「結婚してください!!!」
「え…?」
初対面の相手。会って数十分。いつものように結婚を申し込む私にその人は口をぽかんと開けた。
春高出場が決まり、12月に差し掛かろうとしたこの時期。
今日は長めの午前練習で部活は終了したため、外は明るい。だから、ひとりで帰ることは然程、危険ではないと思う。しかし、こうやって今日も黒尾先輩は送ってくれる。結婚して欲しい。
孤爪くんはやりたいゲームがあるとかで先に帰ったんだけど、私がいなければふたりで一緒に帰れたんじゃないか、と幼なじみの愛の時間を邪魔してごめんなさい!って前に謝った時、孤爪くんは苦虫でも噛み潰したような顔をして「二度と言わないで」と言っていた。ごめんね…!
15時には家に着き、先輩とお別れをした少し後、今日中に買わなければいけないものがあったことを思い出し、ジャージのまま家を飛び出した。
向かう先は、駅近くのお店。音駒の最寄駅はそこだから、もしかしたらまた黒尾先輩に会えるかも!と期待を寄せながら走る。しかし、よく考えてみると、先輩に会うのはまずいのでは?だって、そしたらもう一度家まで送ってくれると言ってくれそう。一緒にいられるから私からするとパラダイスなんだけど、ご迷惑をおかけしまくってしまう。なにより、先輩の大事な時間を奪うことになる…!
普段使わない道を通って行こう、と遠回りをして駅の方へと向かった。
目的のものを手に入た帰り。急に大粒の雨が大量に降ってきて雨宿りをするため、近くの公園に屋根付き休憩所があったのを思い出し、そこへ駆け込んだ。
どうやら先着がいたようで、座っていても分かる高身長の男の人が複数の紙袋と共にベンチに腰を下ろしていて。額に手を添え、なんだか疲れているようなオーラを醸し出していて首を傾げてしまった。
この屋根がついている場所にはひとつのベンチしかない。通り雨だろうと思い、屋根だけをお借りすることにしたが、私に気づいた男の人は「すみません、どうぞ」と荷物を持って譲ってくれた。立ち上がり横に並んだその人は想像を遥かに越える高さで。黒尾先輩、よりは小さくて犬岡くんくらいの身長だ。そして、お顔が…お顔が、イケメン…!?!?
いや、バレー部の皆さんもイケイケのイケメンなのだが。王道のイケメンというか、アイドルのような顔立ち。
……イケメンだ。
私は雨宿りするだけだし、この人はたくさんの荷物を持ってるし、ここに自分が座るわけにはいかない。
「お気になさらずっ!!!!!!!!」
「!?」
あまりにも顔が整っているからもしや芸能人なのでは!?いや、どこかの王子様!?という考えに至り、テンパって大きな雨の音を余裕で掻き消す音量でお断りする。すると、目の前の王子様は私の声に肩をビクつかせていて。わ、申し訳ない…!!
「私めは屋根をお借りできれば「っふ…ふふふふっ……」!?」
笑った!?王子様が笑った!?俯き、拳を作って口元を隠しながら、肩を震わせて笑う王子様はその姿も絵になっていて。訳がわからず、慌て出す私に「あー、ごめんね。可愛くて、つい」と笑いすぎて目に溜まった涙を人差し指で掬った。
「今って時間ある?」
「は、はい!あります…!」
にこりと笑うその顔は黒尾先輩とは違う種類のもので、整った笑みに断ることは出来なかった。そもそも時間はありまくりだし、雨宿りに来たんだからお話してもらえるのは私にとっても嬉しいこと。
首をブンブン縦に振ると、「少し話し相手になってくれない?」そう言って目を細めて微笑んだ。その後、何かを思い出したのか「あ」と言葉を零し、続けた。
「俺、及川徹って言います。名前は?」
名前までイケメンな…なんて感心してから、自分も名乗ると「なまえちゃんね」といきなりの名前呼びにドキッとして体が跳ねてしまった。
「は?飛雄知ってんの!?!?」
「はい!!よく合宿とかしてて!とびとびとお友達です!!」
「…とび、とび…??」
「はい!お名前から取らせていただきました!」
