信じてるよ、予知夢って



……え。

なに、これ…?

なんだこれは。

「あ。…うま」

目の前に広がる光景はダイニングテーブルらしきテーブル…いやダイニングテーブルで、スーツ姿の黒尾先輩が味噌汁をすすっていた。私はというとキッチン越しからそんな先輩を横から眺めている状況。


なんだ、この状況はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!
え、え?!まって待って。頭の中の私達!落ち着きなさい。いや、この状況で落ち着いていられるのか。いられないでしょおおおおお!だってだって、これさ…なんていうか…
同棲してるみたいじゃあないですか!私、エプロン着てるし!先輩はスーツ姿で!あ、これはいってらっしゃいとかしちゃうやつですか!?あれ?!一瞬スルーしてしまったけど、私。先輩の生スーツ姿を見てる…!うわ、エロッ!全体的にいつもよりエロのオーラが違う。え、え…私、どうなる?どうなっちゃうの?
全ての幸せを貰いすぎて、今日旅立ってしまうのではないか。そんな心配をしている間に先輩はご飯を半分以上食べ終えていた。

「毎回、朝早く悪りぃな。俺に合わせないで寝てていいんだぞ」
「え?…いえッ!そんな!!とんでもございません!!」
「何で敬語?」

その感じ懐かしいわ〜とゲラゲラ笑う姿は、いつもの先輩のようで少し違う。なんていうか…色気の種類が変わった、というか、なんていうか…。
全て完食して「ご馳走様でした」と手を合わせるのを見て、先輩の朝食後のご馳走様を頂きました!と興奮した。合宿とかでは見てるけどね、これは合宿verではなく同棲verだからね!
その後、食器を下げて洗おうとしたので勢いのまま私がやると言って変わった。洗おうとしてくれる先輩は優しくて好きだが、私のやるべきことだと、この着ているエプロンが訴える。

暫くして、いつの間にか居なくなっていた先輩が何かを片手に持って戻ってきた。それは、…ネクタイ?

「なかなか来ねえから持ってきた」
「え?」
「?…お願いします」
「…え?」

持っているネクタイを差し出され、首を傾げた。む、結べばいいのかな…?

「あなたが毎日結びたいって言ったんじゃないデスカ。しかも、出張前は絶対にって」

忘れたとは言わせねーよ。少し黒い意地悪な笑みを浮かべて、つーか毎日やってんだろ。と怪訝そうな顔をした。

「いや…その、…」
「……」

忘れたっていうか、もう全て覚えてない!え!もしかして、記憶喪失!?私の記憶、11月16日の黒尾先輩の誕生日前日で止まってるんですけど!?18禁解禁!!18歳の先輩はどんなだろう!とか考えてた記憶しかない!!それに、ネクタイの結び方…わからないんだけども。どうしよう。助けてください、夜久先輩。
…いや。しかし、やらなくては。一生に一度かもしれないチャン…あれ?さっき、先輩なんて言った?

つーか、毎日やってんだろ

毎日やってんだろ

毎日

まいにち…マイニチ…

「毎日!?私は毎日ネクタイを…!?」

羨ましい…!目をガッと見開いて先輩を見つめると「ほんと、どうした?熱でもあんのか?」と額に手を滑らせる。う、うえ!お顔が近い…。このままではその白いワイシャツを鼻血という血で汚してしまう。

「だだいだ大丈夫です!」
「…?」

手を前に突き出して顔を隠し、一歩下がって距離を取り、震える手でネクタイに触れた。

「……」
「……」
「もももももも申し訳ございません!!実は、ネクタイの結び方を忘れました!」

どう頑張ってもぐちゃぐちゃ、ふにゃふにゃにしかならないネクタイ。それを無言で見つめていた先輩に思いっきり頭を下げた。すると先輩は私の手を包み、結べるように動かしてくれる。え、え…やだ。これは、なに死?

結び終わった後、あまりの破壊力に膝から崩れ落ちて床に伏せる。それに合わせて、先輩もしゃがみ込んだのがわかった。

「黒尾先輩、」
「!」
「私、蒸発してしまうかもしれません」

体が熱く、本当に蒸発しそうだ。蒸発したら孤爪くんは回収しにきてくれるだろうか。あれは溶けた時だけ?
無言の時間が続き、変なことを言ってしまったことに気づいて顔を上げると、そこには口元を手で覆い、視線を横に逸らす先輩がいた。

「?」
「それはほんとにちょっと待って。久しぶりの先輩呼びは普通にくる」
「黒尾先輩?」
「…わざとデスカ、なまえちゃん」
「!?!?!?」

そんな訳ねえよな。ひとつため息を吐く姿に私は魚のように口をパクパクさせる。だって、だって、今…名前で呼んだ。私のことなまえって。それを見た先輩は目を細め、にやりと笑った。

「ほら、なまえ。いつもみたいに名前で呼んでみ」
「!?」
「ん?」

名前、とは…。黒尾先輩の名前…。なんて呼ぶの?先輩呼びではなさそうだし、記憶がある私はなんで呼んでいた…?

覚悟を決めて、頭に浮かんだひとつの呼び方を言おうと口を開いた。




「っっは!!!……夢、だ」

見慣れた天井。直ぐに夢だということに気づいた。何という贅沢な夢。ちくしょう!もっとあの中にいたかった!









