心からおめでとう

雄英高校に夏休みがやってきた。林間学校まで、少し日が開く。これを利用して少しの間、実家へ帰る者、そのまま寮で仲間と過ごす者に分かれる。割合で言うなら半々と言ったところだろうか。ちなみに、私は後者である。皆には帰ってもすぐ出てこないとだしね、なんて言っているけれど、本音は別にあった。

「え、なまえもうすぐ誕生日なの?!」
「うん」
「そういうことは早く言ってよ!皆でお祝いしよ!」
「三奈ちゃんありがと。でも、皆は家に帰るでしょ?」
「なまえの誕生日を知ったら話は別に決まってるじゃん!」
「でも、みょうじさんは爆豪さんとお誕生日会をなさるのでは?」

三奈ちゃんと透ちゃんが騒ぐ中、ヤオモモの言葉にハッとして、しゅんと落ち込んだように納得した二人。…けど残念。誕生日に二人で過ごす予定は今のところない。そうだったらいいなとは思っていたけれど、そもそも勝己くんは私の誕生日など知らないと思う。何故なら、誕生日を自ら話した記憶もなければ、勝己くんからそのような話題が出たこともないから。

「しょーがない、今回は爆豪に譲ろっかな」

誕生日パーティーが開催されなくなったことに落ち込みながらも、私の方に手を置き親指を立てた三奈ちゃん。そして「爆豪ちゃんってサプライズとか苦手そう」と言う梅雨ちゃんの言葉から皆の想像が始まった。ケーキのローソクを焦がしそうとか、バースデーソングの途中でパイ投げの如くケーキを投げてきそうとか…皆、勝己くんをなんだと思っているのだろう。

「また帰ってきたら誕生日の話聞かせてよ」
「うちは二人の邪魔せんように当日はメッセージだけ送る!」

耳郎ちゃんまでも興味津々のようで、寮に残るお茶子ちゃんは謎に気を利かせてくれる。「勝己くんは実家へ顔を出すって言ってたし、多分お祝いとかしないよ」と告げるタイミングを逃してしまった私は笑顔を向ける皆に何を言うわけでもなく、彼女達と同じような笑顔で流す他なかった。

それから数日、いつもなら賑やかな共有スペースも珍しく静か。皆帰ってしまったのだから仕方がない。そうわかっていても、大きなバッグを持った皆に手を振り、何日か経った今もまだ慣れないでいた。

小まめに返事が返ってくるわけではないけれど、勝己くんとは毎日連絡を取っている。彼女の特権であろうそれに満足はしているものの、本音を言うなら数時間ございますの誕生日…一緒に過ごしたかったな、なんて。

共有スペースのソファーに三角座りをした私の頭には、流れ続けるバラエティー番組の内容など入ってはこない。私ってば、自分が想像していたよりもずっと、落ち込んでいるのかも。…こんな風に気にするぐらいなら、誕生日の一つでもアピールしておけばよかったのに。

昼間の連絡を最後に震えることのなくなったスマホを片手に小さく息を吐いた。エアコンの冷気に冷やされたそれを指の腹で撫でるけれど、ウンともスンとも言う様子はない。

「…勝己くん、」

膝に頬をつければ自然と顔が歪む。誰もいない共有スペースで流れ続けるテレビの音に、私の声は掻き消された…はずだった。

「ンなとこで何してんだ」
「…え、…勝己、くん?え、何でここに…」
「あ?俺もここの四階に住んでんだ。居て当然だろーが」
「そ、うだけど、そうじゃなくて…実家に帰ったんじゃなかったの?」
「帰ったわ」

広いソファーの真ん中に勝己くんの体重が加われば、更にソファーのクッションが沈み込む。それに加え、荒々しく腰を下ろした所為でスプリングが揺れた。

「まだ、帰って…一週間しか経ってない、よ?」
「一週間も帰りゃ十分だろ」

ソファーの背に両腕を広げる勝己くんがいつも通り黒のタンクトップを着ていることから、今帰ってきたわけでは無さそうだと予想がつく。

「いつ帰って来たの?」
「今日の昼」
「…言ってよ」
「あ?」
「急に帰ってくるからびっくりしちゃった、」
「ずっとソワソワしてた奴が何言ってんだ」
「え、」

テレビへと視線を向けたまま、薄らと口角を上げた勝己くん。そんなに面白いテレビだったのだろうか。それとも、アホかと言いながら私へと向けるいつものそれなのだろうか。

「テメー自分の誕生日忘れたんか。夏休みボケしてんじゃねーよ」

緋色の瞳が私を捉える。私たち以外に誰も居ない共有スペースにはテレビから漏れる笑い声だけが響いた。

「…知、てたの?」
「逆に何で知らねぇと思ってんだ」
「……私の為に、帰って来てくれたの?」
「ハ、クソババァがウザかったから早めに帰ってきただけだわ。調子乗んな」
「そっか、…ふふ」

勝己くんのことだから、家族も私も両方選んでくれたのだろう。ほんと、素直じゃない。

「え、何処行くの…?」
「俺ン部屋」
「え、え、?」
「もう消灯時間だろーが」

勝己くんがリモコンを翳し、プツンッと音を立て真っ黒になったテレビを横目に手を引かれて立ち上がる。手に持ったままのスマホを見れば、もう二十二時になろうとしていた。

夏休みだからと言って消灯時間は無くなるわけでも、延びるわけでもない。そして、消灯時間というのは勿論、共有スペースだけではなく、個人の部屋にも適用され、自室へ戻るようにとされている。けれど、自ら「消灯時間」と言っておきながら、そんなこと気にする様子もない勝己くんは当たり前のように私の手を引き、自室へと招き入れた。

「怒られる、よ」
「…知るか」

明かりもついていない部屋の扉が閉まり、振り向いた勝己くんの髪が窓から差し込む月明りで透き通る。逃げるつもりもないけれど、扉が私の逃げ場を無くし、勝己くんの熱い掌に掬い上げられ唇を合わせた。

「ん、」
「…は、何つー顔してんだ」
「かつきく、…待っ」

私の知らなかった勝己くんの一面。勝己くんは意外と誕生日とかそういう記念日を大切にしてくれる人らしい。不器用にもデジタル時計の数字が揃うのを確認しては、口を開くのだから――――

「なまえ、―――…」

勝己くんの腕に抱かれながら、私は涙ぐむ。