人が少ないこの時間。
この車両。
そこには、高身長、黒髪が特徴的な…
電車の王子がいる。
スポーツ推薦で高校に入学し、運動部に入った私は朝練のため、毎日この時間の早めの電車に乗る。正式に入部して朝練が始まってから毎日見かける2人組の男。多分、上級生。タメ口で話しているところを見ると2人は同級生なのかと予想した。
金髪の人と黒髪の人。あまり混まない電車の中では結構、目立っていた。私も見ていたうちのひとり。いや、ね。最初は、金髪の人がイケメンだななんて思ってたんだけど、段々隣にいる黒髪の人…の髪型が気になりすぎて、そしたら雰囲気とか言動とかがかっこいいなって思えてきて、私の中では電車の王子になった。
王子ってそういうキャラじゃなさそうだけど。そもそも王子って勝手に呼ぶ自分に笑ってしまう。ていうか、どういう人かもわからないし。
個人的な妄想をすると、第二王子的な。なんでも出来る優秀な兄がいて、自分は町娘と恋に落ちる的な?周りをよく見ていて、誰に対しても優しくモテモテだけど、隠れて外に遊びにいった時に一目惚れしちゃう的な?
それか、色気たっぷりのお姉さまがいるが、長男のため跡取りは自分で将来も結婚する相手も決まっていて、なんとなく自分自身のことに無関心に育つ優男が、政略結婚の相手に落ちちゃう的な?そういう感じの王子。
あ、幼なじみにずっと片想いしてるのもいいかも。そのまま結婚するか、家を継ぐ兄がその幼なじみと結婚しちゃうとか…。次男ってことをあまり気にしてなかったけど、そこで何故自分が兄より先に生まれなかったのかと悔しがったり…!
ああ、ありがとう。好きな妄想をさせてくれて。色鮮やかな日常をくれて。
中学の頃は、かっこいいと思える人はいなかった。高校では素敵な出会いがあるかも…!と思いながらも部活でいっぱいいっぱいになると確信していて、実際自分の学校ではタイプの人はいなく、まさか!まさかの電車で、まるで少女漫画のような展開で気になる人ができるとは…!
しかし。気になると思ってもどうこうするつもりはない。
だって、よく考えて。知らない人から急に声かけられたら、怖いじゃーん!私は、ビビるね!あ、でも、ちょっと自慢しちゃうかも。
朝から考え事をして意識がどっかにいっていたが、王子の声に戻ってこれた。
「おーい、もうすぐ着くぞー」
「…ん」
「着いたら終わりな」
「…うん」
「この間みたいにぶつけるから」
「……」
ぶつける、の言葉に金髪の人は視線をゲームから王子に移し、その顔は「わかってるよ。うるさいなぁ」とでも言いたげな感じだ。これは…これは!王子の弟?話の中盤くらいに初登場する弟ですか!?いや、従兄弟…?待て待て待て。友達…、幼なじみ!引きこもりの幼なじみ兼、親友というのはどうだろうか!?
入学して数ヶ月。大分、学校に慣れてきた私はいつも少し離れた場所に座り、2人の会話を盗み聞きしたり、盗み見たりして、この見ず知らずの人を見かけては妄想を繰り返している。もう、盗んでばっかり!ごめんなさい〜!
2人が降りる、最寄り駅は次で私はその二つ先。登校する時は既に乗っていて、先に降りていく。帰りはその逆。だから、王子家の最寄駅はわからない。…いや、分かろうと、知ろうとするな!!それは駄目だろう…!妄想は妄想なままで終わりにするのがいいでしょう!
ちなみに、帰りの電車が同じ時間になったことがないから、朝しか会わない。
朝だけで十分。そう思って次の日の朝、天気が悪く外が薄暗いおかげで、ガラス越しに映る王子をバレない程度に盗み見ることが出来た。ありがとう、ガラスさま。お天気さま。
そしたら、そしたら…なんと。ガラス越しに目が合ってしまった。
………。
…………やらかした。
それが朝の出来事。そして、帰り。普段乗らない時間の電車で帰宅することになってしまった。この時間は激混みで、帰宅ラッシュ。しかし、急ぎで帰りたかった私はその電車の中に飛び込んだ。
ぎゅうぎゅうの中、掴むところがない真ん中に流れ込み、自身の体幹と足の筋肉、それと隙間ない密度の人達でなんとか耐えて、二駅。少し余裕ができ、吊り革か棒、支えるところを探し空いているところを見つけられ、ドアの方へ移動しようとしたが、ここでも人は沢山乗り込み、また中途半端なところに後戻り。次こそ、と下を俯きあと一駅、体幹を使って頑張る覚悟を決めた時、すぐ側で「あ。研磨…」の朝しか聞くことができない声が耳に入った。
顔をゆっくり上げてみると、目の前にいつも盗み見してる王子の制服が。更に顔を上げると、王子の顔。身長が高いため、ひとりだけ頭が出ている。うわ、呼吸しやすそう。体は私と向き合う形でいるけど、顔は横を向いているから首筋が見える。……うわ。やば…。一気に妄想モードに突入する。あああああ!あの首をがぶっとかぶりつきたい。これはもう、妄想モードではなく、変態モードに突入。やめろ…!私の脳!!
