体幹トレーニング
「なにやってんの」
ヨガマットの上でだらしなく寝転がっている私に帰宅してきた倫太郎は怪訝な目を向ける。
右頬をマットにつけて視線だけを上に動かし小さくうねり声を出してから、重い頭を上げて今度はマットに顎を乗せ口を開いた。
「体幹よわよわって言われた」
捻くれモードで吐き捨てる。体幹よわよわ、とは定期的に行っているリハビリ時に先生から言われたこと。
弱いって言われたけど頑張ってるもん。もう少しオブラートに包んで言ってよね!体幹ってそんなすぐ付くものじゃないし!もっとさ、やる気が出るように言って欲しいってもんだ!…と思うのは私のわがままだろうか。
あまり倫太郎には愚痴というのか、こういった嫌味?ではないが、苛つきをぶつけないように…女同士がする話はしないよう気を付けていた。だからか、口に出したことに何の反応も見せない倫太郎に冷汗が流れ、言わなければ良かったと後悔の文字が頭に過ぎった時、上から淡々とした声が降ってくる。
「で、家で筋トレ?」
ま、まぁ…と曖昧な返事をした後さっきより近い距離で「ふっ…」と小さく笑みを零されたことに、恥ずかしくなり上体だけを起こしそっちを見た。
「今笑った…!笑った!!絶対馬鹿にしたでしょ!馬鹿に……っ!?」
これじゃ効果なくね?的なことを言われると思って、口に出される前に自分で阻止するため素早く身を捻って大声を出すが、視界に入ったのは目元を細め柔らかく笑う倫太郎の顔。まるで愛おしいと、好きと言われているかのような、そんな顔。
嘲笑う、馬鹿にするといった表情をしていると予想していたから急な不意打ちに心臓が一瞬止まった。いつの間にか床に腰を下ろして折り曲げた膝に頬杖をつきながらっていうのもプラスされて胸が苦しくなる。
「ねえ」
「……」
「なんのトレーニングしてたの?」
「……」
「…聞いてる?」
「っき、聞いてるっ!!」
心臓が止まると同時に見惚れて投げられた質問に答えられないでいたが、なんとか意識を取り戻して答えた。その異常な慌てぶりに先程の柔らかい笑みはどこに行ったのか。一生懸命説明しているっていうのに帰宅時に向けられた怪訝な目で見つめられた。
「あー…じゃあさ俺が高校の時やってたのやる?うる覚えだけど」
「え!?そんなの無理でしょうよ!」
「大丈夫。基本的なことしかやんないし、無理そうなのは言わない」
時間も短くしよ。そう言ってスマホでタイマーのアプリを開く。どうやら私がやっていたのは上級者向けだったらしく、もっと体幹を鍛えてからじゃないと難しいみたい。そして、長くは続かない過酷なもの。
「待って、待って!!ちょっと休憩してからで!!」
手を前に突き出し休憩が欲しいと強請る。いや、だってさ、今日やる分が終わった後だから色々と力ないし。それに上級者向けだったらしいし?突き出している手もプルプルいってる。
しかし倫太郎はそれを無視して、私のプルプルしている手を凝視し掴み取って自分の元に引き寄せた。
「ぅわっ、」
情けない声を出しながら力が入らない体はされるがまま倫太郎の腕の中。曲げた足の間にすっぽり体が入り、顔は向こうの胸板に直撃してる。
ちょっと、今は、かなり、心臓に悪い!と胸に手を押し当てて離れようとするけど、効果はほとんどない。
「ちょっと、今休憩って…!」
「ここで休憩したら?」
「出来ないでしょう!」
「なんで?」
「心臓が疲れてるから!」
「ふ、なんで?」
なんでなんでって何!?ていうか、笑ってるじゃん!絶対確信犯だ!!クツクツ笑っているその顔殴ってやろうか。殴れないけどさ!
「今は本当に!ダメ!!」
「……」
自身の両手でその凶器の顔を塞いで離れようとしたら背中に左手、塞いでいた両手を倫太郎の右手で掴まれ引き離された。両手が使えない以上、この場から離れる策は己の体幹を使うしかない。後ろに回された腕で倫太郎との距離は近く、足を使って立つことは出来ない。ていうか、利き手じゃない方の腕で、それも片手でっていうのがなんかムカつく…。
納得いかない。口を咎される私に倫太郎はそれはもう楽しそうに、意地悪く笑った。
「ほら、体幹使って離れてみなよ」