醜いと嬉しいと強がり



そわそわ、どきどき。そんな感情音が口から出てしまう程、浮かれていた。

今日の放課後練習はお休み。授業自体も五限で終わったため、早く学校から出ることが出来た。そして、黒尾先輩も午後から特に予定がないらしい。そう…!今日は先輩とデートが出来る日!

「ここが、黒尾先輩の大学……」

大きな門の前。そこでポケッと口を開けてキョロキョロ辺りを見回していた。
デートが決まった日。黒尾先輩が高校へ迎えに来てくれる、と言ってくれたのだけれど、いつもそうしてもらっているから今度は私がお迎えにあがりたいと祈願した。快く了承してもらったけど、その後に続いたのは「迷わない?大丈夫??」の心配の言葉。それは未来の奥さんとして大丈夫です!とドヤッてみた。

「……孤爪くんにあとでお礼の品持ってこ」

しかし。もちろん一人では来れるわけもなく。孤爪くんに電話越しで道案内をしていただいた。本当にありがとう!!心の友…!!

「ここで待ってればいいんだよね」

約束していた場所。門の前で大好きな人を待つ。待ち合わせ時間までまだあるけど、この待ち時間も私にとってはとっても楽しいもの。どんな感じでここに来てくれるのかな?どんな服装かな?みょうじちゃんって名前を呼んで声をかけてくれるかな?色んな先輩を想像していれば時間はあっという間。気分は上がり、小さな歌が鼻から出てしまっていると待ち人の名前が聞こえてきた。

「あ〜〜、黒尾何人目だよ!」
「いや、まだ二人とかじゃね?」
「ぜってーもっといんだろ!」
「呼び出しでの告白は二人目だろ。皆がいる中で〜とか、ノリに任せて〜みたいなのは数回あったけど」

黒尾先輩の名前が聞こえ心臓が飛び跳ねる。名前が聞こえたから飛び跳ねるくらい反応してしまったんじゃない。その内容に、だ。じゃあ、今先輩は告白されてるってこと?ど、どうしよう!?どうしようも出来ないけど!!でも好きな人が告白されてるって聞いて落ち着いていられる人はいないと思う。先輩はモテる。それは元から分かっていたことだけど、もし、もし、その人の方が良いなんて言われたら…!!

悪い考えが頭の中でぐるぐる巡る。私自身もその場でぐるぐる回っていれば、先程聞こえた話し声の主達が現れた。

「うわっ!?……高校生?」
「!?こんにちは…!」
「…こんちわ〜」

門から出てきた男の人達は私に気付いた途端、肩をビクつかせ驚いた。制服を着た高校生がいたら、っていうかいないと思っていたとこに急に人が現れたらびっくりするだろう。申し訳ない気持ちを込めて頭を下げ、グッと唇を噛んで決心する。

「あの!黒尾先輩ってどこにいますか!?」
「え?黒尾先輩?……黒尾、鉄朗のこと?」
「はい!」
「なら、ここから真っ直ぐ行って右手に見える体育館にいると思うけど」
「わかりました!ありがとうございますっ」
「あ、ちょっ」

もう一度深く頭を下げて教えてもらった場所へと向かう。門の前にいてって言われたのに勝手に行ったら怒られるかな。そもそも告白現場に向かうなんて失礼過ぎる。たとえ彼女だとしてもやってはいけない行為だ。そう思ったら走っていた体が急ブレーキした。

「ダメだよ、そんなことしちゃ」

私、凄く嫌な人間になってた。今から楽しいデートなのに、こんな嫌な彼女と一緒にいるなんて先輩が可哀想だ!スーッと息を吸い、ぱぁーっと吐く。戻ろう。門の前に。それで、デートを楽しもう!

って、思っていたのに

「あれ!?ここ、どこ!?」

迷子になった。門の行き方が分からない!?真っ直ぐ来たはずなのに……!どういう訳かどこか曲がってしまったのだろう。確か前に孤爪くんが「迷子になる人って真っ直ぐ歩けないって聞いた事あるけど、本当なんだね」って感心してたような。んん?感心はしてなかったか!

