白い項と細い喉頸

梅雨が明け、ジメジメと気温が上がり本格的に夏が訪れた、7月。
今日は大学でバレーボール大会が行われていた。各々男女混合でチームを作り、トーナメント戦で上位3チームには豪華景品が貰えるという毎年恒例行事。その年によって行われるスポーツは違うが今年はバレーのようで。素人から経験者、誰でも参加OKのこの大会には沢山の人が集まる。

中学時代、バレー部に所属していた私は友人に誘われて参加することになった。ポジションはセッター。3年間、一応バレーをやっていたけど未経験者の人よりは出来るくらいのレベルで経験者と名乗っていい程の実力はない。



「え…?あの、コヅケ…孤爪、研磨くんが…?」

大会2日前。いつもより気合を入れて練習をしていた私は情けない事に軽く足首を捻ってしまった。よって、今日の大会は出場することが出来ず、その代わりに孤爪研磨くんが私のポジションをやってくれると言ったのだ。

代わりに大会に出てくれると聞いた時は驚いた。あの孤爪研磨くんが…?って。大学内ではいつも一人、周りと関わろうとしない友達も作ろうとしない、だけど世界的人気急上昇中のYouTuberでプロゲーマー、他にも株式トレーダーに社長とか…色々と謎の多い彼がこういう行事に参加するとは思わなかった。疲れることをしたくないって聞いたことがあったし。


どうしてそんな人がこの暑い中汗をかく運動をしてくれるのか。それは私達のチーム内の一人が孤爪くんと同じ高校の先輩だったかららしい。怪我をして試合に出れないことを謝る私に適任がいるから大丈夫だと自身ありげに言ってくれた先輩が連れてきたのはまさかのコヅケン。
どうやら彼の幼馴染と仲が良かったみたいで、高校時代には軽く絡みに行ってたと教えてくれた。あの人のコミュニケーション能力は尋常じゃないからなぁ。


だけど、ありがとう。先輩!これは私にとって一世一代のチャンス。だって、ずっとずっと前から好きだったから!話しかけれたことはないけど。たまに講義で席が近くになるくらいしかないけど。何故かいつの間にか目で追ってて好きになっていたんだ。これを機に私は孤爪研磨くんとお近づきになりたい。



そうして彼が加わり私だけが邪な考えを持った中、試合が始まった。
始まったんだけど…

「凄い…」

その言葉は無意識に口から出た。プレーが特別目立つ訳ではない。どちらかと言えば、静か。猫背で常にネット近くにいる彼はただ静かに相手を観察し、いやらしいプレーを見せる。チーム内の会話には自分から口は出さず、だけど先輩がアドバイスを求めたら的確に指示をくれる。

試合の勝敗に興味がなさそうに見えるが、負けず嫌いなのかやられたままでは絶対に終わらせない。やられるということはあまり無いけど、相手を出し抜き点を取った時は分かりづらくも口角を少しだけ上げる。初めて見るその表情に息が出来ないくらいに胸がぎゅっと苦しくなった。これはなんていうか、雄顔…だ。色っぽい。わ、あ…かっこ、いい……。どうしよう。


試合終了のホイッスルが鳴って、これで私達のチームは3勝目。正直、こんなに勝てるとは皆思わなかった。もしかして、このまま優勝狙えるんじゃ?と終わって直ぐいなくなった孤爪くん以外の皆にタオルと飲み物を配った後、次の試合の対戦相手を見るため体育館の隅で体を小さく縮こませて座っていた。


「はぁ、疲れた……」
「!?」

孤爪くんに渡す飲み物を手に持ってそれを眺めながら次こそは初めての会話を…。まだ一世一代のチャンスを掴めていない自分に気合を入れ直していたら、脱力するように隣に座り込んできた目当ての人。最後にコンッと後頭部を壁に預けて宙を向き、息を吐くその横顔には何滴もの汗が伝い輪郭に沿ってポタポタ床に落ちていた。

待って待って待って…。こんなの聞いてない。聞いてない。あのコヅケンが汗をかいている。汗をかくの?隣に座られたことと初めて見る姿に心臓が早くなる。

私の心情なんて知る由もない孤爪くんは視線だけをコートに動かした。顎が上がっている状態で少し目を伏せているその顔もやめて欲しい。心臓が、色気サイレンを鳴らしているんだって。
サイレンを鳴らしているっていうのに…いうのに!その姿勢のまま今度は自分の右手を顔の前まで持ってきて爪を見つめる。どうやら人差し指の爪が割れてしまったようで、割れた箇所を親指でなぞっていた。
長い細い指。少しだけ伸びた綺麗な爪。だから止めて欲しい。息が切れるくらいにドキドキしてるんだってば。

「はぁ、」

もう一度深く息を吐いた彼は曲げている膝の上に額を乗せた。そして視界に入ったの頸。常に髪に隠れているせいか肌色は他に比べて白く、毛先だけが金色の黒髪を雑に結んで見えるそこから目が離せない。結ばれず取り残された髪が汗で固まり、頸に纏わりついていて。なんだかそれが色っぽい…というよりか可愛らしくて手を伸ばした。

無意識で伸ばした手が触れようとした時、とてつもない視線を感じ固まる。ロボットのように首を動かして視線を感じた先を辿ると孤爪くんの顔。額を乗せていたはずの膝には片方の頬が乗っていて、顔を横に倒してこちらを見つめる孤爪くんの猫目がジィッと私を捉えていた。

素早く自分の胸に手を引っ込めて、彼に渡すために持っていた飲み物を慌てて突き出す。

「これっ、良かったら…!」
「……ありがと」


ありがと


ありがと。お礼、言われた。初めて会話出来た。うわあ…嬉しい。…嬉しい。ありがと、だって。嬉しいな。

どういたしまして、と自然に返そうとするけど、それは無理なことで片言になってしまう。今度はバレないように横目で盗み見た。見たんだけど、目に映ったのは渡したペットボトルを片手に、ゴクゴク小さく喉を鳴らして飲む孤爪くん。
汗をかいて、目を細めながら飲む姿が…、ペットボトルを持っている細長い指が…、首を伸ばしてよく見えるその喉が…全て、全部色っぽく感じてしまう私は変態なのだろうか。細いと思った手は意外と男の人特有のゴツゴツしたもので、髪で隠れて分からなかった細いと思っていた首は思っていたより太く水を含むたび喉仏が動く。

「ふふ…」
「あ、ご、ごめんなさい…!」

飲み口から唇を離し小さく笑う孤爪くんに見過ぎたと頭を下げて謝った。すると、彼はコンッとまた壁に頭を預け視線だけをこちらに移し言った。

「いつも見てるよね」


俺のこと


それだけ言って立ち上がり背を向け歩き出して行く。
バレてた…見てたのバレてた。嫌だ、もう消えてなくなりたい。恥ずかしさ、気まずさなどから放心状態のまま数歩進んで立ち止まった彼の猫背の後ろ姿を見つめる。

「こんな暑い中運動なんて…みょうじさんの代わりじゃなきゃやらなかった」

そして、ゆっくり首だけを動かし振り返った孤爪くんは言った。

「仲良くなれるチャンスだと思ったから」

その言葉を吐き捨てた後、口を尖らせて目を忙しく泳がせる表情に胸を鈍くて重い何かで殴られたようなドグンという音が自分の心臓から聞こえた気がした。

「ま、待って…!」

この一世一代のチャンス。逃す訳にはいかない。怪我をしていることも忘れてただその背中を追いかけた。