私の両親は昔から1番が大好きだ。

何に対しても1番が好き。結果が全て。その過程の頑張りも努力も結果を出さなければ意味がない。そういった考えの人だ。
私には兄と姉がいる。ふたりとも勉強、運動はもちろん色んなことが出来て、結果も出せる。そして、要領も良い。

それに比べて、私は何も出来ない。要領が悪く、鈍臭く、頭の回転も遅い、どんなに頑張っても1番を取れた試しがない。1番をたくさん取ってきた両親には本気で「誰の子なの。本当に私達の子?」と疑われたことがあった。これを言われたのは小学校に上がる時。私はそんなことない、お父さんとお母さんの娘だと証明したく、文字通り必死で頑張った。

中3の時。上ふたりが入学した学校には皆に入れないと言われ、親からワンランク下の学校を受験するよう提案された。しかし、その学校でさえ難しいと夏前に先生に言われた。

両親は前から私のことは諦めていたが、そのことを知った時、見放した。

頑張って勉強すると言ってもこっちを見向きもしない。毎日、殆ど寝ずに勉強しても結果は何も変わらなかった。

もう、嫌だ。何のために生きているのか分からない。そう思った時もある。学校の何もない所で躓き、受け身を取れず転んだ時は本当にいなくなくなってしまいたいと思った。いる価値がないと思ったから。だけど、転んだまま起き上がらない私に声をかけてくれた人がいた。

「大丈夫か?」
「……」
「…派手に転んだなぁ。怪我ない?」

私の肩を掴んで起き上がらせ、目が合うと少しだけふんわりと笑って、怪我がないか聞いてくれるが、この人が同じクラスということしかわからなかった。この時、自分のことに必死になり過ぎて、クラスメイトの名前すら曖昧なくらい周りを見ていないことに気づく。
ただその場に座る事しか出来ず、転んだ時にぶち撒けた荷物を拾ってくれているクラスメイトを見つめるだけ。最後の荷物を拾い渡してくれた時、真っ直ぐな目が私を捉えた。

「ちゃんと見とるよ」
「……」
「俺、みょうじさんが頑張ってるの知っとる」

そう言って、頭を優しく撫でてくれたクラスメイト…北信介に涙が止まらなかった。









「なにしてん」
「んー…ちょっと…」
「?」

机に顔をつけて、ぼーっとする私に尋ねる男がひとり。

「ねえ、この前みたいに縛ってくれない?」
「髪くらい自分で縛り」
「そうだけどね、信介に触られると気持ちよくて」
「……」

髪、と付け足すとゴムを受け取り、後ろに回って髪をとかしてくれる。ただ一本に纏めるだけたが、優しく触るその手がとても心地が良い。

みょうじなまえの髪を無表情で扱う北信介。3年7組ではこういった光景に驚く者はひとりもいない。これでふたりが付き合っていないという事実に驚く者も、もういないのだ。


高校は稲荷崎に進学した。あの時、信介に言われた言葉はすんなり頭の中に入ってきて、私を救ってくれた。中学までは親が全てで、両親に認められなきゃいる意味がないと思っていた。だけど、そうでもないらしい。それに気づいた時、考えられない程に気持ちが軽くなった。

信介に髪を触られると直ぐに眠くなってしまう。安心、するのだろう。カクカクしてきた頭を掴まれ、上から声を落とされた。

「頭、動かさんといて。縛りにくいわ」
「…んー」
「それと人に頼んどいて寝たらあかんやろ」
「ごめんなさい。ねえ、信介の手には眠くなる魔法でもかかってるの?気持ち良くて大好き」
「…そういうのあかんて前も言うた」
「はい、ごめんなさい」

前は信介のこと大好きって言った時に、ダメと言われたことがある。今回は手だから大丈夫なんじゃない?と思ったが、口には出さなかった。手も信介の一部だからダメなのか。そうか。
髪を縛り終えた彼は最後、頭を撫でて「好きならいつでも触ったる。俺の手には魔法がかかっとるからなあ」と楽しそうに目を細めて笑う信介に、何でそんなに機嫌が良いの?さっきまで正論パンチでちょっと厳しめだったのに、と首を傾げた。