黒尾先輩に電話してもいいだろうか。でも今告白されているかもしれないし。なんて考えているうちにも待ち合わせ時間が着々と近づく。待ち合わせの5分前になったら連絡をしてもいいかな。うん、そうしよう。

ちょっとだけ自力で歩いてみたもののやっぱり入り組んだ分からない場所へとやって来てしまった。近くに見つけた日陰に入り、そこで足を抱えてしゃがみ込み、枝が足元に転がっていたから手に取って地面に落書きをして時間を潰す。



「はっ…!無意識に黒尾先輩を描いてしまうなんて…!!」

サッサ、サッサと描いたものは黒尾先輩。どう見ても黒尾先輩のかっこ良さを表現出来ていなかった。丁寧に似顔絵を消し……、なんてことは出来ず、隣に新たにハートの傘を書いてみる。

「黒尾先輩の名前と私の名前〜〜」

相合傘の中に先輩の名前をまず書き、その隣に自分の名前を書こうとしたところで止まる。

「なまえって書いていいの、かな……」

はっ!?またネガティブ!ネガティブ!!だめだめ!勝手に一人で落ち込むなんて!!もう一度枝を持ち直し気合を入れて書こうとした時。

「え?」

急に手から枝が消えた。誰かにするりと抜き取られてしまった。驚きで声を零してから後ろを振り返ろうとするけど、誰がそこにいるのか匂いで分かる。視線だけを動かし隣を見れば、すぐ横に黒尾先輩のイッケイケなお顔があって。先輩の視線はこちらに向けられることはなく、地面に注がれていて。私はそんな先輩の横顔から目が離せないのはいつもことで。それで、それで…。

「はい」

そう先輩が言ってからやっと交わった視線はあまりにも近い距離だった。見開く私に黒尾先輩は囁くくらいの声量で「ん?」と少しだけ口角を上げて微笑みかける。
そのお顔に吐血しそうなのを必死に耐えながら地面を見れば、相合傘の中に「黒尾先輩」と「なまえ」の文字が。そんなのを目にしてしまったら、もう終わりなのです。

「っぐ、はっっ」
「……あ」

ぱたり。背後にいた先輩の胸へと寄りかかるようにして倒れた。逞しい腕の中へ自分から収まり頭を預ける。横向きで倒れた私にどこかいつもと違う雰囲気を感じ取ったのか軽く抱き締めてから「どうした?」と覗き込むように優しい声色で聞いてきてくれた。

告白されたの?どんな返事をしたんだろう。相手はどんな人?私がまだ黒尾先輩の彼女でもいいの?その、どうした?にたくさん問いかけたいことがあるけれど、面倒な女だと思われたくなくて、先輩の服をちょっとだけ握って、ただ一言。

「なんでもないですっ」

とだけ告げた。



それからのデートはもちろん楽しくて幸せだった。けれど、心の奥でモヤモヤが残って、目の前に好きな人がいるのにこんな気持ちになる自分が更に嫌になり上手に笑顔が作れず、相手を心配させてしまった。なんでもないと言った私に直接聞かないでくれたけど、凄くこっちのことを気にしてくれてるのが感じ取れて申し訳ない気持ちになった。



私のせいでそんなデートになってしまった翌日。黒尾先輩が部に顔を出した。

「孤爪くん、孤爪くんっ!く、黒尾先輩がいる……!黒尾先輩が…!」
「……」

猫又監督と話をしている先輩を体育館の隅から眺め、孤爪くんの腕を揺すりながら発する。これに親友はスルー。瞼も重そうに半開きだ。心中はきっと「しつこい」である。今は練習が終わり片付けの最中。このやりとりは練習が始まる前の黒尾先輩が体育館に現れた時からやっている。小さく息を吐いて私から離れて行く孤爪くんの背中には「うざい」の文字が書いてあった。私はとうとう親友の背中の文字まで読めるようになったのだ!

「ていうか、今日来るって聞いてなかったの?」
「聞いてなかった!」
「ふーん」

何かを思い出したかのように立ち止まり振り返って質問する親友は私の答えに、意味深に頷く。それに不思議に思うも特に気に留めなかった。

そして、もう一度先輩の方へ目を向けると、監督と話し終えたのかそこに姿はなかった。マネージャーの仕事は完了したから今度はモップ掛けをやろうと倉庫へ取りに行けば、先着がいたようで。

「ねえねえ、バレー部に来てた卒業生って去年主将だった人だよね?」
「黒尾先輩…?だったっけ。ちょっと雰囲気変わった?」
「それ!前からかっこいいとは思ってたけど更にイケメンになってない?」
「二個しか変わらないのに、高校生じゃないってだけで余計大人っぽく見えるよねえ。前から大人っぽくは見えてたけど。余裕ある感じで」

隣で練習していた女子バスケ部の子達も練習が終わったみたく、その子達の会話を聞いてしまった。多分、二年生。いつもだったら、分かります!毎秒かっこいいが更新されますよね!なんて言っていたのに、今日は反射でするそれが出ず、その場に立ち止まり俯く。心の中では黒い何かがグルグル渦巻いていた。