そういえば、さっきケンマと言っていたけど、あの金髪の人の名前だろうか。人混みに流され、どこかにいってしまった。あの人、凄く人混み嫌いそうなのに。
「…う、おえ…っ!?」
人の心配をしている場合ではなかったらしい。電車が勢いよく揺れて、バランスを崩してしまい目の前の…王子の胸に倒れるように飛び込んだ。それで、うおえだ。顔面からダイブして体のバランスが取れず、離れるのに少し時間がかかった。体の筋肉がまだまだだな、私も。って言ってる場合じゃねぇ!
「すすすみません!」
「俺は大丈夫なんですけど…大丈夫ですか?」
「私は全然!」
きゃ、きゃあああああ!話してしまった!!王子と話してしまった…!満員電車の中、距離が近いから声も近い。心臓の音がとてつもなく速くなるが、一瞬で冷静になった。何故か。それは、この人には彼女がいるかもしれないと思ったからだ。満員電車でも彼女からしたらいい気分はしないだろうし、なんていったって私は好意を持っている。そういう人間がこういうことをしてはいけない。だから妄想するだけで十分なのだ。
そう思っていたのに、少し距離をとった私に王子はとんでもないことを提案してきた。
「危ないんで、良かったら適当に服でも何でも掴んでください」
「……」
今日の朝、初めて合った目で私を捉えてそう言う。そんなこと…そんなこと言ったら、腰に巻き付いてしまうでしょう!?そうする広さはないけれど!ていうか、妄想の中の王子となんか似てる!?似てる!!だけど、私はあなたに下心を持っているのでね。
「い、いや…それは、彼女さんに申し訳ありません」
何を言ってるんだろう。初めて話す人に。いや、ああいう提案をしてくる王子もどうかしているが。彼女がいるのか、いないのか。それを知りたい気持ちもあって、こういう言い方をしてしまった。
「あ、彼女いないんで」
「あ、そうですか」
じゃあ、遠慮なく。腕をガシッと思いきり掴み、お礼を言うため顔を見たら笑いを堪えているように感じた。え、初めて見る表情だ。また妄想スイッチがオンになる。
あ〜〜〜…これは、あれだ。私、完全にこの人のこと好きなんだ。
話したこともないのに、今日初めて話すのに、めっちゃ好き。うわぁ、次の駅に着かないでほしい。なんて幸せな時間は早いもので、電車は停車した。降りる人の方が多く、大分スペースに余裕ができる。お礼を言ってドア付近にある棒を掴もうと移動したら、降り忘れた人が勢いよく横を通り過ぎ、後ろから肩同士が当たる。反動で上体が前に傾き、それと同時にドアが閉まる。え?これは、挟まる…?…あ、このままホームに出ちゃえばいいのか。
「っぶね…」
「!!」
なんということでしょう。あの王子が後ろから私のお腹に手を回し、電車の中に戻してくれた。っぶね…って。焦ったような声。安心したような吐息混じりの声。それに口が耳元にあるから声が至近距離で入る。え、うわ…。やば。
放心状態の私に心配そうに尋ねる王子。いや、王子様だ。
「…大丈夫っすか?」
あなたは大丈夫ですか?あなたの腕は大丈夫ですか?あなたは王子ですか?大丈夫ということと、聞きたいことが沢山あった。最後のは言うわけがないけど。さっきより更に緊張しながら口を開いた。この時、目の前の王子は私の脳内で本物の王子と化していた。
「…あなたは王子ですか?」
「………え」
「大丈夫です。あなたの腕は大丈夫ですか?」
「あ、ハイ」
間違えたぁぁぁぁぁあ!!!!ちょっと、言うこと間違えた。違う、かなり間違えた。返事が片言になってたもん!?え…ってキョトンとしてたよ!?
お礼を言って、違う車両にいこう。普通に歩ける程度には人も少なくなってきたし。お礼。ありがとうございましたって。明日の朝から車両も変えよう。気まずい。あああ…自分で失敗して、王子が見れないなんて…。だけど、仕方ない。
早くお礼を言って去ろう。
「連絡先を教えてくれませんか?」
「え」
おいいいいいいいいいいい!なに!?何言ってんの!?は?!この口は、なにを!?さては、この口は誰かに操られてるのか!?欲が丸出しじゃないか!?ずっと前から聞きたかった願望が今、ここで!?出てしまうの!?
「はい、これ」
絶対、引かれた!?怖がられた!?
ん?
はい、これ…?恐る恐る王子を見上げると、連絡を交換できる画面を差し出している。え?これ、読み込んだら、交換されちゃうよ?
「黒尾鉄朗っていいます。名前は?」
「……みょうじなまえです」
これは私の妄想ですか?
王子、こと黒尾鉄朗さんの連絡先を入手した。
なまえの最寄りに着いた後、黒尾と研磨は合流した。
「なにニヤけてんの」
「いーや。なんでも」
「……」
スマホを口元に当て、上がる口角を隠す黒尾だが、それは誰が見てもバレバレである。