目が覚めて違和感を感じた。
自分の部屋ではない見慣れた部屋。体が軽く、目線も低い、俯くと見慣れた髪。その髪が金髪だったため、恐る恐る鏡を覗いた。
「…は?」
黒尾鉄朗は、孤爪研磨になっていた。
急いで着替えて身支度を整え、本当の自分の部屋に向かう。朝から素早く動き出す俺(研磨の姿)に驚く研磨の両親。しかし、それを気にしてる余裕は俺にはない。
「研磨ァ!!」
「……」
自分の部屋で自分の姿をした研磨に叫ぶ。まだ寝てるかと思いきや違和感を感じたのか、目ははっきり覚めていて顔を歪ませていた。うわ、俺こわ…。
「なにこれ。どうなってんの。笑えないんだけど」
「それは俺もだ」
「…今日は休むね」
「いやいやいや。行こうぜ!?頑張って行こう!!俺も行くから」
「…本気で言ってる?」
「本気、マジマジ。今日は部活ないし、学校行ったら終わりだろ?それに、いつ戻るかわかんねぇし、戻るまで休むわけにもいかねぇだろ」
「1日経ったら戻るんじゃない?」
そうかもしれない。けど、取り敢えず行こうと研磨を布団から引きずり出す。
「もしかして、みょうじと同じクラスになれるから…とかじゃないよね」
「……」
「……」
「研磨こそ、みょうじちゃんから熱々の視線を受けるのが嫌で…とかじゃねえよなぁ」
「……」
研磨が行きたくない理由、黒尾が行きたい理由をお互い図星を突かれ、口を閉じる。
そして、沈黙が流れて数秒。2人は覚悟を決め、中身が入れ替わった状態で学校へ向かうべく準備を始めた。
2年3組ー。
元気よくクラスメイト達に挨拶をして教室にやって来たみょうじちゃん。今日は朝練もなく、ここで会うのが初。俺は研磨になりすまし、机の上でゲームをやっている振りをする。みょうじちゃんが前の席というのは知っているが、教室に入ってから多くの友達と話をしているため、中々席にはこない。
それにしても、友達多いな。わかってはいたけど。研磨とはまるで正反対。多分、みょうじちゃんからだとは予想がつくけど、この2人がどうして仲良くなったのか気になった時に、幼なじみに聞いたことがあったが「なんか…捕まった」の一言。研磨がその時のことを思い出したのか、顔を険しくさせたからそれ以上は今度聞くことにした。つーか、はぐらかされた。
無意識のうちに目で追っていた人物と目が合い、俺の視線に気づくと顔をぱあっと明るくさせる。俺に向けるのとは少し違う研磨に向けるその表情。
「おはようおはよう!孤爪くん!!」
「……おはよう」
研磨らしく。バレないように研磨らしく、なりきろうと思った矢先、みょうじちゃんは首を傾げる。
「?…何かあった?」
「え!?」
「え?!さっきこっち見てたから、てっきり話すことあったのかと思って」
「あ、ああ…。いや、特には」
「そう!もう朝から孤爪くんから熱々の視線をいただけるなんて!」
「……」
あああああああ!!!無理だ無理だ。みょうじちゃんが来るまでは、研磨になりきるのなんて楽勝なんて思っていたが、いざ目の前にすると焦る。しかも、この子はこういうのには鋭いし。なにより1番の原因、それは。
「?もしかして、体調悪い?」
「!?」
「んんん…熱はなさそう」
距離の近さだ。話す時の顔が近い。俺の時はこんな距離じゃない。身長差もあると思うがそれだけじゃない。今だって、熱がないか自分と俺の額に左右の手を当てている。手で触れるだけだから、顔は近づけなくていいのに、さっきよりも顔の距離は縮まっていて。当の本人は心配そうに覗き込むようにしてこっちを伺っているが。
「熱なんてないよ」
「それなら良かったけど…」
「…うん」
まだ納得いってない様子だったけど「体調悪くないならいっか!」と切り替えてくれて、ほっと息を吐いた。と同時にみょうじちゃんが口を開く。
「朝練ないから今日の黒尾先輩を見れてないぃぃぃ…」
自分の名前が出てきたことに動揺しそうになるのを抑える。それを他所に、みょうじちゃんは研磨の机に項垂れるように額を勢いよく付けた。大丈夫か?凄い音したんだけど…。