ど、どうしてしまったの!?私はっ!なんか胸がムカムカしてる!!どうして!?大好きな人が褒められているというのに…!このムカムカは何!?はっ!まさか……

「胸焼け!?!?」

お昼に食べたカツ丼とシュークリームセットがいけなかったのかもしれない。過去の自分に嘆くもどうすることも出来ず。いきなり胸焼けと叫んだ私に女の子達は驚きながら後ろを振り返った。

「あっ、すみません。ここ使いますよね!」
「い、いいえ!驚かせちゃってごめんなさいっ!ちょっと魔法のモップを取りに…!」
「魔法の、モップ……?」

お話中ごめんなさい、と心の中でもう一度謝ってから床を綺麗にしてくれる魔法のモップを手に取り、そこからササッと出ていく。

ふぅ…と胸に手を当ててこの胸焼けを抑えようとしていたら通りすがりのリエーフに「みょうじさん、うんこですか〜?俺、変わりますよ!」と言われた。この頃リエーフの脳内の半分はうんこしかないのだろうか、と考えることがある。けれど、うんこは大丈夫だったため、そのまま伝えてたら虎に「女子がうんことか言うな!」と怒られてしまった。


そうして、やっとモップを掛け終わり、倉庫に再び戻った時。事件は起こった。

「……え」

カタンッと軽い音が倉庫内に響く。私がモップの取っ手を落としたからだ。何故、落としたのか。それは先程の女の子一人が黒尾先輩に壁ドンされていたからだ。それも顔の距離が凄く近い。モップを落とした音でなのか、私の声が聞こえたからなのかは分からないが、黒尾先輩はこちらに勢いよく顔を向けた。

「あっ、みょうじちゃんっ、これは違っ」

目が合った瞬間。先輩が何かを発する前にその場から逃げた。

「〜〜っ壁ドンするお姿をまさか見れるなんて思いませんでしたぁぁぁ……かっこよすぎますっっっ」

叫びながら体育館から出ようとする。こんなのただの強がりだ。本当は「私だって暗闇で壁ドンされたことないのに!」と思っている醜い人間。
後ろからは先輩が追いかけてくる足音‪が聞こえてきた。直ぐに捕まってしまう。そう思った時、「捕まえるの体育館出るまで待ってあげたら」という親友の声が微かに耳に届いた。や、優しい…!けど、私だって全力で走っているんだからそう簡単には捕まらない!

「ブフェッ……」

外に出てすぐ。履き替えた靴が上手に入っていなくて片方だけ脱げてしまった。抜けた場所へ振り返り、取りに行こうとした時、後から追ってきた黒尾先輩が拾い上げる。

「怪我してない?大丈夫?」

心配そうにこちらに近づいてこられ、後退る。いつもだったら自分から近寄りに行くのに今はそれが難しい。訳も言わず、逃げるという最低なことをしている私に優しくしてくれる先輩に罪悪感が増していく。壁ドンだって多分転びそうになってたのを助けたとか、たまたまの事故とかそういうのだと予想はつくのに、寛大な心を持てない自分が昨日から恨めしい。

私の片方の靴を持っている黒尾先輩。逃げたい私。この状況を一度冷静に考えた時、あることに結びついた。これはもしかして……

「シンデレラ!?」
「えっ?」
「早くしないと魔法が解けてしまうんです!その靴は私のですので、後日届けに来てくださいまし!」
「まし?」

なんて強欲なシンデレラなんだ。自分の物だと言ってしまっている。それでも今の醜い自分を大好きな人に見られたくなくて、また前を向いて走ろうとした。

「待って」
「う、わっっ」

けれど、走ることは叶わず。後ろから抱き締めるようにして止められた。すっぽり先輩の腕の中に閉じ込められながら優しい声色 が直に鼓膜を揺らす。

「足怪我しちゃうから」
「うっ、はい」

そう言われては大人しくするしかない。黒尾先輩の方を向き直し靴を貰おうとすると、何故か向こうは片膝を立ててしゃがみ込んだ。どういう……?

「この靴の持ち主と結婚したく、やって来ました」

どうぞ、と言って靴を履かせようとしてくれる黒尾先輩に驚きで目をぱちくりさせてしまうと、向こうも気まずくなったのか困ったように眉を下げてこちらを見上げた。普段は見上げる側だから黒尾先輩の上目遣いなんて新鮮で、しかも困った表情も合わさって、なんか……可愛らしい。

「いや、シンデレラってどういう流れで靴履くの?そもそも王子来んの?……ちょっと、あの……恥ずかしいんで、何か言ってくださいお嬢さん」
「かっ、かっかっ……!」
「……」

かわいい……。なんかこの黒尾先輩を見たら全てのもやもやが吹っ飛んだ気がする。「あり、がとう、ございます」と両手で顔を覆いながら靴を履き、さっきの意味不明な言動について謝罪をした。それに相手は納得していなさそうで、それでも黒尾先輩は何も悪くない私のただの醜い嫉妬なだけだから……。あ、あれ?嫉妬……?もしかして私、昨日から嫉妬してたの?モテる黒尾先輩に?あのムカムカはカツ丼とシュークリームセットのせいじゃない??