「っていう夢をみたの」
「ふーん。だから、あの時プレゼント渡さなかったんだ」

孤爪くんの机に顔を伏せながら、今日みた夢の話をした。あの時、とは朝練が始まる前、登校してきた黒尾先輩に食べ物やいろいろ誕生日だからって部員達がプレゼントしていた時のことだ。
リエーフなんかは、綺麗な石見つけたんで!とか言って石を。夜久先輩は、誕生日だったなと言ってゴミを渡していた。孤爪くんは意外にもちゃんとしたものをあげていたが、どうやらそれは黒尾先輩から借りてたものだったらしい。
それらを受け、遠い目をした先輩が私を捉えてニヤリと笑った後、こっちに向かってきたのを逃げてしまった。だ、だって…夢でみた先輩が頭に浮かんで普通じゃいられないんだもん!いつも先輩を前にすると普通じゃいられないけど、今日は更にまずい。

そんなこんなで逃げた私だけど、今日は先輩の誕生日。プレゼントを折角持ってきたし、何より黒尾先輩がこの世に生まれた大事な日。お祝いしたい!生まれてきてありがとうございます!お母さまお父さま、そしてご両親を産んでくれたおばあさまおじいさま、そのおばあさま達を産んでくれた…と黒尾先輩の全てのご先祖様に感謝したいのだ。
勇気を振り絞って1時間目終わりに3年5組の教室へ行き、お昼ご飯を食べ終わった後の時間をいただいた。よし!よっし!夢のことは一旦忘れよう。



そして、お昼。中庭のベンチにふたり並んで腰掛ける。

「こ、こここここここれ!どどっどうぞ!!」
「お、ありがとな」

渡したプレゼントは手作りのアップルパイ。最初は部活で使えるものにしようと思ったけど、それを使ってる姿を見たら嬉しさと色んな気持ちで倒れる自信しかない。悩み続ける私に先輩が「研磨によく作ってるアップルパイが食いてえなぁ」と言われ、即決。ちなみに、孤爪くんにも食べてもらい味は保証できる…気がする!!

何当分かに分けたものを数切れ箱に詰めて持ってきた。夢のせいか、初めてアップルパイを食べてもらうからかはわからないが、それを口に運ぶ先輩を見れなく、背筋を伸ばしガチガチに固まる。こ、孤爪くん不味いとは言ってなかったし!大丈夫だよね!?
心臓が飛び出そうな私を他所に先輩は口を開いた。

「あ。…うま」

そう呟いた瞬間、目を見開き勢いよくそっちに顔を向けた。美味しいと言われたことに対してもそうだけど、声、言い方、言ってることが朝みた夢と同じで。

「なんて顔してんの」

視線に気づき、ゲラゲラ笑う先輩。やっぱり同じだ。同じだけど、あの時とは少し色気の種類は違う。この流れだと次は…ご馳走様?中庭verのご馳走様でした?

「ご馳走様」

ご馳走様いただきましたぁぁぁぁあ!!!
食べ終わってこっちに目を向けるお顔は眼福であります。ということは次は、次は…ネクタイ?…ネクタイ!?それを現実でやるにはまだ…

「心の準備が…!!」
「え、なに?…準備?」

なかなか今日は先輩の顔が見れなくて、真っ直ぐ前を見て大声を出す。そんな私に先輩は何かを思い出したようで。

「そういやみょうじちゃんさ、誕生日だから何でもしてくれるって昨日言ってたよね」
「…え」
「ていうことでさ…」

私が座っている所の背もたれに手を置いて、愉しそうな顔が一気に近づいてきた。

「俺のこと一回名前で呼んでみて?」
「!?」

その言葉を聞いた瞬間、脳裏を過ったのは夢で呼ぼうとした名前。恥ずかしくて思いっきり下を俯き、髪で顔が隠れる。顔を見るためだろうか。手が伸びてきたのに気づいた時、目だけを先輩の方へ向けた。

「………鉄朗くん」

きっとあの同棲している雰囲気だと先輩呼びはしていないだろう。それに、その呼び方は久しぶりって言っていた。そこまで考えたとこでハッと我に返る。今、くん付けで呼んでしまった…、現実で。夢とは違う。先輩は先輩だから、くん付けなんてなんと無礼な…!!

「すすすすすすすみませんッ!!無礼な呼び方をしてしまいました!!この詫びはいつか必ず…!しかし今は、はず!恥ずかしいので、しししし失礼いたします!」

うわああああ!やってしまった、やってしまった。どうしよう…!?





みょうじが去った後、黒尾は両手で顔を覆っていた。本人も呼んでくれるかは半々だったらしく。しかも、呼んだとしても鉄朗先輩と言われると思っていたのだ。

「…ほんっとうに、もう…」

くん付けとか、顔真っ赤にさせて一生懸命自分の名前呼んでくれるとか。あの天然不意打ちはどうにかならねぇの…。



「……勘弁してくれ」

自分で放った矢が倍になって返ってきたのだった。








部活終了後。

「……」
「どうした?研磨」
「……いや。…機嫌いいなって思って」
「あ?…まあな。良いプレゼント貰ったから」

顔の緩みが取れない幼なじみに研磨は顔を顰める。

「…夜久くん呼んでくる」
「は?何でだよ!?…おいっ!研磨!!」

そうしてやって来た夜久は保護者顔をしていて。今直ぐにでも手が出そうな勢い。

「黒尾、てめぇ!!みょうじに変なことしてんじゃねえ!!」
「ちょ!?誤解だって!俺なんも……あ!ちょ、ちょみょうじちゃん!!夜久を止めて!何もしてないよね?!」
「??…あ。何も…してな…」

そこまで言って今日の自分の名前呼びに、ボンッと赤くなるみょうじに夜久は「してんじゃねえか!」と回し蹴りを食らわした。

「何かされたの俺!?しかも、今日誕生日なんですけど!?」

18歳の黒尾先輩も素敵。もしかしたら、朝みた夢は何年か後の未来だと。予知夢だと信じようと思いました!