ハーバードクーラー

「お〜そいよ〜。孤爪く〜ん」
「うわ」

お気に入りのバー。いつもの席。カウンターの上で腕を組み、そこに右頬を預けながら開いた扉に目をやれば、私を見るなり顔を少し歪ませた高校からの同級生がいた。「もう酔ってんの」と言い、同じく自分のいつもの場所に腰を下ろす孤爪くんは私がここに来て最初に飲んだお酒と同じものを頼む。

「さっきまで会社の飲み会だったの〜」
「そうだったんだ」
「まさか、来てくれるとは思わなかったあ」
「まあ。暇だったし」
「世界のコヅケンともあろう御方が!暇なんですと!?」
「帰る」
「ちょちょちょっ…!待って、待って。かえらないで」

寂しい。寂しいから。そう言って、立ち上がった孤爪くんの二の腕を両手でガシリと掴み、お願いすればこちらを一瞥し直ぐ座り直してくれる。

孤爪くんとは高校からの仲。ただの同級生。仲良くなったきっかけは忘れた。でも、まさかこうやって二人で飲むなんて高校の時の私は想像もしてなかったなぁ、って隣にいるその存在を認識しながらお酒を喉に通す。

カラン、と氷同士で音を立たせるようにグラスを動かしその中を見つめてからまた口へと運ぶ。ハーバードクーラー。私の一番好きなお酒。さっぱり、すっきりとしていて、軽く飲みやすい。この暑すぎる時期に飲むのは最高のカクテル。なにより、最後に林檎の香りがほのかに鼻を掠める。これが一番好き。
林檎と言ったら私の中で孤爪くんだ。可愛らしい顔をしていて、可愛い甘い食べ物が好きだなんて、想像通りで可愛い。純粋という言葉とは少し離れている彼の好物が見た目と真っ直ぐな、ギャップのない好物で、それがギャップだと当時の私は誰も理解出来ない思考で一人笑っていた。

肩を並べて同じ飲み物を口にしている孤爪くんは、私がいつもこのお酒を飲む理由は知るわけがない。自分だって、ただの同級生の好物と似ているから好んでしまう理由は知らない。でも、呼んだら来てくれて。他愛も無い話をしながらお酒を飲んだりして。隣にいるだけで安らぐ孤爪くんを思い出すからこれが好きなのかもしれないということは知っている。

「家に帰りたくなーい」
「……」
「みんなで飲んだ後、一人の家に帰るの寂しくない?」
「別に」
「だよね〜」

孤爪君に思いを馳せてから急に現実に戻る。帰りたくない理由は他にある。朝、寝坊したから色々と部屋が散らかっているのだ。次の日に片付けるのが面倒だから家に帰ったらこの酔いのまま片付けてしまう。お風呂に入らないと眠れないし。色々やることが多くて面倒くさい。でも帰りたくない一番の理由はさっき言った一人になるのが寂しいってことで。そういう時は気を遣わない孤爪くんに連絡をする。ライブ配信とかない場合は来てくれる。というか、毎回来てくれる。断られたことはない。

「孤爪くんって、意外とフットワーク軽くない?」
「そう?」
「そうそう。誘ったら、来てくれるしー。断ったことないよねえ」
「なまえが誘ってくるタイミングがいいんじゃない」
「おお!これが噂の以心伝心ってやつ?」
「めっちゃテンション上がるじゃん。噂のって何」

揶揄うように目を細めケラケラ笑い、肘をつきながら軽く手で持ったグラスを口元へ運ぶ仕草は高校の時には見せないものだったから、その変化に少し驚く。こういう驚きは最近度々ある。

「コヅケン」
「なに急に」
「…コヅケンってさ、」
「うん」
「……色気担当なの?」
「……ちょっと意味わかんない」

グラスを置き、無表情のまま目を逸らしそう言う孤爪くんは孤爪くんだった。そう。これ!高校の時の孤爪くん。ホッ。安心した。

それからいつも通り特に意味の無い会話をした。そしてあっという間に時間は過ぎ、眠気が襲ってきたタイミングで孤爪くんから帰ろうと言われる。けれど、最後に一杯、と好きなお酒を頼んだ。そしたら孤爪くんも同じのを頼む。

「家帰りたくない」
「……」

もう一度、声に出して言ってみる。言ったところで帰らなくてはいけない。孤爪くん、泊まりに来ないかな。お持ち帰りしちゃおうかな。なんて、高校生だったら言ったけど、今は言わない。その代わり、

「孤爪くん、一緒に住もうよー」
「……」
「そしたら毎日楽しい。毎日家に帰りたくなる」

まあ、そんなの無理だけど。酔っ払いの戯言だけど。でも、孤爪くんと一緒に住んだらどんな毎日を過ごすんだろうって興味はある。だけど、私は今酔っているので。ゆらゆらの、はちゃめちゃな思考なので。なのに、全然酔ってない男が酔っ払いのようなことを吐き出した。それも楽しそうに。

「いいね、それ。楽しそう」
「ねー。明日から住もうかなあ〜」
「うん、いいよ」
「やった〜」
「時間ある時、荷物まとめといてね」
「……え!?」

意外と孤爪くんってノリいいんだよねえ、なんて呑気に考えて数秒。思いもよらない回答が脳内に侵入してきて声を張り上げてしまった。

「いやいやいや、付き合ってない!私達っ」
「じゃあ、付き合お」
「なにその、ちょっとコンビニ付き合ってみたいな言い方」
「まあ、無理にとは言わないけど」

そう言って、涼しい顔でお酒を最後まで飲み干す孤爪くんに「本気?」と聞けば「本気」と返される。

「わたしのこと、好き、なの……?」
「好きだよ」

しれっと爆弾発言。今までそんなこと一度も……。嘘でしょう?そう思って「それ、本心…?」と聞いたら氷しかないグラスを左右に降って音を鳴らしながら「本心」って返された。

あれ…?私達、ただの同級生……?