今日誘った意味

「え?みょうじさん今週誕生日なんですか?」
「そうそう。またひとつ年を重ねちゃったよ〜。そして、今年も一緒に祝ってくれる人は…」

いない。と瞼を軽く下げて落胆とした声で自虐ネタを同僚に披露するが、この生意気な後輩は「まだ彼氏いないんですね」と平然と言ってのけた。

仙台市博物館に勤務して数年。仕事面では充実した日々を送っているのだが、プライベート…というより彼氏に関しては充実していない。最後にいたのだってもう何年も前だ。

最近は結婚、出産ラッシュ。周りで彼氏がいないのは私だけだと焦る気持ちはあるが、同じ会社のひとつ下の後輩くんも独り身だということに心の余裕を持てている。ここの博物館に勤務しながら、仙台フロッグスというバレーボールチームに所属しているVリーガーの月島蛍くん。高身長、顔もイケメンで、雰囲気も悪くない、知的で仕事も出来るこの子に彼女がいないことに驚いたけれど、関わっていく内に出来ない理由がなんとなく分かった。

性格が捻くれているのだ。今も人をバカにしてるような笑みで「誕生日一人なんですねぇ〜」なんて言ってくるし。身長差的に見下ろされてるのが余計に腹立たしい。

「別にいいですよ!一人でホールケーキ食べるので!いちごの!ショートケーキ!!」
「それ、太りません?気にしてませんでした?筋トレしなきゃって」
「誕生日なので、いいんです…」

きょとんとした顔で痛いところをつく後輩にグッと口を結ぶ。いいの。誕生日なんだから、好きなの食べたっていいじゃんか。

「そういえば」
「?」
「みょうじさんの誕生日の日。いちご狩り行こうと思ってて「いちご狩り!?」…はい」

いちご狩り。月島くんから出た言葉に反射的に反応してしまった。だって、だって。いちご好きなんだもん!いちごを狩るのも!!そうかぁ。月島くんも見かけによらずショートケーキ好きだったな。気になる女の子とでも行……はっ!?彼女出来た!?

「で、一緒に行こうとしてた友人が急遽予定入ったみたいなんですけど」
「あ、そ、そうなんだ…」
「一緒に行きます?」
「え?私?」
「それ以外誰がいるんですか」
「!!行くっ!!」

またもムカつく言い方をされてしまったが、そんなことはいちご狩りというワードにかき消され、遥か彼方へ吹っ飛び気にもしなかった。



そして。誕生日当日。ビニールハウスの中はいちごの楽園。

「うう〜、美味しいぃ〜」
「……」
「頬っぺた落ちちゃうよ〜」
「……」
「あっ!このいちご絶対美味しいよ!!ほら月島くんも」
「……はあ、」

40分間の食べ放題。既に40個程度完食している私に対して、月島くんは10個程度。少食なイメージはあったけれど、いちごは果物だけど水分のようなものなんだから食べれるよ!それを思ったまま伝えると「高校時代のバカなチームメイトが言いそうなこと言わないでくれます?」と返された。チームメイトにも私にも失礼だ!そう思ったけれど、いちご効果で気分はあげあげ。今はこんなことで怒ったりしない。

「これ絶対甘いのになあ〜」
「……」

プチッといちごのヘタを取って目の前にそれを持って見つめる。自分で言うのもなんだけど、いちごマスターの私から見ればこれは今日食べた中で一番美味しいだろう。そのことも彼に一応伝える。月島くんに食べて欲しかったけど。仕方がない、自分で食べよう。しかし、そう思った瞬間、手首を掴まれそのまま自身の顔の前にいちごを持っていく月島くん。いちご越しに見える後輩くんは何を考えているか分からない、そんな表情で赤い果実を見つめている。

「…え」

そして。そのままパクリと自分の口へと運んだ。予想もしてなかった行動に間の抜けた声を発してしまう。もぐもぐ口を動かしてから「確かに甘いですね」と言った後、こちらを見下ろし不敵に笑った。

「流石、いちごマスター」
「!?」

ドキリと弾んだ心臓。いつもの苛立ちからくるものとはちょっと違う感覚。

…え?私、いま、月島くんにドキッてした…?

いやいやいや。そんなことない。そんなのあり得ない。熱がこもりそうになる顔を冷やすため必死に普段の生意気な彼のことを思い出す。ただの勘違い。そうだよ。そうそう。いつの間にか追加で10個程食べてしまい、隣にいる後輩はそんな私の姿に若干引いていたことなんて気付きもしなかった。



「ふは〜美味しかったー!もう食べれな〜い」
「あれ以上食べれたら逆に尊敬します」
「え!月島くんが尊敬!?だったらもう少し食べようかな」
「お腹壊しますよ」

今日は月島くんの車でここまで来た。駐車場へと向かう途中、お腹をさすりながら発する私に普段の彼なら言わなそうな言葉を口にする。もしかして、いちご効果!?

「それに、」
「?」
「普段からみょうじさんのことは尊敬してます」
「え」
「……」
「…あ、なんか泣きそう」

明日空から槍でも降ってくるのだろうか。普段の彼からは思いもよらない発言に涙腺が緩む。揶揄ってる訳じゃないよね。そんな顔してないもんね。

「私だって月島くんのこと尊敬しまくりなんだから。頼りになる可愛い可愛い後輩で大好きなんだから」

月島くんが着ているロングコートを軽く掴み、揺らしながら感動の涙声でそう告げる。それには何の返答もなく私が月島くんの常々思っていた好きなところをつらつら口に出すだけ。車内でも可愛い後輩の好きなところトークを黙って聞く彼の隣の助手席で永遠に話し続け、途中「月島くんも私のこと頼れる先輩として大好きだなんて…」という言葉には刺々しい声色で否定されたりもした。

そして、家の前まで送って貰い、最後に改めてお礼を伝える。

「今日はありがとうね。本当に楽しかった!」
「いえ」
「また職場で!!」

車を降り、開けたドアから腰を屈めて中を覗き込むようにして手を振る。ドアを閉め、助手席の窓を全開に開けた月島くんにもう一度「じゃあね!」と別れの挨拶をするとゆっくり口が動くのが見え、首を傾げる。

「あの」
「うん?」
「さっきも言いましたけど、頼れる先輩として大好きではないので」
「アッ…はい」

何も別れ際に二度目の否定をしなくても…。分かったよ。もうそんな自意識過剰なこと思わないから…!下を俯き、シュンと肩を下ろす私に月島くんが淡々と続けて言葉を発した。

「ただみょうじさんが好きなだけなので」
「アッ…は、い?」

ん?んんん?え、え…?いま、え…?月島くん、なに?え?好きって言った?何を言われたのか理解できず固まる私を他所に彼は続ける。

「今日誘った意味。ちゃんと考えてくださいね」

頼りにしてますよ。と念を押され、去っていく大好きな後輩。車が見えなくなってもその場から動けず固まる。ただみょうじさんが好きなだけ。今日誘った意味。ゆっくりその答えを探そうと思考を巡らせること数分。導き出した答えにボンッと顔が真っ赤に染まった。

「う、うそだぁ…」