好物

「宮侑くんですかぁ?」
「きゃー握手して下さい!」
「インターハイ、テレビで観てはりました!」
「2年2組行ったら侑くんおるんですか?」


稲高文化祭。一般公開している今日はたくさんの人で賑わっている。現にバレー界、アイドル並みの人気を誇る宮ツインズの宮侑は他校の女子から大学生、お姉さん方まで色んな女子達に囲まれていた。

普段なら愛想を振り撒かず、一言二言キツイ言葉を発するが今日はずっとニコニコと自身の整った顔をフル活用している。というか、自分から絡みに行っている。
そうする理由はひとつ。どこのクラスが良かったか、投票で順位が決まるからだ。ひとり1票。一般の人、稲高生でも自分のクラス以外ならどこに投票しても良いというルール。

だから、侑は他のクラス。特に治のクラスに負けてたまるかという思いから、彼女である私を放って他の女のところへ行く。今は当番ではないのに、客引きをしなくていい自由時間なのに、だ。


「折角のデートなのに…」

出店が並んでいる端で可愛い女子達に囲まれている侑を見て気持ちが沈む。
お互いの時間が合わず、なかなかデートが出来ない私達にとって文化祭を一緒に回るというのは貴重なデートなのだ。そう、貴重な!デート!なんだ。それなのにあいつは…


「いいや。あんなやつ知らん。たこせん食べよ、たこせん」

クラスのためとはいえ彼女を放って他の女のところにいく奴なんか知らん。いや、あいつはクラスのためとかじゃなくて、他クラスにただ自分が負けたくないだけなんだろうけど。


私の大好物。たこせんを買って、人の邪魔にならない場所で立ち食いをする。一口目。大きな口を開けて「あー…」と声が漏れた瞬間、ふと侑に目を向けると視線が交わった。
私を見て目をぱちぱち瞬かせる彼氏に、なんて間抜けな顔をしてるの?なんて思った時、ある約束をしていたことを思い出す。

それは、ふたりでたこせんを食べるという約束。しかし、手に持っているのは自分の分だけ。当たり前だ。他の女にうつつを抜かしてる奴のなんて買ってたまるか。私はひとりで食べる。
そう決意し、パクッと口の中に入れる。

「熱っ…!!う、わっ、」

中の具材が思ったよりも熱くて唇に当たった瞬間、勢い良く口からたこせんを遠ざけた。その反動で手からずり落ちてしまったが、なんとか地面ギリギリで掴み取ることに成功する。

「…あ」

しかし、掴むことが出来たのは、せんべいだけで具材は全て下に落ちてしまった。
なんて勿体ないことを…。中身がなければ意味がない。せんべいだけでも美味しいけども。ああ、折角のたこせんが…たこ焼きがないなんて…。あまりのショックさに震えながら落ちたものを拾おうと手を伸ばした。


「なまえ!!!」
「…え、」

ドドッと足音が聞こえてきたと思ったら頭上から私の名前を呼ぶ侑。血相変えて顔を覗き込まれたからポカンと口を開けてしまった。

「ちょお待ち!!俺が直ぐ新しいの買うてくる!!!」
「は?ちょっと…」

何を焦っているのか分からないまま、侑は姿を消した。さっきまであの男の周りにいた人達はこちらを見つめてヒソヒソと話をしている。微かに聞こえるのは、彼女?と不信がる声。


たこせんを両手いっぱいに抱えて戻ってきた侑は少し汗をかいていて。何故か心配そうにこちらを見つめ、抱えているたこせんを落とさないようにぎごちなく私の頭を撫でる。

「えーと…?どうしたの?」

彼の行動がよく分からなくて素直に質問をしてしまった。約束を破ってたこせんを食べたのがいけなかったのか、それとも地面に落としてしまったからなのか、はたまた火傷をしたと思ったのか、何が理由で眉を下げて心配そうに顔を窺ってくるのか分からない。

「な、泣かんの…?」
「…は?」
「いや、泣くて…たこせん落としたら泣くて言うとったやん」
「……」


たこせんを落としたら泣く…?

言った。確かに、侑と約束をした時に話をした気がする。でもそれは、"泣く"ではなくて"泣いた"である。小さい頃に落として泣いた、とは言ったけど…。

「ふ…ふ、ふふ」
「な、なんやねん!?何笑ってん!」
「いや、ごめ…ふ、ありがと、う」

自分でも忘れていた些細な話を覚えていてくれたこと、勝ちにこだわっていた勝負を投げてこっちに来てくれたこと、泣くと思って必死になってくれたこと、全てが嬉しくて笑いと共に涙が流れてくる。
だから、嬉しくてつい答えの分かりきった質問をしてしまうのは許して欲しい。

「いいの?あっちに行かなくて」
「あ?…ええわ」

さっきまで侑がいた場所を軽く指さすとそちらには見向きもせず「ちゅーか、俺との約束破るから落とすんや!!なにひとりで食おうとしてんねん!」と怒鳴られる。

それはこっちの台詞。と普段ならキレるところも大好きな人が大好きな食べ物を買ってきてくれたから良いか、なんて腹パンだけで許した私を誰か褒めて。