってるし、嫌そうだし。それに、2人で観覧車は辛い。乗ることも辛いのに。
「あの「ほな、行こか」…あ、はい」
あ、はい。じゃない!何言ってるの、本当に。断るんじゃなかったの…。で、でも断れない。会った時から治くんは少し気分が下がっていたように見えたけど、行こうと言った時の表情はなんとなく気分が上がっているように見えた。
観覧車、好きだったんだ。ここで、私が乗らないって言ったら、もう既に他のメンバーは乗り始めたからひとりで乗ることになっちゃうし。それはとても可哀想だ。でも、乗る相手が私で良いのだろうか。
「……」
「……」
いざ、乗ってみるとお互い無言。というか、非常に気まずい。私達をカップルと勘違いしたお姉さんが、カップル用のものに案内してくれて中が色々とラブリーな感じだ。
…凄く気まずい。それに、話すこともないし。
しかも、怖い。これ、落ちないよね…。体重が同じじゃないと傾いて落ちるとかないよね。怖すぎて、俯くことしか出来ない。頭の中に色んな嫌なことが過ぎった時、私達は動いてないのに観覧車が左右に揺れた。
「!?」
「…?」
いきなりバッと顔を上げて治くんの方を見ると、きょとんとされる。
「今、揺れた…よね?」
「揺れ?…あんま分からんかったわ」
「そ、そう」
「…。もしかして、怖いん?」
「うん」
「………こっち来るか?」
また俯く私に治くんは首を少し傾けて尋ね、こっちに来ないかと1人分のスペースを空けようとする。
「だ、だめ!!動いたら!」
「……」
「それに!そっちに私が行って傾いて落ちたらどうするの!?」
「それはないやろ」
「ある!無いかもしれないけど、100%ないかは分からないでしょ!?」
ああ…なんて情けないんだ。怖すぎてついムキになってしまう。申し訳ないと沈む私を他所に治くんは、ふっと笑い出した。
「100%落ちへんよ、安心せえ。それと、苦手なのに乗らせてすまんな」
「いや、それは私も言わなかったから…。あのさ、本当に落ちないと思う?」
「おん」
「じゃ、じゃあ、そっちに行ってもいい…?」
「……おん」
何となく、宮治が言うならと安心して隣に座った。これはただ近くに人がいると恐怖心が和らぐからで、他意はない。でも一瞬…
「傾い、た…?」
「気のせいやろ」
傾いたような気がして隣を見上げると、目が合った瞬間、凄い勢いで逸らされた。そしてまた少し沈黙が続いた後、治くんが俯き、手先をいじりながら小さい声で言った。
「彼氏おるのに男と乗らせてすまんな」
「彼氏?え、誰の?」
「…みょうじさんの」
「私、彼氏いないよ?」
「…朝一緒に「!あー!!あの人ね!あの人は知り合いの知り合いで、会ったの2回くらいだし。あの人彼女いるから!」…そうか」
見られてた。てことは、あの時、近くにいたってこと?会話聞かれてないよね…。大丈夫だよね?多分、治くんが言ってるのはサムさんじゃない方で。その人は推しにガチ恋で、彼女と言っているような人だから、つい彼女がいると言ってしまった。
「そうか」
もう一度頷く治くんの口角は少し上がっていた。イケメンの微笑み。破壊力がエグい。
俺が彼氏やったら、怖くて身を縮こめるみょうじさんを抱きしめることは許されるだろうか。今したら、あかん。いつか絶対、俺のもんにしたる。そん時は…。
治は観覧車の中で決意を固め、拳を握りしめた。