放課後。部活がない今日はいつもより違う道を通り帰路に就く。知らない道を通って色んな発見をするのがマイブーム。今まで自分のことでいっぱいいっぱいになって、周りなんて見ることが出来なかったから、余計にこういうことが楽しくてたまらない。

今日もまた、学校を出てからそんな距離もないところで、緑がいっぱいな場所を見つけた。最初に目に入ったのは四葉のクローバー。それを手に取ると、なんだか幸せな気持ちになる。保育園の時、皆がよく探してたな、好きな子にあげてたりもしてたな、なんて。そこで、ふと信介にあげたいと思い、もうひとつ四葉のクローバーを探し始めた。


「あった…!」

あれから何時間経っただろう。なかなか見つけることが出来ず、やっと見つけられた頃には日が落ち始めようとしていた。暗くなる前に見つけられて良かった。必死なって探してしまったため、制服が少し汚れている。手も汚れていて、枝や草で引っ掻いた痕も所々ある。学校はすぐそこだから、渡しに行きたいけどなんか言われそうだなぁ。そもそも四つ葉のクローバー、貰っても困らせてしまうかも。


そう思ったが、私の足は家に向かうのではなく、体育館へと動いていた。着いた頃には辺りは暗くなっていて、しかし体育館内からはバレー部の声が聞こえる。まだ終わっていない。ここまで来たら、終わるまで待とうと決めて、見つからないように扉に寄りかかり腰を下ろした。
それから全体練習が終わり、自主練を始めて大分経った時、中から出てきたひとりの声に肩をビクつかせた。

「おわっっっっ!?」
「っ!?」
「は?…え、は?い、いつからいたん!?ちゅうか、誰や!?」

結構な時間を待っていたため、半分寝てしまったらしい。身長が高く、金髪の顔が整っている部員にあの双子のひとりか、と回らない頭でぼーっと考える。確か…そう、宮…名前はなんだったかな…。宮くんの質問に答えないでじっと見つめる私に彼は顔を顰めた。何か言おうとまた宮くんの口が開こうとした時、彼の背後から今度は聞き慣れた声が聞こえる。

「ん?…みょうじ?どうしたん?信介か」
「んー…うん。そうなんだけど、終わってからで良い。…あ、みょうじなまえです」
「北さんの知り合い?!…み、宮侑です」

やってきたアランは私に気づくなり、信介を呼ぶかと聞く。信介に用事があると知った宮くんは背筋を伸ばし、目を泳がせながら早口で名乗る。

「一応、信介呼んでくるわ。って、みょうじ、なんでそんな汚れてんねん」
「ちょっと、遊んでた」
「どこでや!?ひとりでか!?」

汚れた手は洗うことが出来たけど、服までは綺麗に出来ず、アランに気付かれた。遊び、というのは強ち間違ってないだろう。これ、信介に怒られるかも。そう思って、やっぱり帰ると言おうとする前にアランはどこかに行ってしまった。あ、行っちゃった。
宮くんと共に残されたから、この子に帰ることを伝えようとした。

「宮くん」
「は、はいっ!」
「?…お願いが「おいツム、いつまで遊んでんねん」」

返事をする宮くんは何故か緊張しているように見えて、疑問に思いながら本題に入ろうとすると奥から同じ顔の銀髪の子がやってきた。私の言葉を遮るように入ってきた子に宮くんは焦り出す。

「おいっ!サム!北さんの知り合いやぞ!!!」
「は?…あ、こんにちは」
「こんにちは」

双子でも同じ反応ではないらしい。もうひとりの宮くんは動揺の色はなく、ペコリとお辞儀をされる。またその奥から双子より身長が高い訛りはあるものの関西弁ではない、センター分けの黒髪の子が来る。その3人に挟まれ、何というか圧が凄かった。全員、信介より大きいし。頭上で何か話し出した皆に、ここから離れてもいいだろうと一歩後ろに下がった。