「さっきのあれは、たまた」
「知ってます!!だ、大丈夫ですっ!!!!」

先輩の言葉を遮ってしまった。嫉妬してた、なんて絶対バレたくない。付き合ってくれたのに、彼女にしてくれたのに。それなのに、黒尾先輩に好意を向ける人がいることが嫌だなんて烏滸がましい。嫌だ、とかじゃないかもしれない。もしかしたら、黒尾先輩がそっちに気持ちが向いてしまうかもしれないと焦っているんだ。み、醜すぎる。そう思うと、なんだか目元が熱を持ってきた。

「え。みょうじちゃん…?」

泣かないように口に力が入る。異変に気付かれ、覗き込まれた大好きな人から顔を背けた。

「な、なんでもないです」

早く涙どっかいって。瞬きしたら絶対に流れる、と必死に引っ込めようとする。目をキョロキョロと動かし乾かそうと対策を取っていると尖らせていた口に、ふにっと何かが触れた。

「っ!?!?」

その何かが分かったのは数秒後。黒尾先輩の人差し指だった。上下の唇の間に押し付けてきたのだ。何事!?と横に向いていた顔を正面に戻せば、その反動で涙が零れた。

「ごめん、泣かせて」
「っ、」

泣いている理由を知らないのに。先輩のせいじゃないのに。それなのに、困ったように両手で頬を包んで親指で優しく涙を掬われてしまえば、我慢していた糸が切れてしまった。

「っせ、んぱいの、せいじゃない、ですっ」
「……」
「わたし、が」
「うん」
「……わたしが、勝手にっ」
「……」

そこまで言って言葉が詰まる。これ以上、口にしてしまえば醜いって思われちゃう、なんてどこまでも自分のことしか考えてない私が嫌になる。だけど、先輩はそんな不安も吹っ飛ばすような、包み込むような柔らかい声色で「うん」と言ってくれるから、続きが勝手に口から出た。

「っき、嫌いに……なりませ、んか」
「ならないよ」

先程とは反して、今度は力強く言葉を返される。

「黒尾先輩が、……お、おモテになって、て。それが、す、凄く……あのっ、ふ、不安というか、嫌だなって思ったんです!!!!」

最後はヤケクソだ。ここまで言ってしまえば、曝けてしまおう。左右におろおろ泳がしていた視線を相手に向けて、私の今の発言に固まってる先輩の両腕をガシッと掴んで、もうヤケクソだ!!

「嫉妬しました!!昨日も告白されていると聞いて不安になりました!!さっきだって私も壁ドンされたかった!私の黒尾先輩なんですぅぅぅ」

ギューッと自ら胸に飛び込んで、醜い発言を誤魔化そうとする。何も言わず、動かず、の先輩に私の心臓はバクバク速く動き出す。

「……え?……あ、うん。…………はい?」

そして、数秒後。先輩から発せられたのは、変なものだった。ガバッと腕の中から出され、私の目線に合わせて黒尾先輩が顔を近づけてくる。その目は、点だ。

「え……嫉妬?……嫉妬って言った?」
「は、い」
「……みょうじちゃんって、嫉妬するの?」
「し、します!!!!」
「……そう」

真顔で短い返事をされ、こっちが唖然としてしまう。こういうのってされたら面倒なんじゃないの…?けれど、黒尾先輩は「いや、だって今までそんなのなかったじゃん。どちらかというと、そういう人達に共感してたじゃん」とブツブツ呟いていた。

先輩は怒らないのだろうか。呆れないのだろうか。愛想は着かないのか。色んな疑問が飛び交う中、目の前にいるイケイケの先輩は顔を横に背け、口元を手で覆いこう言うのだ。

「やっべ……すげぇ嬉しい」

見るからに照れてるように見えるその姿に口をぽかーんと開けてしまう。そんな私を気にするのではなく、急にハッとした先輩はこちらに向き直し「泣かせてんのにごめん」と目を見つめて謝罪をしてきた。

「あ、あの……嫌、じゃないんですか?」
「全然」
「……み、醜いと思うんですけども」
「どうして?ドロッドロに甘やかしたくなるけど?」
「ドロッドロ…!?!?」

大好きな人に私の黒尾先輩なんですー!って言われて喜ばない男はいないんです、と今度は人差し指ではなく、自身の唇を同じところに押し当て、最後は音を立てて離れていく黒尾先輩にキュンする暇もなくただ見つめることしか出来なかった。