両方の手を顔の高さに持って行き、拳を作って言い放つと、及川さんは目を丸くしてから盛大に吐き出し爆笑した。
「…ま、待って…待って、なまえちゃ、ん…ま、」
とびとびって、あいつが…?とヒィヒィ笑いながら必死に話そうとするが、言葉にはなっていなくてなんて言っているのかよく分からない。
どうやら及川さんはお姉さんの買い物の付き合いで宮城から来ているらしい。それで今はそのお姉さんとはぐれてしまい、探している途中雨が降ってきて雨宿りをしていると。だから、テーブルの上には紙袋がたくさんあるのか!と私でも知っているブランド名が印刷されているものがちらほらある。
他にも色々教えてくれた。私のひとつ上の学年でバレー部の主将だったとか、ポジションはセッターでとびとびとは中学が同じだとか、烏野のことをよく知っているとか…たくさん。私の話も聞いてくれて音駒のバレー部マネージャーということを話すと、自分の高校にはマネがいなかったから羨ましがられたりもして。
「はっ!春高ね!!」
まだ音駒の3年生が引退していないって分かると春高へ出場すると気づいた及川さんは綺麗な顔を崩す。初めて出た子供っぽい表情に失礼なことだけど少しだけ興味が湧いてしまう。こういう顔もするんだ。
及川さんのバレー姿を見てみたいと思ったけど、烏野が春高出場を決めたから及川さんの学校は負けた。だからその思いはそっと心の中にしまっておく。
沈黙が少し流れて、先に口を開いたのは及川さん。
「俺のバレーは何ひとつ終わっていない」
前だけを見るその目には迷いがないように感じた。今、彼の頭の中にはバレーのことしかないのだろう。試合のことを思い出しているのか、それともこれから先のことを考えているのかは分からないけど、雰囲気が変わった及川さんに益々興味が湧いた。この人はどんなバレーをするのだろうって。
「…あ。…いやいやいや、ごめんなまえちゃん!!」
「え?あ、お?」
急に慌て出す及川さんに変な声を出して目を瞬かせる。
「こんなこといきなり言われて困るよねッ!ごめんね!」
「!!っそんなことないです!もっともっと及川さんについてお聞きしたいです!!!」
「うん…?なまえちゃんは天使なのかな」
そう言ってから「俺が振られたのはもしかするとこれが原因かもなんだ…」と頭を抱える姿に先程のオーラはどこにもない。振られ…?及川さんが…?落ち込んでる様子にそれはもう黒尾先輩がいなかったらこう言っていたな…
「結婚してください!!!」
とね。
「…え?」
突然の結婚してください、発言に目の前のイケメンさんはきょとんとする。
「及川さん素敵すぎるので!好きなので!結婚して欲しいくらい素敵すぎるので!!」
及川さんと毎日一緒にいたら毎日プロポーズしてた!落ち込まないで!そんなことはない!という意味も込めて勢い良く言ってしまう。
「え、なまえちゃん…?結婚…?」
「はい!」
「ちょ、待って待って。結婚って…その前にお付き合いが先じゃない?」
「た、確かに…!そうですよね」
そうだ。結婚よりお付き合いが先だ。おモテになる及川さんに色々聞いて勉強させていただこう!そして、黒尾先輩のお嫁への大いなる進歩になるために!うんうん、縦に首を振りながら、日常的に誰にでもプロポーズをしていることとテンションが上がっていたため、「遠距離恋愛も悪くないね」的な言葉は私の耳には届かなかった。
「お付き合いしたらまずは何をすればいいんでしょうか!?」
「んー…取り敢えず、名前呼びとか?」
「…名前呼び」
「そ、一回呼んでみて?」
名前呼び。…名前呼び……。ちょっと…か、かなり緊張するぞ、これは…。でもここでやらなければ…!唾を飲んでゆっくり声に出す。
「……て、鉄朗先輩」
き、きぃやぁぁぁあ!!わ、わ、わぁぁぁ!!よ、呼んで呼んでしまった!?!?!?お、恐れ多い恐れ多いッ!意を決して名前呼びしたけど、及川さんは何の反応を見せない。あ、あれ…?変…だったかな?
