拗らせた想い

「…良かったぁ」

放課後の誰もいない教室。机に項垂れるように頬をつけ、安堵の息を吐く。

2月下旬。自由登校である3年の私が学校に来ているのは先生達に大学合格した報告をするためである。職員室にいた先生方に祝われて、改めて合格したという実感を得て安心すると同時に、1年間お世話になった教室とももう直ぐお別れだ、なんてことまで実感をしてしまい、寂しさから教室へと足を踏み入れた。


自分の席に座って3年間を振り返る。振り返って頭の中を埋め尽くすのは大好きな人の顔。


「結局、最後まで言えなかった…」


1年から同じクラス。異性で一番仲の良い友達。あっちも同じように思ってたらいいな、と思いながらも友達以上に思ってくれてたら…なんて矛盾した考えをしてしまう。


卒業して大学に行ったら今までみたいな関係は築けないと思う。だったら、告白をしてもいいかもしれない。これからも続く仲の良い友達には私達はきっとならないから。だから、友人関係が崩れるかもしれないと怯えて想いを伝えられなかった今までとは違う。

卒業式かな。卒業式に伝えよう。ちゃんと…。


「うう…泣きそう」

振られる、絶対100%振られる。そう思うと勝手に涙が出てくる。


「なーにが泣きそうだって?」
「!?」

よっ、ひとり卒業式気分ですかぁ?と、小馬鹿に笑うのは私が3年間想いを寄せていた男。何でここにいるの?本当に…

「何で黒尾がここにいんのよ」
「それはお互い様」
「はんっ!私は合格報告をしにきたんですぅ〜」
「はっ!俺は可愛い後輩の面倒を見にきてんですぅ〜」

なによ、合格したことに関してはスルーか。別にお祝いされたくて言ったわけじゃないからいいけどさ、なんか言ってくれてもいいじゃん。自分は推薦で数ヶ月前から決まってるからって。
黒尾に向けていた顔を逸らして、ゴンッと額を机につけ伏せて数秒。耳元で小さい音が届き、不思議に思って視線だけを動かした。

「…なにこれ?」
「みょうじ、好きだろ」
「まあ、好きだけど…」

顔の直ぐ横に置かれたのはホットココア。何で?私に…?驚きで固まる姿を見て黒尾は口を開く。

「合格おめでと」
「っ、」

ああ。本当に、もう。やめてほしい。これ以上好きにさせないで。好きになりたくない。卒業式までは友達でいたい。それからでいい。告白をして振られて気まずくなって。友達でも何でもなくなるのは。式が終わって、もう関わることがなくなる、別れる時でいい。想いを伝えるのは。

どうして人は伝えたい気持ちを心に押し殺そうとすると、どうにかしてそれを表に出そうとするのか。好きで好きで好きで。視界が滲み、涙が溢れてくる。
こんな姿バレたくない。その一心で顔を隠すようにまた机に伏せる。

「…知ってたんだ。合格したの」
「おう、だから来た」
「……」

部活のお手伝いをしている時に誰か先生に聞いたのか。情報が早いな、なんて考える余裕はない。


「で。何でみょうじは泣きそうなの」

そう言って、前席の椅子に腰を下ろしたであろう黒尾は私の頭をぐしゃりと掴むように撫でる。

「…卒業したくない」
「……」
「………皆とお別れするの嫌だ」

皆とお別れするのは嫌だ。だけど、黒尾と離れるのはもっと嫌。素直にそれを言う勇気はやっぱり今の私にはない。こんなんで卒業式、本当に想いを伝えられるのだろうか。不安になってきた。

涙を堪える私と無言の黒尾。放課後というのもあり、外から運動部の声は微かに聞こえるけれど、この空間はとても静か。


「俺はお前と離れるの、嫌だけど」
「え、」

ボソリ。小さく、いつもより低い真剣な声色で放たれ、驚きのあまり物凄いスピードで顔を上げた。反動で涙が数滴落ちたことには自分では気づかなかったけど、「んだよ、その顔」と困ったように眉を下げて笑う黒尾に我慢していたものが溢れてくる。


「今、なんて…言ったの…?」

もしかしたら黒尾は、仲の良い女友達と離れるのが嫌という意味で言ったのかもしれない。だけど、今の私にはそう思えないくらい余裕がなかった。


「黒尾…?」
「あー…だから、そのまんまの意味」

首裏をガシガシ掻いて横を向く姿はどこか気まずそうで。そのまんま…。そのまんまってどう言う意味?どっち?仲の良い女友達と離れるのが嫌?それとも…


「好きだから。みょうじと離れんの嫌」


ぜってぇ勘違いしてんだろ、お前。そう言う黒尾の頬はほんのり赤に染まっていて。あー、かっこ悪…と呟いて首裏に手を添えたまま肘を机の上に滑らせる。そして、縮まった距離で下から覗き込むように上目遣いで見つめられて問われる。


「返事、聞かせて」

そんなの。聞かせてって…。ずっと前から返事なんて決まってる。


「好き。私も離れるの嫌だ」

震える声で3年間、口に出すことを拒んできた想いを伝えると、友達の私には見せることのなかった表情を向けられてまた涙が溢れた。