コヅケンと孤爪くん
「どうも コヅケンです。コンニチワー」
スマホ画面の中には高校の同級生、孤爪研磨くんがいた。プリン気味になっていた金色の髪は今はもうほぼ真っ黒。サングラスをかけ、リオ・デ・ジャネイロから配信していると手を振る孤爪くんはすっかり成長しており、目立つことを嫌がり教室の隅でゲームをしていた彼の面影はもうない。
「みんな驚いてるだろうな〜」
まさか、孤爪くんがこんな有名人になるなんて誰も思っていなかっただろう。でも彼の場合、好きな事をやっていたら有名人になっていた感が強くて間延びした口調でブラジルの様子を伝える元同級生を見ながら頬が緩んでしまった。
一年、三年が同じクラス。隣の席になる機会が数回あって、それなりに他愛もない話もしたりして。でも、その時はこんな堂々としていなかったというか、余裕がなかったというか。とにかく、おどおどしてるイメージだった。話す回数を重ねれば、向こうも慣れて普通に会話をしてくれるけれど、基本どこか落ち着かない様子。
それは卒業するまで続き、もしかしたら私は彼に嫌われていたのかもしれないと今更ながら思った。山本くんとかには普通だったし。流石に同じ部活の人だからっていうのもあったと思うけど、他の男子や女子にも慣れれば普通に接していた。
私達が高二の時の春高応援から、孤爪くんはたくさん話しかけられるようになったからなぁ。なんて、高校時代を懐かしみながら今はもう話しかけることも出来ない世界のコヅケンを画面越しに眺めた。
「ふふ、高校の時好きだったんだけどな」
卒業式の日、告白しようと思ったけど無理だった。誰もいない静かな部屋で自身の虚しい呟きだけが無駄に響く。青春の一ページとして、心に閉じ込めておこうとふっきれたと思っていたが、こうやって今の彼をリアルタイムで見れると知ってしまった日から欠かさず配信動画等をドキドキしながら見ている私はまだ孤爪くんのことが好きなのかもしれない。なんて、未練がましい。みっともない。二十後半の女が高校時代の恋をまだ引きずってるなんて。周りに知られでもしたら、色んなことが、終わる。だから、もう止めよう。今日で見るのは終わりにしよう。
そう誓ったのに。
「なんでまた見てるの……!」
それから一週間。スマホを開ければ、YouTubeを眺めていた。コヅケンの。だって、オススメに出てくるんだもん。見ちゃうよ。それに、孤爪くんの声は昔から心地よくて眠くなるから健康に良いんだよ。安眠出来る。そうだ、眠れる音楽代わりに使わせてもらおう。そうすれば……って流石にそれは止めた方がいい。
気分転換に前から気になっていたカフェにでも行こう。誰と会うわけでもないのに、ばっちり気合いを入れたメイクとお気に入りの服を着る。用意に時間をかけすぎたせいで、外を出ればすっかり辺りは薄暗くなっていた。
コツコツ、とヒールのある靴が出す音に耳を傾けながら歩く。いつもより弾んだその音に気分も上がっていると、不意に違う音が耳に入ってきた。
「……あ」
小さく呟かれた音は私ではなく男の人のもの。誰の声か。それは顔を見なくても分かった。機械越しに毎日聞いている声。実際に聞くのは何年振りだろうか。ゆっくりそちらへ視線を辿れば、そこには高校の同級生、孤爪研磨くんがいた。
「……こ、づめくん……?」
「……うん」
「ひ、久しぶりだね」
「う、ん。……久しぶり」
変装のためか、帽子を深く被っている孤爪くんは学生の頃から雰囲気も姿も凄く変わっているというのに、懐かしさを感じないのは私がいつも動画を見ているからだ。こうやって会うのだって数年振りなのに、「久しぶり」の言葉に少し違和感を覚えるのも同じ理由。
ただ、ちょっと意外だったのは孤爪くんの話し方が高校の時と変わっていないこと。小さな声で話し、目が合うと気まずそうに視線を泳がせる。違うところといえば、髪で顔を隠しながら話していたのを今は結んでいる髪ではそれが叶わず、代わりに帽子で隠していることくらい。この反応、やっぱり私は嫌われているのかも。お仕事頑張って、とだけ伝えて別れようかな。
「……みょうじさんは、この辺りに住んでるの?」
「え」
「別に、無理して、言わなくて大丈夫、だけど……、ご、めん」
口を開こうとする前に先に発したのは孤爪くんで。投げかけられた質問に驚いて、変な声を出してしまった。だって、そんなこと聞かれるなんて思ってなかったから。
「うん。結構ここから近いところに住んでる。孤爪くんは?」
「……おれもこのへん」
「!そうなんだ」
孤爪くんと近いところに住んでたってこと?弾んでしまう程の嬉しい事実にテンションが上がり、つい口走ってしまった。
「じゃあ、いつでも会えるね!」
「えっ」
「……あっ。ち、違くて」
「う、うん」
「違くて、じゃなくて。違くはないんだけど。ちょっとあの、高校のノリで言ってしまったっていうか。孤爪くんと久しぶりに会ったから、ね?高校時代に戻った、みたいな?」
「……」
「孤爪くん、忙しいのにごめんなさい」
自分でも何を言ってるのか分からなくなる。話せば話すほど自爆するため、一呼吸置いて最後に頭を下げて謝罪した。数年振りに好きな人と再会して、この有様。恥ずかしすぎる。でも今日会えたから、踏ん切りついたかも。ちゃんと前を向いて新しい恋を見つけよう。そう決意した。のに、
「そんな忙しくないよ」
「……うそ、だ」
「本当。自分の好きな時間に、色々出来るから。今日だって何もしなかったし。だから、その……、いつでも会える、けど」
「……え?」
「今からは少し仕事入れてるから、あれだけど……良かったら、また今度」
視線は合わないまま。それは昔と変わらないのに放たれる言葉は昔と全然違う。また今度って、そのまんまの意味?また会おうとしてくれるの…?思いも寄らない言葉に数回瞬きをして固まっていると、気まずそうに「無理に、とは言わないけど」と呟き、様子を伺うように俯いて目線だけを上にあげて、所謂上目遣いをされた。
画面越しに毎日見るコヅケンは人前でも堂々としていて、余裕で、どこか遠い存在に思えた。けれど、今目の前にいる孤爪研磨くんはあの頃とは大人びた容姿だというのに、私に話しかける様子は高校の時と変わっていなくて。もしかしたら私と話す時、落ち着きがなかったのは嫌われていたのではなくて、もっと違う意味があったんじゃないか。そう少しプラス方向の思考になり「わたしも、また今度会いたいな」なんて照れくさく頬を染めながら、十代の頃のような若い反応をしてしまった。