「誰!?!?!?!?」
カッと目を開いて、徹だと自分の名前を叫ぶ及川さんにハッとする。そうだ!本人に名前呼びをする練習?なんだから及川さんの名前を呼ばないといけなかったんだ。
「徹さんっ!!」
「はいはい、なまえちゃん」
「う…。つ、次は何を…?」
「んーそうだなぁ……あ。手を繋ぐ?」
「…手………テ??」
名前呼びをした時に振り向いた徹さんが超絶キラキラしていて、次何をすれば良いのか聞くと手を繋ぐと教えてくれた。手、…テ??差し出されたその手にこれは練習だ、折角付き合ってくれてるんだ!無駄にしてはいけないの思いにゆっくり腕を伸ばした。
「すみません、ウチのが」
ゆっくり差し出されたそこに乗せようとしたその時。横から私の手首を掴む見慣れた大好きな手。
「…黒尾先輩…?」
あれ?どうしてここに?口を開く前に腕を掴まれ、引っ張られた勢いで立ち上がってしまい、バランスを崩して胸へすぽっと倒れ込む。更に肩に手を回され引き寄せられるから、顔が鍛えられた胸に埋もれた。わ…し、幸せ…。
「え、誰?」
「あー、ご挨拶が遅れてすみません。黒尾鉄朗と言います。この子、誰にでも結婚とか言うんで気にしないでくださいね」
「あ。あー…鉄朗、先輩ですか」
「はい、鉄朗先輩です」
頭上で行われる会話はお互い棘のあるような、徹さんは分からないけどきっと黒尾先輩は張り付けの笑みを浮かべながら話しているのが声から感じ取れる。
失礼しますね、と真っ暗な世界からやっと視界が開けて目がチカチカしていると腕を引っ張られて勝手に足が動く。振り返って「徹さんっ!ありがとうございました!!またお会いしたいです!!」と前へ歩きながら振り向いて挨拶をした。そしたら、「次は本気でお嫁さんに来てね?なまえちゃん」なんて少し楽しそうに強い口調で言われ、手を振ってくれる。
え、え?本気で…!?混乱する私に黒尾先輩の腕を引く力は更に強くなり、思わず「うわ、」と声を出してバランスを崩しそうになる。おおお、危なかった。
無言で腕を掴まれスタスタと私の家へと向かう道を歩く先輩の後ろ姿を見つめる。お、怒ってる…?纏うオーラも重く、掴む力も少し強い。徹さんの手を繋ぐというアドバイスはこれとはちょっと違うな。手、繋ぎたいな。
「みょうじちゃんさ、」
「はっ!はいっ!」
「ああやって誰にでも好きとか結婚してとか言うのはよくねぇよ」
「…あ。はい…」
いつもより低いトーンで言われるからその言葉に重みが増す。い、いつから聞いてたんだろう。結婚して欲しいくらい、そう言った時は興奮して大きな声を出してしまったから聞こえたのだろうか。
「次から気をつけます…!」
「そう言っても気をつけねぇじゃん。絶対言うね、みょうじちゃんは」
「う…。それは…、心がけます」
心がけるけど自信はない。ていうか、黒尾先輩には言ってしまう。え、黒尾先輩にも駄目なの…?
「みょうじちゃんは」
「……」
「……」
「??」
急に立ち止まり私の名前を言った後、何も発さない黒尾先輩の背中を見つめ首を傾げる。何でしょう?そう尋ねる前に小さく何かを言った。その何かは外でも周りに誰もいないこの場所では聞き取れることは容易に出来て。
「俺だけ見てればいいんだよ」
…え?
「え、え…?」
言った意味がよく分からなくて間抜けな声を出してしまった。今、だって、なんか、凄く…すごいことを言われた気が…?
「ごめん、今の忘れて。何でもない」
「お、わっ、」
バッと振り返った黒尾先輩は私の目に自身の手を当てて、「何でもない何でもねぇ忘れて…」と呪文のように早口で繰り返す。
先輩が何でもない、忘れてと言うなら忘れるしかない。目を隠されながら「はい!忘れました!!綺麗さっぱり!」と大きな声で放つと少し黙った後、手を離されて「ブフッ…それは有難いです」って言われ、いつもの先輩だと安堵の息を吐く。
じゃあ、帰るか。と家まで送ってくれる先輩に頭を下げて、一日で2回も送ってもらえるなんて…!なんて嬉しさはあるが申し訳なさからひとりで帰れることを伝えた。
「あの!ひとりで帰れますので!」
「……」
「その、まだ明るいですし!先輩は駅の方へ!」
手を忙しく動かして駅の方へ指差すけど、何も言わず黙る黒尾先輩。ま、また怒らせてしまった…?今日はたくさん怒らせてしまっていると冷汗をかいていたら、差し出された手。
「手、繋ぎたいなら貸そうと思ったんですケド」
「…え、」
「いらねぇの?」
手のひらを上に向けて差し出される。それを凝視しゆっくり上に顔を上げて黒尾先輩を見ると、いつものニヤリ顔。だけど、少しだけ気まずそうにする表情に胸がぎゅんとなる。
「黒尾先輩!!結婚してください!!!!」
両手でその大きな手を握りしめて横向きで歩き出す私にデコピンを食らわせてから「そうやって簡単に言わないっつってんの」と言うその言葉はさっきの重めの声色ではない軽いもの。
そして、先輩が自分の元へ私の手を引いてお互いの距離が縮まると苦手な耳元で囁く。
「俺には名前呼びしてくんねぇの?」
こんなの無理。こんなことがあっていいのか。私の心はキャパオーバー。カクッと腰が抜けてしまった私を先輩は焦って支えてくれる。腰に手を回して。