夏の補習授業
夏休みだというのにこの炎天下の中、太陽を浴びながら制服に身を包み、学校へと向かった。
補習授業。夏休み前に行われたテストで悪い点を取った生徒は数日間学校に来て授業を受けなくてはならない。補習なんて無縁の人生だったが、テスト期間中風邪を拗らせて熱があるままテストを受け、最悪な点数を叩き出してしまったのだ。
補習初日。色んな思いから怠くなった体をのそりのそりと動かし教室へと入る。好きなところに座って良いらしく、一番日の当たらなそうな廊下側の席に腰を下ろすと数秒後軽く音を立てて大きな体が隣の椅子に乗った。
「影山くん…?」
「……ウス」
突然名前を呼ばれた彼は影山という苗字を持つ人がこの学年にひとりしかいないのにも関わらず、キョロキョロ周りを見渡してから自分が呼ばれたことに気づき、軽く頭を下げて挨拶をしてくれた。
誰だ?とでも言いたそうな顔をして前を向きながら眉間に皺を寄せるのを見て申し訳なくなる。私が誰かわからないのは当然だろう。話したことはないし同じクラスでもない。一方的にこっちが知っているだけだから。
「みょうじなまえです」
「…う、うす」
必死に私の名前を思い出そうしてくれる彼に名前を名乗ったらギクリと体を硬直させ、まるで何故俺の考えが分かるんだ?の顔をする。分かりやすいなぁ。
この補習は前半授業で後半がプリント。問題が解き終わった人から提出し帰宅することが出来るのだが、私が終わった頃に影山くんはまだ二問目。口を咎らせてプリントを睨んでいた。
「どこがわからないの?」
それから数日間。同じ席で初日と同じ時間を過ごす。私は影山くんと話したくて必死にプリントを終わらせ、彼の席に椅子を持って行き教える。
最終日くらいになれば、お互い気軽なく話せるくらいには慣れていた。
「…みょうじさん」
「ん?どこが分からない?」
今日も難しい顔をしてこちらを見る。「教えて、欲しいっす」と敬語で話す彼がとても可愛らしい。この時だけ、なんだか頼れる人は私しかいないという満足感?のようなものに満たされて頬が緩んでしまう。
困っている人を見てこんなことを思うのは失礼な話だ。だけど、ずっと好きだったから。話しかける勇気はなくて、遠くから眺めることしか出来なかった想い人が話しかけてくれる。例えそれが勉強のことだとしても、私はとても嬉しいのだ。
「あ、結構解けてるね」
「…うす」
影山くんの机の側まで椅子を持って行き、プリントを覗くと空欄の箇所はひとつだけだった。そこを教えると初日とは比べられない程、早く理解し解き終えた。
あ、終わっちゃった。今日で最後なのに…。また一方的に眺めるだけの生活が始まるのか。いや、夏休みだから眺めることも出来ない。影山くんの大好きなバレーの時間が削られるというのに、まだこの補習授業が続けば良いのにな、なんて自分勝手な思考になる。
「あと、ひとつあるんスけど」
「??」
全て答えが埋まったプリントを見つめ、また眉間に皺を寄せる影山くんに首を傾げる。不思議に思いながら次の言葉を待つと、彼の綺麗な口がゆっくり開いた。
「なんか、ここが苦しい」
「え?」
「みょうじさんといるとここが苦しい」
ここ、と手を当てるのは己の胸。胸の位置のシャツを皺ができるくらい握りしめて苦しいと言う。
「すげぇ速くなってうるせぇ」
何でだ?と真剣に聞いてくる姿に口をぽかんと開けてしまう。それから続けてこう言った。
「!!…もしかして、なんか技でも使えんのか!?」
「……」
「田中さんとかがやってたゲームと同じでなんか使えんのか!?」
「いや、何も使えないけど」
「使え、ない……」
使えないと言い切る私にこの世の終わりといった表情をして「じゃあ、病気か…?バレー出来なくなんのか…?」と顔を真っ青にして狼狽える初めて見る姿に可愛いと思うよりも信じられないと驚愕する。だって、その答え分かっちゃった。信じられないけど、もしかしたら分かったかもしれない。
この問いの答えだけは外したくない。そうだといいな、そうであれ、と願い、これは絶対答えを彼に言わなければ自力で正解することは出来ないだろうなんて思うけど、本当に答えを私が教えるの??
「ねぇ」
「っ、!?」
外せない問題だから、確信を持ちたかったから。だから、影山くんの顔を至近距離で下から覗き込んで反応を伺った。だけど、私の答え、当たってた。だって、真っ青だった顔色はほんのり赤く、耳は真っ赤。目を逸らし、唇を強く結んで自身の体幹を使い上体をこれでもかという程後ろへ逸らして私から距離を取ろうとするから。
「ふふ」
「??」
「ふふふふふ…」
「…?」
あーあ、風邪を引いて悪い点を取った過去の私に感謝だ。
「私の下の名前、呼んでくれたら教えてあげる」
気分が上がりまくり、調子に乗った発言をしていることには気づかない。こんなこと、影山くんからしたら数回しか会ってない女に言われたら気分が悪いだろう。なのに、あなたは一度しか名乗ってない私の名前をちゃんと覚えていてその綺麗な口で呼んでくれた。
「……なまえ」