「前は朝に会えないのなんていっぱいあったけど、マネージャーになってからは会ってたもん。会わなくてもいいから見かけたい…!!そしたら、1日頑張れる!!あ!こっそり見に行けばいいのでは?!はっ!ちょっとまって。それは駄目だ。ストーカーになってしまう!!」
「……」
「うわっ!まって…!孤爪くん、大変なことに気づいた」
「なに?」
「黒尾先輩が卒業したらどうしよう!?私、絶対、干からびる…!」
自分の言葉に赤くしたり、青ざめたり、焦ったり、表情をコロコロ変えるのが面白くて可愛くて自分が研磨だと言うことを忘れた。
「…ぶっ、ははははっ!!じゃあ毎日、連絡取るか?」
「!?…え、え?」
「なんでもない今すぐ忘れて。クロが言いそうなこと言っただけだから」
「あ、うん。…え!?ありがとう!!」
なんという素敵なサプライズなんだ、と両手を頬に添える姿に、また素が出そうになるのを必死に堪えた。
「…。(本当に一瞬、黒尾先輩かと思った…!ああいう笑い方をする孤爪くん初めて見た)」
今日は天気がいいため、中庭で昼をとるらしい。よく2人を見かけるベンチに腰掛けた。外で食べようと言ったみょうじちゃんに素直に返事をすると「いいの!?いいの!?ありがとう!!」と喜ぶ姿を見て普段の光景が目に浮かぶ。研磨のことだから、外で食べるのを渋るのだろう。
中身は俺だけど、研磨の体だから食べる量も少ない。絶対足りないと思ったが、そうでもないらしい。これからもっと食べろ、なんて言ったら嫌な顔をするんだろうな。
「今日はゲームお休みな日?」
「え、。いや、やるよ」
幼なじみの不機嫌になる表情を思い浮かべていたら、隣から不思議がるみょうじちゃん。怪しまれないようにゲームを手に取る。これ変にやったら怒るだろうな、あいつ。電源をつけたものの、今日はゲームお休みな日にしてしまおうかと迷う。
ゲームをやってるのを見るのが好きなんだろう。みょうじちゃんは、わくわくした目で画面を覗いてる。手を動かさないでいると、きょとんと丸くさせた目がこっちを見た。
「黒尾先輩」
「!?」
俺の姿をした研磨を見て言ってるんじゃない。こっちを捉えて言っている。だから、柄にも無く肩を大きくビクつかせた。
「に似てる。今日の孤爪くん、黒尾先輩みたい!あと、なんか変!!」
「気のせいだ…でしょ」
「だってだって、孤爪くんがゲームをやらないし、喋り方も声のトーンも大きさもスピードも違うし、熱々の視線って言った時も、いつもだったら違うって話遮るから!…本当に、体調悪くないの?」
「う、うん」
「そっか…。それならいいんだ。いいんだけど…」
「?」
「なんか、今日の孤爪くんがかっこよく見えて…どうしよう!?本能が、黒尾先輩といる時のようにドキドキしちゃって…!だって、話し方とか雰囲気とか全部、先輩っぽいし!孤爪くんって分かってるから、平然を保っているけども!!…ああ!もしかして、黒尾先輩と一緒にいすぎて、似てきちゃうとか!?夫婦が似るみたいな!?」
「……」
バレたらまずいと思う反面、俺と気づいて欲しいって思う気持ちがあったらしい。必死に話すみょうじちゃんが、黒尾先輩かもって言ってくれるのが嬉しいと感じている。でも、その"夫婦"の発言。本当の姿だったら、夫婦にはみょうじちゃんがなるんじゃないの、なんてくさいセリフを言ってどんな反応をするのか楽しんでいただろう。
どうやら、みょうじちゃんは自分の発言にひとり納得してくれたみたいで、バレずに済んだ。その後、何かを思い出したようで、鞄の中を漁り出す。
「これ!孤爪くんが食べたいって言ってたお菓子、持ってきたんだった!!」
はいっ!と袋から期間限定味のポッキーをこっちに差し出された時、みょうじちゃんはある一定の場所を見て固まった。反応を見るに予想はつき、その視線を辿ると俺の姿をした研磨が。
「孤爪くん!孤爪くん!黒尾先輩、いる…!今日、お初!お初だよ!!素敵、かっこいい」
肩を掴まれ揺さ振られる。意外と力が強い。俺達の視線に気付いた猫背で歩く研磨はこっちを見るが、その顔は最悪とでも言っているようだった。そのまま見なかったことにして歩き出す研磨(俺の姿)にみょうじちゃんは「あ…」と漏らす。ちょ、研磨!お願い、行くな!!めっちゃ落ちこんでるから!それにいつも気付いたら来るだろ、俺!!