「なまえ」

大きくもない落ち着いた聞き慣れた声にホッとする。信介が現れたことで3人は、私が見えるよう道を開けてくれた。目当ての人物を見た時、その姿に首を傾げる。

「こんな遅くまでなにしてん。……その服はどうしたんや」

私を見るなり第一声。心配してか少し怒っているようにも感じる信介に、他の3人がギクッと固まった。しかし、そのことよりも疑問に思うことがある。

「なんで袖通さないの?」

疑問に思ったこと。それは肩にかけているジャージ。袖を通さず、まるで女優やモデルのような格好をする、普段見ない姿に聞かずにはいられなかった。どちらかと言えば、注意する側でしょう?私の返しに、これまた何故か周りの3人がギョッとして勢いよくこっちへ振り返る。

「今聞いてんのは俺や」
「えー…怒りそう」
「怒られるようなことしたんか」
「……これ探してました」

あげる、と手を掴みその上に四葉のクローバーを乗せると、信介は目をぱちくりさせる。

「ひとつ見つけたから、信介にもあげようと思って探してたら時間忘れちゃった」
「それで服汚したん?手も怪我しとる」

そう言ってため息を吐きながら、怖い顔で小さい傷跡を撫でる信介に、いらなかった?と不安な顔をしてしまう。しかし、それに気付いた彼は不安を払うようにあげたものを大事に手に包み「嬉しいで。ありがとう」とふんわり笑ってくれ、いつものように頭を撫でた。その時、後ろで物凄い音がしたけど、今はそれどころじゃない。

「で、なんで袖通さないの?」
「まだ気になるんか。…バチバチてなるんが嫌なだけや」
「バチバチ?…ああ、静電気」
「おん」
「可愛いね。でも、袖通して着てる信介好き。中学はちゃんと着てたじゃん?」
「…そうか。今から帰る用意するから待っとって」
「うん」

そう言ってその場を離れていく彼の後ろ姿を眺めていると、袖に腕を通し着直していた。今はしなくてもいいんじゃない?制服に着替えるんだし。なんて呑気に思っていると、ふたつの声が揃って叫び出した。

「「北さんの彼女さんですか!?」」
「…違います」

否定をしたが、そんなことは双子の耳には入っておらず「「……北さんのあんな顔初めて見た」」の言葉にもうひとりの黒髪の子も驚いた顔で頷いている。なんか色々聞かれそうで、逃げるためこの場を離れようとしたが、それを許してはくれず、いろんな質問をされた。そのことに気づいたアランが駆け寄り、助けようとしてくれたが、双子に上手く言いくるめられ、話は続行。アランも加担するかたちになった。

「前から思っとったんやけど、信介いなくなったらどうするん?卒業後は進路違うやろ」
「あー…どうしようね。それは困るなぁ」
「「それはもう結婚するしか道はありません!」」
「何で双子が勧めんの」
「結婚かぁ」
「みょうじも何で納得してんねん!?」

結婚するんか?本気か!?と騒ぎ出すアランに、いや付き合ってないしと心の中で突っ込む。でも、そっかあ。信介と離れるなんて想像つかないし、良い案だ。

と、男達が盛り上がってきたところでその原因の人物が戻ってきた。何を騒いでいるのか、と聞く信介に皆が顔を引き攣らせ固まる。ただ、ひとりは目を光らせて普段より大きな声で言い放った。

「私、信介と結婚したい」
「!?」

アランですら見たこともない顔で驚くバレー部主将に、そこにいた全員が驚愕する。その後、スーッといつもの顔に戻り、「帰るで」と言ってみょうじの手を引いた。

「信介の両親、姉弟とも会ってるし、おばあちゃんにも前にお嫁に来てくれたらなぁって言われてるんだった」
「今は黙ってくれんか」
「えー…嫌なの?……ショック」
「嫌なわけないやろ」
「そっかあ」

手を引かれ後ろを歩いているため、信介の顔は見れなかったけど、耳が赤いような気がしてなんだか嬉しい気持ちになった。

頑張って四つ葉のクローバー探して良かったなぁ。



「北さんが照れた」
「耳、真っ赤やったな」
「北さんって外堀から埋めてくタイプなんだ」
「ブフッ!!」

ふたりが居なくなっても驚き、立ち尽くす2年生達にアランは吹き出した。