吸血鬼になった彼氏に吸われたい

吸血鬼。それは血を吸い栄養源とする、蘇った死人または不死の存在。

「うわ!?めっちゃいい!研磨、めっちゃ似合ってる!」
「全然嬉しくないし、もう脱ぎたい…」
「仕方ないよ〜。研磨がじゃんけん負けちゃったんだからさっ」
「……」

盛大に顔を顰める彼氏に嬉々としてウインクを投げれば、更に歪む研磨の表情。今は文化祭準備期間。私達のクラスは吸血鬼喫茶というちょっと変わったものを出すこととなり、調理係以外の男子は吸血鬼の格好を。女子はメイドの姿をすることになった。何故、女子はメイドなのか。それは男子から明かされない理由があるみたいだけど、とりあえず吸血鬼に仕えるメイドの設定らしい。

そして、意外にも調理係の方がほんの少しだけ人気だった男子はじゃんけんでホールを決めることに。それで、研磨が負けたうちの一人なんだけど。

「大丈夫!研磨、吸血鬼っぽいし!」
「どこが…」
「やる気がなさそうなところとか!血が足りない吸血鬼みたい!自信持って!」
「……」

はぁぁぁ…と深い深いため息を吐く研磨は本当に嫌そうで。なんとか励まそうと言葉を選ぶ。

「私もメイドやるしさ!一緒にホール出来たら楽しくない?」

ほらー!と着ているメイド服を見せるようにその場でくるりと回れば、短いスカートが柔らかく舞う。一緒にやったら楽しいって思わなくても優しい研磨なら頷いてくれるだろうと思っていたが、返ってきたのは「別に」と辛辣なもので。それに少し驚き目を瞬かせてしまえば、視線を斜め下に逸らした彼氏が続けて言った。

「っていうか、それ…」
「それ?」
「……もう少し長く出来ないの」
「長く?……スカート?」

逸らされた視線が私のスカートへ一瞬移され「それ」に当てられてるものが分かった。スカート短いかな?制服と同じくらいだと思うけど。でも、ボリュームを出すためにパニエみたいなのを入れているから普段より丈が短く感じるのかな?

「短いかなあ?」
「うん」
「そっか〜。でもこれくらいが可愛い長さみたくてね!研磨はもっと長い方がいい系?あ、もしかしてメイド服はロング派!?」
「そういうことじゃない」

じゃあ、どういうことだ?考えて数秒。気付いた。もしかして、丈が短すぎて心配してくれてる??そうなの!?

「安心して!中は絶対見えないようにしてあるから!」
「……」
「それと、私は研磨という吸血鬼にだけ仕えるメイドなので!!私の血を吸えるのは研磨だけだか、「ちょっと!?」ブフッ」

凄い剣幕と勢いで口を塞がれる。ここは教室で、さっきまで衣装合わせや内装の準備をしていた。今は休憩中。周りには同じく吸血鬼やメイドの格好をしたクラスメイト達がいて、私の小さくない声に反応した数人の同級生に研磨は焦っていた。

ごめんごめん、と謝罪を入れてからみんなに注目される前に教室から離れた。誰もいない空き教室にそっと入る行動は今から唯ならぬことをするのではないか!?という普段なら考えないことも、この格好をしていたら変な思考になってしまう。不純だ!部屋に入ったついでに思ったままを研磨に伝えれば「なに言ってんの」と呆れ顔を向けられた。

ピタッと音を鳴らして閉めた扉に背を預けながら下へとしゃがみ込む研磨はお疲れのよう。現に「これ着ると余計に疲れる。休憩」と言って、マントを脱ぎ胸元を少し緩める。私も少しキツさを感じていた胸元を開けるため、リボンを解いて一つだけボタンを外す。

「確かにこれで一日いるの疲れそう」
「絶対疲れる……」
「そう言えば、吸血鬼ってどこから血を吸うのかな」
「どこからでも吸えればいいんじゃない」
「それもそうか!研磨だったらどこ?簡単に腕とか?それともやっぱり首とか!?」

そう言いながら自身の襟元を軽く引っ張り首を見せる。すると、研磨のぱっちりとした猫目は微かに細められ、視線だけがこちらに移る。その視線に大きく心臓が跳ね上がり、手に力が入ってしまった。そして、ブチッと嫌な音が二人の耳に届く。

「あぁぁ!ボタンッ!!!!」

二個目のボタンが取れ、床に転がる。瞬時に転がるそれを抑え掌に収めた時、反対の扉から人が入ってきた。向こうは私達に気付いてない。何か荷物を取りにでも来たのだろう。後ろの方で何かを探し始めた。

「わっ、」

特に気付かれても問題はないけど。そう思った瞬間、暗闇が私を包む。これ、マント…?

「け、研磨?」
「それ、ちょっと被ってて」
「うん…?」

そう言われ、大人しく頭から被っていると、ふいに視界に入ったのは大きく開いた胸元。ちょっと見られてはいけないくらいのギリギリのラインまで開けている。見られないように隠してくれたんだって、きゅんとするけど、頭から被らなくても良かったんじゃ?という疑問を抱く。
そして、直ぐに人はいなくなり、室内がシーンと静まった。

「研磨、ありが……!?」

マントを頭から取ろうとした時。いきなり、下から研磨の顔が現れて肩をビクつかせ驚く。急に目の前に来たからこんなに驚いたんじゃない。その目が獲物を捉えるように鋭かったから。思わず息を飲んだ。

「びっくりした…」
「ねえ」
「は、はい」
「そんなに吸われたいの?」
「……え」

数秒意味を考えた。意味を考えたけど、分からなかった。数秒だけじゃ足りない。ど、どういう…。

「おれだったら、ここにする」

意味を考えさせてもらう余裕はなく。ここにする、と指でなぞったのは私の鎖骨。マントで薄暗くなった空間は視覚を曖昧にし、触れられた箇所に過剰に反応してしまう。そして、吸血鬼みたいに鋭い歯で噛む……ではなく、少しだけ痛みを含ませた優しいキスをそこに落とされる。「痕残ったから隠さないとね」なんて愉しそうに笑うその唇から見える歯は吸血鬼のように尖ってみえた。