宮城県代表決定戦が終わり、春高出場を決めた烏野高校は休む暇も無く次の戦いへと準備を進めていた。

次の戦い。

それは、テストである。


「んあああーーー!!」

田中宅。バレー部2年らは全員で勉強会を行っていた。その家の住人、田中龍之介は頭に色々詰め込み過ぎてパンク状態になりつつある。田中ともうひとりの赤点候補の西谷は用を足しに部屋を出て行った。
そんな中、ふたりよりはマシだが、下手をしたら赤点を取る可能性が十分にある、烏野高校バレー部2年マネージャーのみょうじなまえはただならぬ雰囲気を醸し出していた。それに気づいた2年のドン、縁下が声をかける。

「分からないとこあった?」
「……」
「?」
「……」
「みょうじ?」
「え?…あ、ごめん。なに?」
「いや、どこか分からないとこがあるのかなって思って」
「ああ…。分からないとこ…ひとつあるんだけど」

問題がひとつ分からないだけで真剣な表情で悩むみょうじは初めてて、言いづらそうに眉間に皺を寄せて言葉を詰まらせるため、周りはどんな問題がくるのかと唾を飲む。


「旭さんに好きな人いるの、知ってた?」

その一言に空気が凍りつく。言った本人は周りを見てきょとんとする。この物音ひとつしない部屋の静寂を破ったのはここの部屋の主。テーブルに自身の足を思い切りぶつけ、誰が見てもわかる作り笑いをした。

「ッばっか!!お前、そんなの知るわけねぇだろ、俺らが…!つうか、そんな情報どこで入手してきたんだよ!…な、お前ら!」
「「……」」
「う、うん」

他3人に同意を求めるが、縁下、木下は黙り、成田だけが戸惑いながら返事をした。それを受け、みょうじは確信する。全員、知ってると。それも好きな相手も分かっている、と。

一年の時からみょうじは東峰のことが好きで、東峰もまたみょうじのことが好きだ。本人達と影山を除く、バレー部全員がそのことに気づいている。だから、このことは本人達が気づくまでと見守るかたちになっていたが、ここへきて崩れ始めようとしていた。
みょうじは、自分が好きな相手がまさか自分を好きだとは微塵も思わないことを全員が予想した。そのため、東峰に好きな人がいると知った瞬間、失恋したという思考になる。同じ部活、更に同学年、自分達の代のマネということもあり、どうにかしてやりたいと焦る、2年の男達。

多分…いや、絶対にあの田中の言葉ではフォローしきれていない、と全員が思った。次にみょうじは何を言うのか、息を詰める。が、出てきたのは意外なもので。

「…私だけ知らないの?」

東峰に好きな人がいる、ということではなく、自分だけが知らないことに対して不安げな顔をする。

「え、?」
「いや俺らもあんまり…」
「みょうじだけじゃないよ…!?」

そんなみょうじに驚きながらも上手く返そうとする3人と、いつもと様子が違うのに気づき不審に思った縁下は「…みょうじ?」と名前を呼んだ。

「あーーーーー!スッキリしたっ!皆ぁー!進んでっかー……ん?どうした??」

気まずい雰囲気が流れる中、西谷の大きな声が部屋に響く。スッキリ、清々しい顔で戻ってきた男にみょうじは這いずりながらそちらへ向かう。

「ノヤっさんんんん…旭さんの好きな人、知ってる?」

もちろん、その答えはYESだ。回りくどいことをしない男の中の男、西谷夕はキョトンとした後、ニカッと光のような笑顔を見せる。その瞬間、不味いと周りは立ち上がる。

「おう!旭さんは…んぐっ!?!?「ノヤっさん!!そういやノヤっさんに聞きたいとこあってよ!」

田中の口を塞ぐというファインプレーにより、なんとか阻止できた。しかし、西谷も知っているという事実にみょうじは力なく倒れる。

「ノヤっさんも知って…!私、こんなに周りが見えていないなんて」
「え?」
「これじゃあ、マネも失格だ…!」
「そっち!?」
「確かに、なまえは気づくの遅いもんな!!」
「西谷っ!!」
「??」








