わかりずらい

暑い。暑すぎる。新しく買った大風量のハンディファンを顔から浴びて涼しさを求める。顔、首、首裏、最後に耳の順に風を当てれば、高い位置で結んだポニーテールがゆらゆら動く。

「ねえ、ちょっと。風、こっちにくる」
「ああ、ごめんごめん」

私は今、自身の椅子に座りながら前を向き、後席の研磨の机に肘を置いて風を受けている。近い距離にいるため風がいってしまうのは当然だろう。きっと風で自分の髪が揺れ、ゲームの妨げになっているんだ。ちゃんと謝るため後ろを振り向けば、勢いが凄くてポニーテールが思いきりブンッと揺れ動いた。そして、後方の男の顔にバンッだ。

「……あ」
「……」
「ごめん!ほんとごめん!!これ!風、送るから!」
「いらない」

やってしまったと小型扇風機と常備している小さな団扇で風を送れば、ため息を吐かれる。そうだった、いらないんだった。申し訳ない。取り敢えず、落ち着こう。研磨のゲームの邪魔をしないことが一番だ。前を向き、椅子も少しだけ前へ動かし、自分だけに風がくるようにさせた。

そういえば、髪型なにも言われないなあ。初めて髪を縛ってみたんだけど。少しでも好きな人に可愛いって思われたくて。気付いて欲しくて。でも、まあ研磨だし言わないか。付き合ってるわけじゃないし。ただ同じ部活で、ただバレー部のマネージャーってだけだし。頬杖をついて呑気にそんなことを考えていた。首をゆらゆら動かし、アピールしてみるも研磨はきっとゲームに夢中なんだろうな。

「あれ?今日縛ってんのな」
「ん?うん、縛ってる〜。どうでしょう!?」
「どうでしょう、とは?」

何度も左右に頭を動かしていたら、通りかかった男子にポニーテールについて突っ込まれて、わかり易く顔が明るくなる。研磨に言われるのがやっぱり嬉しいけど、男女問わず誰かに気付いてもらえるのは凄く嬉しい。だから、どうでしょう!?なんて感想を聞いてしまったのだけれど、首を傾げて「何言ってんだこいつ」みたいな反応をされた。それに少しムッとしてしまえば、楽しそうに笑われる。

「はははっ!!似合ってる!本当に!!明日からもそれで!」
「そう言われると、ちょっと……」
「なんでだよ」
「まあ、でも嬉しいです!ありがとう!」
「まあ、でもって!?」
「照れ隠しです」

ニィっと歯を見せて笑うと、髪を軽く触られる。結んであるゴムを人差し指と親指で作った輪っかで掴み、そのまま流れるようにポニーテールを毛先まで触れる。揺れた毛先が首裏に当たり一瞬そこが痒くなる。その痒くなった箇所を掌で添え、去っていくクラスメイトに手を振った。

「っ!?」

それから数秒後。掌を離し、ハンディファンの電源を一旦切ろうとしたその時。さっきまで触れていた首裏に冷たい何かが当たり肩を震わせた。

「なに!?え、なに!?」

驚き、この冷たさの原因であろう張本人へ視線を向ければ、何食わぬ顔でいつも通りゲームに勤しんでいた。ゆっくり首元へ手を持っていき、恐る恐る冷たい何かを手に取り確認すると、それは冷感タオルで。なんでこれを首に置いたの?っていうか、これどうしたの?研磨、こういうの持ってるタイプ?など、たくさんの疑問が頭の中で飛び交う。

「これ、研磨の?」

その中の一つを本人に聞いてみれば「クロが渡してきた」の一言。そう、なんだ。何故こんな行動をしたのかの疑問は解けることなく、訝しげに首を傾げて再び前を向き直した。




「暗っ!?なに?電気消えた!?停電!?」

研磨の不可解な行動があった日の放課後。練習終わりに倉庫でモップをしまっていると、中に誰もいないと思った誰かがドアを閉めた。リエーフあたりだ、絶対。

「リエーフあたりが電気消したんでしょ」
「!?び、っくりした。研磨もいたんだ」

確かに停電ではない。晴れてるし。電気のスイッチは外にある。きっと消したんだ、リエーフが。

「急に暗くなるから何も見えない。……いたっ」

奥の方まで来てしまったからドアに近づくまで距離がある。その間、たくさんの荷物が置いてあるから動くのは結構危険。取り敢えず、目が慣れてから動こう。そう思ったのは研磨も同じだったみたく。

「目が慣れてから動こ」
「うん、そうする。研磨、どこにいる?近い、よね?」
「うん、後ろ」
「なっ!?……こ、こわっ!?びっくりした!!そういう言い方良くないと思います!!お化け的な言い方なので良くないです!びっくりしました!」
「……ごめん」
「素直でよろしい!」

っていうか、いつの間にいたの?全然気付かなかった。そう思いながら、立ってるのも疲れるし腰を下ろすことにした。すると、同じく研磨も横にしゃがみ込んだのが空気で分かった。

「ねえ」
「うん?」
「なんで今日、それなの」
「それなのって何が?」
「……髪」
「あ、ああ、髪ね。……暑いから」

それなのって、多分暗闇じゃなくて研磨の顔が見れれば何を指してるのか分かった。視線で「それ」を指していたんだと思う。でもまさかここで髪のことを言われるとは思わなかったから、嬉しさよりも驚きで動揺し、もしポニーテールにした理由を聞かれた場合に準備していた「暑いから」を伝えた。

「ふぅん」

内心ドキドキでどうにかなりそうな私に、ふぅんの一言。興味なさすぎでは?まあ、いいけど。と大分目が慣れてきたから外に出ようと立ち上がろうとしたその時。横から腕が伸びてきてその方向に顔を向けた。そして、気づけばヘアゴムに研磨の指が入ってきて、そのままスルリとゴムごと抜かれる。束ねられていた髪はバラバラに肩へと落ちてきた。

「え…?」

驚きの声を出す私を猫目がジッと捉える。もう相手の顔が見えるくらいには視界が慣れてきた。研磨はゴムを自身の手首にはめてから、髪の間を縫って私の首裏に掌を添える。

「ここ、あんま見せるの好きじゃない」

そう言って、裏からゆっくり触れて首の前側まで移動させる掌にゴクリと喉を鳴らしてしまえば、研磨は少しだけ目を細め「見せるのはおれの前だけがいい」と口角を微かに上げて言った。