仮マネージャーとしての夏合宿、4日目の夜。黒尾鉄朗がみょうじへ嫉妬から爆発してしまう前日。

彼女は呑気に烏野が泊まる教室へと向かっていた。


「!?!?あああああ旭さんっ!!!」
「あ、名前ちゃん」

俺だって気づいたんだ…と眉を下げて首に巻いてあるタオルで軽く頭を拭くのは優男イケメンの旭さん。教室へ向かう途中で会ったこの場所は渡り廊下で、夏なのに辺りがくらいのは時間が遅いから。

「って、ごめんね。驚かせちゃったよね?」
「はい!!び、びっくりしました!!」
「はは」
「まさか、髪を下ろしている旭さんに会えるなんて…!」
「え?」

何なんですか。何なんですか!髪を下ろす姿なんてギャップ以外の何者でもないじゃないですか!普段ももちろんイケメンだけど、イケメン度により磨きがかかるっていうか。皆さん急にその姿で現れないでほしい!
私の身が持たない。黒尾先輩や木兎さん、それから夕も。最後は旭さんだ。他の方達は寝癖やワックスが取れて髪が下に落ちる感じだが旭さんは結んだ髪を下ろしているだけなんだけど、それが更に大人びて見える。

「う、色気…大人の色気」

胸あたりの服を握りしめて、渡り廊下の柱に頭をつけて力の限り体を支えた。

「え、あ…どういうこと!?」
「かっこいいということです」
「あ、りがとう…?」

語尾が疑問系になってしまう東峰だが、大分みょうじの対応に慣れてきて焦る様子は見えない。誰にでも言っているということをここ数日で学んだのだろう。そして、彼女が黒尾にだけ他とは違う感情を持っていることを知っている。

しかし、普段女子から怖がられたり呆れられたりする東峰にしてみればみょうじの存在は異色であり、やはり対応には少し困っている。


「それに、旭さんのスパイクっ!!とってもかっこいいです!!スパイクのフォーム、威力、ボールの音、エースという存在感に安心感、それに加え試合中と普段とのギャップ。全てがかっこいい…」
「……」
「わ!ごめんなさい…!!知ったような口をっ!」

ベラベラと私が知っているバレー?言葉を最大限に活用し想いを伝えたが、調子に乗った言い方をしてしまったかもしれない。無言で固まる旭さんに思い切り頭を下げた。

「頭上げて!?!?」
「?」
「いや、その…なんていうか、」

照れちゃって…

そう言って、目線を逸らされる。

「ぐっっはっっっつ!!!」
「!?っわぁぁあ!!大丈夫!?どうしッ、なんで!?」

今のなに!?なに?もう、か、可愛い…。

「結婚してください」
「え!?」
「旦那さんになってくださいぃ…」
「えっ!?!?」

あまりのギュンに結婚してください以上のプロポーズをしてしまった。これは佐藤先輩に言って以来だ。他の人にも音駒の人にも、黒尾先輩にも言ったことはない。

「え、えーと…取り敢えず、何か飲む?」

どうにかして話題を変えようとする旭さんは近くの自販機を指差す。そんなのお供しない訳がない。大きな声で返事をすると旭さんは柔らかく目元を細めた。な、何だ…そのお顔は。

「どれがいい?」
「私はこれにしますっ!」
「これね」
「え、あ!ちょっと待ってください!私、一回教室戻るので!あの、ちょっとだけ待ってていただけると!!」

そうだ。お財布を持ってきていなかった。今出せる私の最大限の全速力で駆けようした瞬間、手首を大きな硬い手で掴まれる。

「…お?」
「取りに行かなくていいよ。これ、はい。なまえちゃんの分」
「ファッ!?」
「ふぁ??」

あらゆるギュン死する言動に動揺し、口からは何語か分からない、何語でもない言葉が出てくる。しかも、その訳の分からないものを旭さんが目を瞬かせて復唱するのがなんとも可愛い。

「あ、も、もしかして、お財布取りに行くつもりじゃなかった?わ、ごめん!!俺勘違いして引き止めちゃって…!!」
「いえ!お財布を取りに行こうとしてました!!あ、あの…ありがとうございます!!嬉しいです!!」
「そ、そう?」

なら、良かったぁ。そう言ってホッと息を吐き、自分の飲み物を買う後ろ姿を見て、もう一度同じことを言ってしまった。

「本当に嬉しいです。ありがとうございます」

貰った飲み物を両手で抱え、緩む口元を隠す。嬉しい、他の人に貰っても同じ感情を抱くと思うけど、旭さんを見ていると佐藤先輩を思い出してしまい、まるであの時に戻ったような感覚に一瞬だけ陥った。