最近、ますます思う。

自分がバカだということに。

バカ過ぎて自分が嫌になることが多々ある。バカというか、人よりも劣っているのか?そもそもバカってなんだ?もう、バカでバカが分からなくなってきた。よく、平仮名とかでもじぃーと見つめているとこんな字だっけ?って思うことがあるそんな感じ。

気をつけてはいるつもりなんだけど何度も同じ失敗をしてしまったり、真剣に人の話を聞いているけど忘れてしまうこともある。一気に二つのことは同時にできないし、頼まれたら断れなくて何でも受け付けちゃう。人見知りは凄いするし、マネージャーとして周りを見なくてはいけないのに、皆が知ってる旭さんの好きな人すら気づけないくらい、周りが見えていない。田中やノヤっさんでも知っているのに…!
運だってないし、皆が必ず当たるくじ引きだって当たった試しがない。定期を作った時も、何度もカード不良で取り替えた。確か、母が私の通帳を作ってくれた時も読み込めなくて作り直したとか言っていたような。誰?人の運は平等にあるなんて言った人は!?
…あ、私のお父さんか。


「〜〜っ!?…痛い」

通学中、長々と考え事をしていたら電柱に顔面から突っ込んだ。歩きながら考え事をするからだ。考えることに集中しすぎた。もう、嫌だ…痛い。これやるの何度目?

「みょうじ先輩!?!?大丈夫ですか?!」
「…あ。山口、月島。なんとか、大丈夫」

後ろから登校してきた1年生達。見られてた…よね?恥ずかしい。

「初めて見た…電柱に突っ込む人。って、血出てますけど」
「わああああ!!ティッシュティッシュ!あ!消毒液とか持ってない!!」
「大丈夫、部室すぐそこだから…はは。ありがとう」

ああ、情けない。マネージャーが選手に心配されるなんて…。山口にティッシュ、貰っちゃったよ。また後でと手を振り、ふらふらと部室へと向かった。

最近、マイナス思考になりすぎるのはきっとあれだ。旭さんに好きな人がいるって知ったから。そして、最高に悪いことがあるとそういったものは連続して続く。


部室に着くと、清水先輩、仁花ちゃんが既にいて、私の顔を見るなりふたりは驚く。多分、電柱にぶつけて鼻が赤いのと額から血、それとぶつけた衝撃で生理的に目が潤んでいるからだろう。

「だ、大丈夫ですか!?え、あ、救急バッグ持ってきます!!」
「仁花ちゃん、ここにあるから大丈夫」

そう言って手当てをしてくれる清水先輩。無駄のない動きでテキパキこなす先輩を見て、こういう人になりたいと憧れる。自分じゃ無理だ。こうなるには沢山の努力が必要なのだろう。要領も悪い私はもっと頑張らなくては、とまた気分を落としてしまう。仁花ちゃんもあの素晴らしいポスターを作ったり、何事にも一生懸命な姿に元気をもらっている。
来年になれば、清水先輩もいなくなってしまう。3年になったら、私がこれから入るかもしれない子達のお手本にならなくちゃいけない。私にそんなことが出来るのだろうか。って、なんでこんな事を考えてるの!先のことを考えるんじゃない!!今だよ!今!!

嫌なことを考えてしまった自分にまたため息が出る。





みょうじに元気がない。そのことに部員たちは薄々気づいている。その原因に、東峰旭の件が入っていることを知る者は数人。

昼休み。みょうじを元気付けるため、変人コンビが建物の陰から顔を出す。ターゲットの後ろでコソコソと話を始めた。

「おい、早くしろよ」
「お前なぁ…自分が好きだからって相手が喜ぶとは限んねーべよ」
「……貰ったら嬉しいだろ。ぐんぐんヨーグルトだぞ」
「そこはみょうじ先輩の好きなものをだなぁ」
「じゃあ、お前…みょうじ先輩の好きな食べ物、知ってんのかよ」
「…知らない」

