強烈な寝癖

前の席の男は毎日芸術的な寝癖をしている。

「ねえねえ」
「ん?……なに」
「なにその間」
「いや、だってみょうじがそんな顔する時は決まっていつもろくなことねえから」
「そんなことないよ!」

後ろから高い位置にある肩をちょんちょんと叩き、上体だけを反転させ振り向き、私の机に腕を乗せる黒尾はなんとも言えない表情をする。

「そのトサカってさ」
「……」
「ティッシュ突き刺す?」

ずっと気になっていたこと。それを質問するとトサカ頭をガクッと落とし、深く深く息を吐き出された。

「っはぁあ〜〜〜!?なに?喧嘩売ってます?それなら買いますけどぉ〜?」
「……」
「はっ!?お前、なにやって、やめろ!!」

ティッシュを一枚手に取り、椅子に膝を立てて前のめりになる。そして、目的のトサカに腕を伸ばしティッシュを当てる。しかし、私が求めていたものとは違い髪がぺシャリと潰れるだけ。突き刺さらない。

「刺さんないじゃん!!」
「刺さるわけねぇだろ!」
「くぅ…」

悔しがるように机に伏せると、そもそもワックスとかつけてねーし刺さんねぇだろ、なんて言われてしまった。

「何で刺さんないの。悔しい。つまんない。その寝癖は何のためにつけてるの」
「おい」

つまらないなぁ。突き刺さってくれたら楽しかったのに。なんだこのトサカは!何のためにある!!口を尖らせ、椅子に立膝をついた状態のまま、黒尾の髪へ手を伸ばし手櫛で寝癖を直そうと何度もそこを触った。最終的に手のひらでトサカ部分を潰す。

「ちょっとお嬢サン…?痛いんですけど」
「え、痛かった?」
「…いや、そんなに」
「何故、嘘をついた!!」
「はい、もうおしまーい」
「えぇ」

痛いと言われ一瞬離れるけれど、どうやら嘘だったようでまた触り出す私におしまいと手を払われる。しかし、触ってみると意外と気持ち良くて、軽く払われた手をまた戻して同じことを繰り返した。黒尾の優しさに甘えて。こんなことでは怒らないだろうと思ったのだ。だけど、それは私の勘違いだったらしく触っていた両手首を掴まれ阻止された。

「やめろって」

さっきよりワントーン低い声で、雰囲気もいつもと違う黒尾に怒らせたと心臓がドキリと跳ねた。

「…調子に乗りました。ごめ、わっっ!!」

素直に謝ろうと言葉に出した時、両方の手首を掴まれたまま引っ張られ、それはもう鼻がくっついてしまう距離まで縮められる。すぐに身を引こうと上体を逸らすにも上手くバランスが取れない。というか、勢いよく引かれたから前に倒れるのを我慢するので精一杯。

黒尾の瞳が私を捉えてどうすることも出来ず、固まっていると額同士をくっつけられた。くっつけたなんて可愛いものではなく、頭突きされたと言った方が正しいだろう。

「いだッ!…いったぁ〜」
「あなたが悪いんです」
「だから、悪かったって」
「思ってねえだろ」
「思ってるよ!」

解放された両手でぶつけられた場所を摩りながら椅子に座りなおす。前に倒れないように肩を軽く押してくれたから助かった。

「思ってないね」
「だからごめ「そう言うことじゃねーし」…え、どういうこと?」
「そんな簡単に男の髪触んなっつってんの!!」
「…え、なに?乙女なの??」

イラついたように前を向き直した男に首を傾げる。そんなに怒ること?でも、そっか。男の髪を触ってはいけないのか。覚えておこう。うんうん、と頷き頭の隅の方に叩き込んだ。

数秒後。悟りを開いた仏顔で胸に手を当てた黒尾が振り向き、「ソウデス。ワタシはオトメなのデス」と言ったことに余計に意味が分からず凄い角度で首を傾げてしまった。キャラ変?