みょうじちゃんの落ち込む姿と俺の必死な目に、こっからでもわかるくらい大きなため息を吐いてやって来た。うわ、俺の姿だと感じわる!!
「くくくく、くく黒尾先輩!おはようございますっ!!今日もとてもカッコよろしいことで!」
「……」
おいいいいい!なんか返事して!!無言で上から見下ろしてるのとか、めっちゃ圧が凄ぇから!
「おはようって時間じゃないでしょ」
「あ、そ、そうですね…!?」
こいつ、絶対隠す気ねえだろ。バレてもいい精神じゃねぇか。別に俺もバレてもいいけど、誰も信じねーだろ、こんなん。それに、ずっと研磨に成りすましてたから、余計にバレたら恥ずい。あと、こういうのってバレたら戻れなくなるとかあるかもしれないし。研磨もそれをわかって、バレないようにするって決めたんだが…。つーか、みょうじちゃんを前にして自分が俺の姿をしてるってことを忘れてねえか?
「あ、それ食べたかったやつ」
「!!先輩も好きなんですか?食べます!?」
「うん」
…ウン。
うん。じゃないですよ、研磨サン。中身知ってるからかもしれないが、俺が研磨にしか見えねぇ。これ、本当に気づかれるんじゃ。その心配は的中し、みょうじちゃんはポッキー片手に俺と研磨を交互に見比べて首を捻る。
「なんだか、先輩と孤爪くん中身入れ替わってるみたい」
「「!?」」
その発言に2人して固まった。反応を見るに、本当に研磨は自分が違う姿だということを忘れていたらしい。珍しく動揺しているのが分かる。
そして、俺に成りきろうとした。
「!?!?…え、え?!」
「…美味しい」
何故そうなる。研磨はみょうじちゃんの手を取りそのままポッキーを自分の口へと運んだ。口へ運ぶ、じゃなくてみょうじちゃんのところまで顔を近づけて食べたと言った方が正しい。距離が近ぇ!!美味しいじゃねえ!!目を細めるな!!みょうじちゃんは「…いつもと違う、エロ…!」と震えてるが、自分のそんな顔見たくねえんだよ!こっちは!!
「じゃあ」
「!?」
最後に頭を撫でてから歩き出した研磨に、撫でられたところを顔を赤くしながら自分で触れるみょうじちゃん。これは、ちょっと…嫉妬するわ。
「孤爪くん。どうしよう。かっこ良くて、えろえろなんだけど、なんか違う気がするような…」
「…そう」
「私が今日、変なのかも!!心臓に異常が!?」
あ、なんか…嫉妬、どっかいったわ。
次の日、目が覚めると自分の体に戻っていた。
そして朝一。研磨と2人で部室に向かうとこでみょうじちゃんと遭遇。俺達を交互に見比べて、何も言わずふにゃりと笑った。
昼休み。昨日食べたベンチで研磨とみょうじちゃんを見かけた。研磨がゲームをしているのを横で覗き込んで何か話している。
「今日は熱々の視線、私に「送らないから」…そうだよね!」
「…何で喜んでんの」
「んーん!何でも!!」
俺にはあの返し、出来ねぇわ。それにしても…
「わっ!……え、あ!く、黒尾先輩!?」
「どうも」
近すぎる、こいつら。実際に体験してその近さがよく分かった。そう思って、持っていた飲み物で後ろからふたりの間を裂く。俺に気づいた研磨はゲームを止め、背もたれに頭を預けるようにして顔を上に向けて口角を上げた。
「嫉妬?」
「…あ」
その言葉を聞いて自分がした事に気づく。無意識だった。うわ、かっこ悪りぃ。
「く、黒尾先輩が…!うわ、眩しい。輝いている…!!」
「「……」」