赤く染まった誕生日



今日は黒尾先輩が誕生した記念すべき日。

黒尾先輩を取り巻くこの世の全てに改めて感謝をする日だ!

「黒尾先輩っ!お誕生日おめでとうございます…!プレゼントはこちらですっ!不束者ですがよろしくお願いします!!!」

朝一、体育館でお祝いのお言葉をかけ、朝練後に今度は制服姿でお祝いと共にプレゼントを渡す。プレゼントというのは私自身。制服の既存のリボンを取り、100円ショップで買った赤色のリボンを襟元に通して結び、プレゼント用にラッピングした私を完成させた。

部室の前で待機してやっと出てきた先輩の元へ近づきそう告げると、ただこちらを目を丸くして見つめるだけで何も発さない。後ろにいた孤爪くんが数秒後に、プスッと吐き出し、そんな幼馴染の笑い声に我に返ったのか、何を考えているのか読み取れない表情の先輩がゆっくりと私の方へ足を進めてくる。
あ、あれ…?もっと、こう…笑われたりとか、呆れられたりするのかとすると思ったんだけど…?黒尾先輩がゆっくり一歩ずつ足を動かす姿になんだか心臓が速まる。ピタリ、と目の前で止まっては顔をこちらに段々と近づかせてくるから、更に心臓の音が大きく速くなった。

「あれっ?みょうじさん、どうしたんですか〜?そのリボン」
「え!?」
「……」

視界いっぱいに広がる黒尾先輩の直ぐそばで同じくこちらに顔を覗かせるリエーフに情けない声が出た。さっきまで私の心臓を止めようとしてた張本人は気まずそうに後ろへ身を引いて行ってしまう。

「リボン忘れたんですか?」
「違うよ!今日の私はプレゼントなのです!」
「?……そうなんスね!」

絶対に理解していないであろうリエーフはポカンとしながら頷いた後、スタスタと校舎へ駆けて行った。

「ありがとね」
「!!」

自然と後輩の後ろ姿を見送っていると不意に頭に温かみを感じる。それは先輩の大きな手で、優しくポンっとひと撫でしてからリエーフの後を追って歩いて行く後ろ姿を見てボソリと呟く。

「…行っちゃった」
「ぶふっ」
「!…孤爪くんが笑ってる!!嬉しい!!」

さっきからずっと肩を震わせ珍しく笑っている親友に嬉しさをそのまま伝えると「なんで」と笑い顔がスンッと戻ってしまった。あ…、もっと見たかったのに…!



もっと見たかった。その願いは直ぐに叶った。朝のホームルーム。赤いリボンのまま席に着いていると担任の先生に注意をされた。「リボンを忘れたのか」と。忘れてはいない。今も鞄にしまってある。しかし、今日は黒尾先輩にいつ、どんな時でも会ってもいいようにこのリボンは外せないのだ。隠すことなくそのまま理由を伝えたら今度は注意ではなくお叱りを受け、リボンを没収されてしまった。

「ああぁ…、リボン……」
「ぷっっ…」

リボンを没収した先生の背中へ手を伸ばし机に項垂れると、後ろから聞こえるのは親友の笑い声。今日の孤爪くんはツボが浅くない?なんて思うけど、考えている場合じゃない!!早くどうにかして返してもらわないと…!

それから休み時間になる度、返してもらうため先生を探したがタイミング悪く見つけることは出来なかった。そして、ついに昼休み。職員室にて受け取ることが出来てリボンが自分の元に帰ってきた。昼休み中にもう一度チャレンジしよう。プレゼントが私、だけでは味気ないと思い自動販売機でカフェオレを買った。

「両方貰うね…とか言われちゃったらどうしようっ!!」

きゃぁぁー!!と両頬に手を添えて小さく叫ぶ。周りにバレないよう身を縮こませながら、せっせとプレゼント仕様に赤色のリボンを襟元に結ぶ。早く三年生の教室へと向かわねば。階段を登るべく急いで角を曲がった瞬間、硬い何かに打つかった。

「お。みょうじちゃん?」
「はっ!黒尾先輩!?」

視線を上にあげるとそこには大好きな黒尾先輩が。私が今打つかったのは大好きな人の胸!!これは俗に言う少女漫画展開なのでは!?朝、食パンを咥えて登校。角を曲がった先に男の子とドーン。そこから始まる恋!的なやつでは?!でも今の私は…!今の私は…!!パンを咥えていないっ!これじゃあ、始まる恋も始まらないじゃないか!!

「何で食パンを咥えていなかったんだ!」
「え、食パン?」
「そしたら恋が始まってたのに…!」
「恋?」

首を傾げて不思議がる先輩はとても可愛くて、エロい。18歳になっても通常運転。え、あれ?18歳ってなんかエロくない?18歳の黒尾先輩ってエロいよ!!

「ぐっ」
「みょうじちゃん?」
「胸が苦しいです」
「胸?……ああ」

胸を押さえる私に今度は理解出来たのか、ニヤリと笑ってこちらに近づいてくる。ま、待ってください。今の私にそれは…!

「はいっ!これプレゼントですっ!!」
「?…これ、くれんの?」
「はい」
「ありがと」

カフェオレを前に突き出して盾にし、胸を押さえたまま俯く。受け取ってもらったら、一先ずここは退散しよう。そう思っても差し出したプレゼントはなかなか受け取ってくれなくて、様子を窺うため目線を少しだけ上げると同時に手首を掴まれ引っ張られた。

「ぅわっ」

引っ張られた反動でバランスを崩し、女らしくない声を発しながら黒尾先輩の体に触れるくらいの距離まで蹌踉てしまう。

「……え、ーっと…?」

ジィーッと射抜くように見つめられ、目を泳がすことしか出来ない。それから私を捉えた黒目は段々下へ行き、胸元で止まる。そして、また視線が交わると少しだけ口角を上げて言った。

「こっちはくれねぇの?」

耳元に口を寄せられながら放たれた言葉。いつもより低く色っぽい声色で。全ての神経が鼓膜へと行き、全身がのぼせたように熱くなる。もうだめだ、と体が警報を鳴らしているというのに、黒尾先輩はそのままリボンの端に手をかけ下に引っ張る。当然、結んだものは解ける。その行為に更に心臓がドクドクと速くなり、血の巡りも速くなる。そして、巡った血が体内に収まりきらなく、外へ溢れ出た。

「っ…!」
「え」
「もう…無理ですっ」
「はっ!?みょうじちゃん!?!?」


抑えられなくなった血はどうなったか。

鼻血として出てきた。しゃがみ込む私を手当てしようと必死になる黒尾先輩とどこからやって来たのか、保護者センサーのついている夜久先輩の声が微かに耳に届いた気がした。

大好きな人の誕生日。私は本日の主役であるお方の衣服を赤色に染めてしまった。

この出来事をきっかけに11月17日は黒尾鉄朗の誕生日ではなく、血の誕生日と呼ばれ続けた。