「!!…すみませんっ!!」

なんて失礼なことを私は考えてしまったんだ。心の中でも佐藤先輩と旭さんを重ねてしまうなんて。最低だ。どうして私が謝ったのか分からない彼は不思議そうな顔をしてから、また目元を細めて「どういたしまして」と言った。
それからゆっくり上から手が降りてきて頭を撫でられる?と思った瞬間、何故か石化したように固まる旭さん。そして顔色が段々悪くなっていく。


「現行犯逮捕!!」
「わ!スガさん」
「こちら菅原。容疑者を捕らえました。指示をお願いしますどーぞ」

突然現れたスガさんは旭さんの両手を前で拘束する。まるで犯人を逮捕するように。片手で掴み、空いてる方の手で拳を作り自分の口元に持ってきて真剣な面持ち小声で話す。

「どーぞじゃない」

そう言ってため息を吐きながら近寄ってきたのは大地さん。みょうじを怖がらせてねぇだろうな、と鋭い目を旭さんに向けたのに対し私が返答する。

「…怖いです」
「え!なまえちゃん!?ちょ、待って大地違う!」
「違わねぇだろ」
「旭さんのイケメンさが怖いんです…」
「「…」」

怖い、かっこよすぎて怖い!と目を見開くと黙るふたり。その後、貰った飲み物を自慢げに見せたら、旭さんと同じように優しく目元を細めた大地さんにポンッと軽く頭を撫でられた。

「へへ」

なんだか大地さんに撫でられると気持ちよくてお兄さん感が強くて、安心から変な声が出る。同時に背後からやって来たスガさんもだらしなくなったであろう私の顔を覗き込んで、同じように頭を両手で撫でてくる。
旭さんだけが「お前らはいいのかよ!?」と声を荒げていて、それに対してふたりが「旭が撫でると犯罪臭がする」なんて真面目に言っていた。




翌日の朝。練習が始まる前。また昨日の場所で旭さんに会った。

「おはようございますっ!旭さん!!」
「おはよう…って、あの…ちょっと、ち、かくない?」
「わ、すみません!!」

昨日の出来事で仲良し度が上がった気でいる私は話す距離も以前より近くなってしまう。旭さんを見つけては猛ダッシュ。止まることが出来ない私はそのまま背伸びをして優しいお顔目掛けて挨拶をした。すると、近いと手を軽く前に突き出し慌てられる。

「旭さんがいたので、つい…!!」

半歩後ろへ下がってカッと目を開きながら言うとその表情を見た旭さんはふにゃりと笑い、

「はは、元気だね」

そう言って頭を軽く撫でた。

「!?!?」

大きな硬い手。大地さんともスガさんとも違う手。手なんて皆違うから当たり前だけど、もちろん佐藤先輩とも違くて準備していなかった心は爆発し、それは赤くなった顔色として表れる。

昨日の彼のように石化して数秒。スガさんの「現行犯逮捕!!」の声が辺りに響き渡った。




「なんかいい感じ?に見えるな、あのふたり」
「……」
「夫の実家に行った嫁」

遠くからこの光景を見ていた夜久は腕を組み、上体を少し前屈みにして言葉を放つ。隣で猫背で見つめる研磨と通り際にボソリと吐き捨てる福永。幸せオーラを醸し出す東峰(夫)とみょうじ(嫁)、そのふたりを囲う菅原と何かを察してやって来た大地(夫の両親)を見て思ったのだろう。



「みょうじちゃん」

そんな幸せいっぱいのオーラはひとりの声で崩れる。声の主、黒尾に呼ばれたみょうじは肩をビクつかせ、恐る恐るそちらを振り向くと手招きする自分の大好きな人がいた。部活での黒尾のイケメンさにまだ慣れていない、溶けてしまう可能性から近寄れないでいるみょうじだが、名前を呼ばれたというたったひとつのことで頭の中は黒尾のことでいっぱいになっている。

口籠りながら駆けていく後ろ姿を見て、菅原は東峰の肩に手を置き、ふぅと息を吐いて憐れむような目を向けた。まるで"ドンマイ"とでも言っているかのように。


「なんだよ!?その目は!!」



一部始終見ていた夜久はケラケラ笑い、研磨は「あれが無意識っていうのが怖いよね」と幼馴染に対して呆れたようにため息を吐いた。