少女漫画の主人公になりたい

「ねぇねぇ、壁ドンやってほしいっ!」
「……は?」

ダイニングテーブル。対面で座り、一日煮込んだカレーを口に含みながら片方の眉を上げ不機嫌そうに返事をされた。

「だから壁ドンだよ!壁ドン!!」
「聞こえなかったんじゃねぇ」

言ってる意味がわかんねぇンだよ、と吐き捨て豪快にまたカレーを口に放り込む。それなら説明しようではないか。久しぶりに読んだ少女漫画で壁ドンシーンがあったからだ、と。

「…というわけでさ、私は一度でいいから少女漫画のヒロインになりたいんだっ」
「ハッ、意味わかんねー」
「もういいの!この際、意味わからなくてもいいからお願いしたいんですっ!!」

テーブルに勢い良く額を付けて頼み込むが、返事はノー。なんでなんで!?と駄々をこねる私に勝己は面倒臭そうに放つ。

「いつも下になってんだろ」
「?」
「要は、壁に手ついてなまえを挟む」

それがベッドか壁かって話だろーが。と続けた言葉に顔が段々赤くなってしまった。それが恥ずかしさからなのか、怒りからなのかは分からない。けど、少女漫画の欠けらもない発言に突っ込まざるを得なかった。

「違う違う違う!そうじゃない!!」
「あ?……ああ、今度から壁使えっつうな「その話から離れて!!」

私は少女漫画のヒロインごっこをしたいだけなのに。このまま話を続けたら本当にしてきそうだ、と先に手を合わせご馳走様をして台所に向かった。

水だけ浸し、食器は後で纏めて洗おう。いつもは勝己が食べ終わるまでその場から動かないか、食器だけ下げて元いた向かいの椅子に座り直すかのどちらかだが、今日はそのままリビングに足を進めた。後ひと口で食べ終わるしね。少しの罪悪感から言い訳をするように自分に言い聞かせる。


「うわっ、!」

ちらり、と一度勝己の方へ視線を移し、足元を見ないで歩いたのがいけなかったのだろう。ダイニングとリビングの間にあるちょっとした段差に足を取られ尻もちをつく体勢で転びそうになった。

「!!」
「なにやっとんだ、アホ」

今から訪れる衝撃に耐えるため目を瞑るが、その痛みはやってこない。ただお腹に筋肉のついた腕が巻き付けられているだけで。勝己に後ろから片腕で抱きしめられるようにして支えられたということに数秒後、理解した。

「ありが、………うえぇぇぇ」
「……」

しかし、支えられた腕が胃の部分に当たり、先程大量に勢い良くかき込んでしまったカレーが無惨な姿で口から出てしまった。

「ってめぇ…ふざけンじゃねェェェェ!!」

大声で怒鳴る勝己はこれらを片付ける用具を持ってくるのにここから出て行こうとし、歩きながらこちらを指差して「ヒロインになりてェとかクソな寝言は寝て言えッ!!!!!」と言われてしまった。

確かに。もう言うのはやめようかな。夢の中だけにしようと心に誓った。