クリスマス
華の女子高生に、三回だけ訪れるクリスマス。私はその全部を野球部に費やした。現在進行形で今この瞬間も費やしている。二十五日。一、二年は地獄をも超える冬合宿中だし、三年はその合宿の手伝いをしたりするから必然的にクリスマスはなくなる。といっても合宿期間はこの日だけじゃないから別日に来てクリスマスは過ごしたい人と過ごすという三年も少なくはない。けれど、私が過ごしたい相手は、ほぼ毎日この合宿に顔を出している。今日合宿に参加してる部員なんてほとんどが「クリスマスなんてクソ喰らえ」派で、私の想い人もそっち派。
練習の手伝いをしながら隙あらば元同室の後輩に絡み、夕飯後行われたクリスマスパーティーではその子に若菜いじりをしていた。付け入る隙なんて貰えず、私はただその光景を少し離れた場所で見つめるだけ。時間だけが流れ、帰宅する時間になってしまった。
「じゃあ、先帰ってるからね!気をつけてね!」
「うん、また〜!」
「倉持に送ってもらいなよ」
「はぁい」
さっちんと唯。普段なら二人と一緒にここを出るが、今日はもう少し好きな人といたくて、私だけ残ることにした。こういう場合、どういうわけかいつも倉持が家まで送ってくれる。だから、どうしても好きな人と二人きりになりたい時、一緒にいたい時、私は何かと理由をつけて居残り、倉持に送ってもらうのだ。
「帰りたくなったら言えよ」
そう言って外に向かうB組コンビは今から素振りをするらしい。野球を続けるメンバーは引退後も、量はかなり減るが練習を怠らない。あとでおにぎりでも作ろうかと台所に視線を移した。
「さっっむ」
外に出れば一瞬にして体が凍えた。スカートの下にジャージを履いても寒い。それでも恋というのは恐ろしく、この凍えそうな寒さより一緒にいたいという気持ちの方が勝ってしまう。
こうして素振りをしている彼らを見るのは何度目だろうか。数える気すら起きない程に見ている。それもあと数回で終わりなんだと思うと寂しい。現役部員は今頃部屋で倒れているか、寝ているか。とにかく、そろそろ体力がある人間も色々ときている頃だろう。目の前にいる逞しい同級生達を見ながら、一年前は彼らも同じだったと思いを馳せる。
マフラーに顔を埋め、寒そうに肩を上げ、倉持のすぐ近くのフェンスに寄りかかり素振りをする好きな人を眺めていれば、他の三年生もぞろぞろやって来た。
「なんや、みょうじ。まだ帰ってなかったんか」
「うん。こうやってみんなのこと見れるのもあと少しだしね」
半分本当で半分は嘘。嘘、ってのは言い方悪いかな……。半分は倉持といたいから。内心そう思ってることなんて知らないゾノは私の返答に「俺ら進路はバラバラやけどなぁ!ここで過ごした時間は一生の宝や!いつまでも変わらん仲間や!」などと大声で叫んでいて、それに御幸がうるせ!と放っていた。倉持はそんな二人にいつもの笑い声を上げるだけ。
ここで誰かが、みょうじはクリスマス過ごすやついねーのかよーとかデリカシーのないことを言ってくれる人がいたらそれを理由に倉持だと伝えられるのに、と人頼みなことを考える。こういうのは御幸か麻生、あとは関係性的に倉持がいつも言ってくれるのだけれど、今日はそれがない。気を遣ってくれてるのだろうか。でもここでそう言われてしまったら脈はないのかな、とも思えるから聞かないでくれた方がいいのかもしれない。だから、勇気を出して自分で言ってみることにした。
「クリスマス過ごす相手はいないけど過ごしたい相手はいる」
「へぇー」
「もう少し興味持って!?」
必死に口から出した言葉。バットを振る手が一瞬ピクリと反応したけれど、興味なさそうな返事と共にいつも通りの動きに戻る。
「ちゃんと聞いてた!?」
「聞いてたよ。過ごしたい相手がいるんだろ?ここにいていいのかよ」
「うん。その相手ここにいるから」
「……へぇ」
「誰か気になる?」
「別に」
「気になって!?そして、相手が誰だか聞いて!!」
「なんでだよ!」
「いいから!」
ここまでずっと倉持の背に向けて放っていた。ツッコミと同時にこちらに振り返ってくれたと思いきやすぐさま前を向き直し「……誰だよ」と律儀に聞いてくれ、素振りを再開しようとするから咄嗟に口を開く。
「倉持」
「は?」
ゾーンから外れたボール球にギリギリ振らずフォアボールを勝ち取った時並みのバットの止まり具合。ゆっくりもう一度こちらを振り返る倉持の目は見開いていて。瞳孔が開いているんじゃないかと思えるくらいの瞳を見つめて「過ごしたいのは倉持」そう言った。
「だからそのバット置いてきて」
野球部のマネージャーらしからぬ言動。私はもう帰るから。と告白まがいなことを言ってしまった照れと恥ずかしさから若干キレてその場から動き出した。マフラーに顔半分以上を隠して歩き出す私の横を倉持は「なにキレてんだよ」と笑みを含んだ優しい声色で放ちながら頭にポンっと手を置いて通り過ぎ、バットを置いた。
周りに誰もいない帰り道。二人の間に流れた沈黙を破ったのは私。
「倉持は過ごしたい相手いるの?」
「ああ、いる」
「へぇ」
「……誰か聞けよ」
「……誰?」
その質問に自分の名前が出され、頬が緩むのを必死に耐えながら「そっか」と返事をした。