ロウバイ
倉持洋一と言えば、ヤンキーがイコールとなる。いつの間にか染められていた金色の髪は目付きの悪い彼にぴったりだった。彼との接点はほとんどなく、ただ色んな噂が耳に届くだけ。それもあまり良いものではなかった。
見るからに不良グループのリーダー的存在の倉持くんは私とは住む世界が違う人。恐怖心から出来れば関わりたくなかったし、現に中学三年間関わることはなかった。だけど、一度だけ。派手な髪色に反して、暗い表情を地面に向けている彼を見たことがあった。こんな顔もするんだとその時は不思議な気持ちになったのを今でも覚えている。それ以降、倉持くんはいつも一緒にいた仲の良いお友達とは一切話さなくなり、そのことは違うクラスの私でも知っていた。理由は分からないけれど、何かあったことは誰でも分かる。だから、周りも余計な詮索はしなかったのかもしれない。
高校に入学した今でもあの時の倉持くんの表情が気になって忘れることが出来なかった。だからかは分からないけど、高校生になった私は無意識で髪を黒から金に変えた。校則の緩い本校では髪を染めている人がほとんど。私も染めてみたいというちょっとした出来心から気付けば金色にしていた。染めて直ぐ鏡に映った自分に苦笑いをした。「倉持くんじゃん……」ってつい声に出してしまったこと、今思い出しても恥ずかしい。
それからはずっと金色。最初は周りから驚かれたけれど、日が経てば見慣れてくるらしく逆にこの色じゃない私は想像つかないと言われるまでになり、高校最初の年越しも金色で過ごすことになった。
「……寒い」
今年最後の日。ゆっくりコタツと共に過ごそうと思っていたのだけれど、年越し用の蕎麦がないことに気付いた母におつかいを頼まれた。こんな年末に誰かに会うわけないだろうと暖かさ重視のラフな格好でスーパーへ向かい、目当てのものを手に入れた帰り道。見知った姿が目に止まった。
「……く、らもち…くん?」
無意識に口から出た名前。中学三年間、一度も呼ぶことが出来なかった名前をこんなあっさり声に出せたことに自分でも驚いた。でも呼んだ名前に返事はない。もしかして人違いだった?そう思うも卒業してから今までずっと気になって仕方なかった、ずっと頭の中にいた彼を見間違えるわけがない。中学最後の頃と変わらない暗い髪色。見間違えるほど体格は逞しくなっていたけれど、倉持洋一本人だと誰に疑われようと自信を持って断言出来る。
そんな彼は河川敷の斜面に腰を下ろし体育座りをした自身の両足の間に顔を埋めていた。また何かあったのだろうか。背中から心身共に疲れているのが感じ取れ、あの時の彼を思い出す。声をかけられなかった一年前とは違う。私だって成長している。そう思い込み自分を鼓舞し、もう一度名前を呼んだ。
「倉持くん……」
若干震えた声で丸まった背中に投げかければ、肩がピクリと小さく揺らぐ。
「大丈夫?体調とか、悪い……?」
「……いや、」
ゆっくり顔を上げてこちらを振り向いた倉持くんに合わせて私もしゃがみ込み目線を合わせると、直ぐに顔を逸らされ、歯切れの悪い返事をもらってしまう。いきなり知らない女が自分の名前を知っていて、しかもそんな人間に心配されたら誰でも不審に思うだろう。慌てて自分が何者であるか説明を入れる。
「あっ、私、倉持くんと中学一緒で……!」
「ああ。……おう」
きっと彼は私が同じ学校だったことは知らない。関わりがなかったし、目立つ方の人間ではなかったから。実際、同じ中学だと聞いた倉持くんの反応はいまいち。それなのに次に続いた言葉が思ってもみなかったもので絶句した。
「髪、染めたんだな」
「え?」
疲れきった顔でそんなことを言う。髪、染めたって。中学の時の私を知っているの?
「そ、染めたって何で分かるの……?」
「何でって。見れば普通に」
「……」
「……あ。……あーー」
「?」
もしかして。もしかしなくても、もしかしたら、倉持くんは私の存在を知っていた?自意識過剰になってしまう程の嬉しい事実かもしれない事実に固まっていると、急に向こうは頭を抱え、唸り声を吐き出す。そして、「わりぃ」と。
「冬合宿が地獄でよぉ……。今、頭回ってねぇんだわ。帰る気力もなくてここで休んでたしよぉ。俺、今変なこと言ったかも」
「い、言ってない!大丈夫!多分!言ってない!!うんっ、言ってない!多分っ!」
「ヒャハッ、多分かよ」
わ、笑った。倉持くんが笑った。笑うとこんな顔になるんだ。かわいい。少し幼くなるんだ。以前抱いてた恐怖の感情が今は微塵もない。かわいい。他にも、もっと違う一面があるのかな。泣いたらどんな顔になるのかな。爆笑したら、どんなふうに笑うんだろう。倉持くんの好きなことってなんだろう。東京の高校ではどんな感じなのかな。野球部ではどんな練習をしているのかな。好きな食べ物は?苦手な食べ物は?どういう女の子がタイプなんだろう?今って彼女いるのかな。髪の長さはロング派?ショート派?色は明るくないほうがいいのかな。化粧も……
「……ぃ、……おいっ!」
「はっ!」
「大丈夫かよ?」
「う、うん。大丈夫、ごめん」
いつの間にか脳内トリップしていたみたい。半分しか振り返ってなかった倉持くんの体が私の方に全部向かれていて、心配の言葉と共に左肩を軽く掴まれ揺さぶられた。倉持くんの手が私の肩に触れている。そのことに気づいた途端。触れられている箇所から熱が伝わり、その熱が顔まで届き、ボッと頬が真っ赤になる。
「……あっ、わり」
「うう、ん」
私の変化に気づいた倉持くんは勢いよくそっぽを向いて視線を外し、バツが悪そうに謝罪をする。そうだった。彼は意外と相手の変化、誰も気付かないような些細なことにも気付く人なんだということを思い出した。これはあの日の倉持くんを見てから知ったこと。もっと早くに知っていたら、今目の前で気まずそうに目線を下に移す彼と友達になっていただろうか。もしかしたら友達よりも、もっと……
「っ!?」
そこまで考えて声にならない叫びを上げた。
わたし、倉持くんのこと好きなんだ。
向こうは下を向いているから私の変化に気付いていない。でも、気付かれるのも時間の問題だろう。だって、ほら。私がぐるぐる思考を巡らせてるうちに顔を上げてこちらを訝しげに見てくる。倉持くんは今、疲れているのに。こんなことに構ってる暇なんてないんだ。
「あっ!もう、倉持くん家に帰らなきゃだよねっ!ごめんね、ここで話しちゃって!早く帰らなきゃだよね!」
「……あぁ、そうだな。そろそろ行かなねぇとな」
「うんっ!またねっ!良いお年を…!」
たった今、自覚した自分の気持ちをどうしたらいいか分からず、とりあえず一人になりたかった。目の前に好きだと自覚した相手がいたら平然と保てるわけがない。倉持くんの連絡先を知っているわけでもないし、共通の知り合いがいるわけでもない。もしかしたらここで話すのは最初で最後かもしれない。けど、今はこの感情をどうしたらいいか分からないから、一人になりたかった。考えたかった。
「ああ。みょうじもな、良いお年を」
なのに、倉持くんが私の名前を呼ぶから。三年間話したことも、関わったことも、目すら合ったこともないのに私の名前を知ってくれていたから。ダルそうに疲れきった体を必死に動かし歩く倉持くんの背中目掛けて「好き」の言葉を思い切り投げたくなった。