そう言って口を尖らせる日向に、影山は勝ち誇ったようなドヤ顔で上から見下ろした。それにイラつき、小さな争いが始まる。そして、本来の目的を果たせず終わるふたりだった。
そもそも、みょうじの好きなものを知らないのは仕方がないことなのだ。聞かれないと自分のことをあまり話さない彼女のことを知るのは難しい。


日向は音駒高校バレー部、孤爪研磨にもメールのやりとりで相談をしていた。同学年で合宿中にゲーム好きという共通点から話が合ったらしく、お互い人見知りではあるが日向の力により仲良くなることが出来た。そんな研磨からは「実際に見てないから分かんないけど、なまえのことは好きだから元気がないのは心配」のメッセージが届く。





放課後の部活準備中。大地さんとスガさんにやたらと褒められた。もしかしたら、元気がないことに気づかれたのかな。顔に出やすいから、とまた下を向いてしまう。

そして、現在。部活終了後に体育館倉庫内にて、大きな体を丸めた私の好きな人が目の前にいる。電気はついていて明るいが、倉庫の扉は閉められ、ふたりきり。えーっと…これはどういう…?

「……」
「……」

お互い黙っていて、沈黙が流れる。そういえば、朝から旭さんの視線を感じていたような。チラチラとこちらを気にしている様子で。この額の絆創膏かな…?すごく優しい人だからなぁ。田中達、2年組には笑われたけど。
大地さんは眉を下げて、スガさんは爽やかに心配をしてくれた。旭さんは何故か私の額に目線を合わせるよう屈み、周りをおろおろして、しつこいくらいに大丈夫?って聞いてくれて。余りにしつこ過ぎるから大地さんには怒られ、西谷にも「しつこいと嫌われますよ!」って言われてしゅんとしてたな。そういうとこ好きだ、なんて思う私は救えないだろうか。もう、失恋してるし…。

また考え事をしてしまい、ぼーっとしていると旭さんが突然大きな声を出した。

「おでこ!」
「?」
「…おでこ、大丈夫?」
「あ。はい」
「そ、っか。良かった」

ホッとしたように息を吐いてはまた黙る。私ももっと気の利いた話題とか、愛想良い返事が出来ればいいんだけど、緊張して何も出来ない。それに、旭さんには好きな人が。ふたりきりになるのはその相手に悪いと倉庫から出ようとする。しかし、出ていこうとする私の手を取り、待って!!とまた声を張る。

「??」
「お、俺に好きな人いるって…あの、聞いたって聞いて…」
「はい、すみません。聞いてしまって…」

あ。やばいかも。ちょっと泣きそう。少しは期待してたんだ。私の聞き間違いかもって。でも、そうではないみたいだ。

「え…っと、…私、さき出て「みょうじのことなんだ!」…?」

私のこと?何が??
この流れで自分の名前を言われても理解ができないくらい私はバカだった。

「あの…だから、みょうじのことなんだ!」

え、と…?私のことなんだ…??

「ご、ごめんなさい」
「え…」

言っている意味がわからなくて、謝った。しかし、旭さんはこの世の終わりのような顔をする。…え?ごめんなさい。理解できなくて、ごめんなさい…!そんな顔をされる程、理解しなくてはならないことだったのだろうか。

「もう一回言ってもらっても…」
「みょうじのことなんだ…」

今度は絶望したように下を向いて、消えそうな声でボソボソ呟く。知りたいけど、何を言いたいのか分からない。だから勇気を出して聞いてみた。

「あの、何が私なんですか…?」
「え?……あ。…そ、そっか」
「?」

質問すると、旭さんはハッとして私の顔を見て眉を八の字にさせて安心したように笑う。その顔もとても好き。

「俺の好きな人はみょうじ、なんだ…」

そう言って、とても柔らかく優しい笑顔を向けられる。頭が真っ白になり、言葉が上手く出てこない。掠れた声で、聞き返した。

「…わ、たし…ですか?」
「うん」
「え、…どうして…?どこが?」

とても可愛くない返事。こういうことを聞いてしまう自分が大嫌いだ。でも、分からないから。どうして旭さんのような人が私をって。しかし、目の前の人物はぽけっとした顔でこう言った。

