電車
「研磨早くっ!乗り遅れちゃう!」「…別に10分後に、来るし…」
「折角研磨の部活休みなんだもんっ!」
動きの鈍い彼氏の手を引いて発車が近づく駅に向かって駆け出した。少しの余裕を持って電車に乗り込み一息つけばやたらと呼吸の乱れた私と比べて研磨はあんまり乱れてない、あれ、おかしいな。
「け、研磨…なんで…息乱れ…ないの…」
「え…流石にこれぐらいは、俺だって体力あると、思う…」
普通に考えればそれはそう。プリン状態だけど金髪頭で趣味はゲーム、嫌いなものは根性論。そんなちぐはぐな彼はこれでもれっきとしたバレーボール部に所属する選手なのである。
「座れ…ないかぁ」
「まあ二駅だし。なまえ、こっち」
「うん」
混んでいる時間ではないけれどぴったり埋まった座席を眺め、ドアの近くで2人で立つ。動き出した電車の景色をぼうっと見つめ久しぶりの彼氏との放課後デートに胸を弾ませた。
「それでね、その時先生が…」
「ふうん」
スマホを横に持ち弄りながら私の話を聞く様子にパシパシ肩を叩けば気にも留めずに画面の中の敵をどんどん倒していく。
「私が先生と授業で戦った話も聞いてください!いや数式は倒せずゲームオーバーだったわけなんですけどもっ!」
「なまえはもう少し落ち着いて話を聞くようにした方がいいと思う。その数式、虎でもすぐ理解出来たって言ってたよ」
「山本くん、にも…」
負けた…なんて1人落ち込み項垂れれば「そこまで落ち込むと虎が流石に可哀想なんだけど…」とジトリとした視線が頭の上に降り注いだ。他愛もない話をしていればプシューと電車が止まった音がして、多くの人が隣の駅で降りて行く。
「…え?」
「あれ…」
がらりと空いた車両内。ぽつりぽつりと人が座り、ドアが閉まろうとした瞬間、ぴょんっと小さなお客様が電車に乗り込み座り込んだ。
「…ね、猫ちゃん?」
「この猫…意図的に乗ってきたの?え、そんなことあるの…」
黄味がかった茶色と黒の艶やかな毛をふわりと揺らし、鈴の音をリンと鳴らして可愛い猫ちゃんが私達を眺めていた。鈴付いてるし…飼い猫ちゃん?確かにうちの高校はそこまで都会部に位置しているわけではないけど猫が電車に乗り込むほどのどか過ぎる場所でもない。突然の来客に研磨と2人で目をぱちぱちと瞬かせればこっちの気持ちも知らずに猫はとてとて可愛い足音を立てて空いた座席にぴょんっと飛び乗り身体を丸めた。
「ざ、座椅子あったかいもんね」
「そういう問題じゃないでしょ…はぁ…次の駅で駅員に声かけた方がいいのかな…」
「迷い込んだとかならあんまり遠く行かせたらまずいもんね」
刺激するのも良くないかもと空いた車両で座ることも出来ず、丸まり静かに過ごす猫をその場で見つめながら時間を過ごせば次の駅へのアナウンスは意外とすぐで、その声を聞いた猫は耳をピンッと立てた後ストンと降りて電車のドアの前に座り込んだ。
「…嘘でしょ」
「え、ええ…あの猫ちゃん本当に自分から乗ってきたの…?」
「…」
プシューともう一度開いたドアに軽やかに降りて堂々とその猫ちゃんは歩いて行った。見えなくなる前少しだけこちらを向いた猫ちゃんはすごいだろとドヤるかのように私達に一鳴きし、「にゃあ〜」と間伸びした声を残して去って行った。
「……い、今の見た?」
「…なにあれ…って、待っ…!」
「え?……あ、」
無情にも音を立ててまた扉は閉まって行った。呆気に取られてしまったけれど猫ちゃんだけじゃない、私達もここで降りる予定だったのだ。
「ね、猫ちゃんですら降りられたのに…」
「はあ…次の駅で降りるよ」
「うん………ふふっ」
「え、何?」
思わず声が漏れてしまい、くすくす声を抑えて笑えばぽかんと研磨が口を開いて不思議そうに私を見つめた。
「だ、だって…あんなことあると思わないじゃん…猫ちゃん、頭良すぎ…」
「…なんかあの猫、ちょっと虎に似てた」
「や、山本くんっ!?やめてよ研磨…確かにドヤ顔似てたけど…!」
「でも虎よりはかなりしっかりしてそうだった。この前の練習試合の帰り、女の子に肩がぶつかって固まったせいで1人で乗り過ごしてたし」
「や、やめてってば…!」
そうと言われてしまえばなんだか山本くんに見えてきた。似ても似つかない可愛い目をした猫ちゃんと側から見たら少し怖く見える山本くん。それなのに実際は猫ちゃんの方がしっかりしてるなんて。
「ふ、ふふっ…もー…研磨、小ネタやめて…っ!」
「…なまえ、笑いすぎ」
「研磨だって笑ってるよお…」
くすくす2人で声を抑えて勝手な妄想で笑みを溢す。マフラーで口元を隠したって震えてる身体でツボっちゃってるの分かってるんだから。
「け、研磨。駅もう着くよ?降りよう、私達は」
「なまえまた虎のことバカにしてる」
「してないしてないっ!もー…明日学校行ったらお菓子分けてあげようっと」
「なまえにだって緊張するらしい、から、やめてあげなよ」
「そうなの!?」
「嘘」
そう言って控えめに手首を握り今度は私の手を引いて研磨は開く扉の前に立った。
「…人懐っこいのは良いところだと思うけど、あんまり男ににこにこしないでよ」
「え?」
「…なんでもない」
「えー何?聞こえなかった!」
「早く向こうのホーム行くんだから歩いて」
「はぁい」
人懐っこいまでは聞こえたけどアナウンスで最後まで聞こえなかった。研磨の家にお邪魔したらもう一回聞いてみよう。ゲームに集中しすぎた研磨ならきっと、思わず本音をこぼしてくれる気がするから。