「え、全部?」
「は?」
「あ、ご、ごめん!!今の、今のなしの方向で!!」

大きな手で顔を包み、片方の手を前に突き出しているが、一目見ただけでもわかるくらい真っ赤。

「私、色々バカだし、他の人より優れているとこなんてないし、好かれる要素なんてどこも…」
「そんなことないよ」

さっきまで顔を赤くして慌てていた人と同一人物?と疑うほど、顔が変わり真剣な表情で真っ直ぐ私の目を捉える。それから、柔らかく笑い、そうだなぁ…と視線を上に向けた。

「いっぱいあるけど、強いて言うなら雰囲気かなぁ。あ、でもそれじゃあ、全部と同じになっちゃう?雰囲気ってすぐ作れるものじゃなくて、今までその人がどう生きてきたかで出せるオーラ的なものって聞いたことがあるし…。今のみょうじも昔のみょうじも好きってことになるのかぁ」
「あ、あの…」
「俺、人の悩みとか言われないとなかなか気づけなくてさ。だから、なんでも頼ってくれると、嬉しいな、なんて。みょうじに助けられてもらってることがたくさんあるし。他の仲間にも支えてもらってると思ってる。みょうじにはみょうじの出来ることがあって。みょうじが気づいてないだけでいっぱいのことを貰ってるよ。俺以外の人も、皆。だから、ありがとう」

その言葉を聞いた瞬間、涙が止まらなかった。何で泣いてるんだろう。ていうか、旭さん告白してたんじゃないの?と頭がパニクる。そして、本人も思い出したようで「あああ…!!…俺、告白…」とまた身を小させ、慌てる。

そんな姿が好きで、愛おしくて、今持っている全部の力を振り絞り、声を出した。

「好きですっ!!」
「へ?」
「私も!旭さんのこと、好きですっ!!」
「え、え!?…ええええ!?お、俺、ですか?!なんで…え…え?」

告白しといてこういう反応をするのが彼らしいと、勝手に先輩から力を貰って言うことが出来た。

「全部ですっ!」
「!!」
「優しくて、かっこよくて、へなちょこで、笑うと可愛いくて。真剣になると顔が殺人者になったり。顔と性格のギャップが大きいとこも、体格も好き。意外とノリが良くて、髪型も…全部、ですっ!!…はぁはぁ、」

一気に言ったため、息が切れる。そして、最後の力を振り絞り、さっきより大きな声を出して叫んだ。

「旭さんのことがっ!大好きだっっ!」
「!?」

倉庫内で響き渡るその声は外まで届いた。


そして。愛の告白を聞いたバレー部面々は様々な反応を見せる。

「え!?今の声…みょうじ先輩!?!?」
「…うわぁ」
「カ、カッコいい…!」
「みょうじ先輩のあんな大きい声、初めて聞いた…」
「大好き???」

両手を口に当てる谷地、部内の告白を聞いてしまい複雑な月島、力強いみょうじの言葉に顔を赤くして目をキラキラさせる日向、告白よりも大きな声を出す先輩に驚く山口、ボールを持ちひとりだけ未だ理解していない影山、1年組。


「良かったぜ…みょうじ!旭さん!」
「男気ある告白だったな!」
「一時はどうなるかと…」
「ほんと…」
「ははは!!!」

涙を流す田中、拳を作りキラキラ笑顔を見せる西谷、安心したようにホッとする縁下と成田、みょうじの言葉に嬉しさと共に面白さで笑ってしまう木下、2年組。


そして、3年はー。

「あー…長かったぁ。一仕事終えた気分だな!」
「スガ、そういうこと言わない」
「でも、本当に良かった」
「そうだな」

やれやれと肩を落とす菅原、苦笑いの澤村、優しく微笑む清水。
しかし、主将の「これからが本番だけどな」の一言に春高へ向けて気合いを入れ直した。


そして、告白という試練を乗り越え、我らエースの精神力が少しでも成長しているようにと願うのだった。