毎朝通勤で隣に座るイケメンの素顔

通勤中の電車内で、よくマスクをつけたイケメンと隣になることがある。体の大きい切れ長の目をしたイケメン。顔の下半分はマスクに隠れて見たことがない。私はそのマスクの下、彼の素顔がとても気になっていた。

この時間のこの車両は、それほど混んでいない。ほぼ全員が座ることが出来て、立っているのは数人。今日もまたイケメンと隣り合わせで座っている。私より二駅後に乗ってくる彼。大きな体を少し屈ませ下を俯き、スマホに夢中のイケメンは、いつもイヤホンを付け、外部との世界を遮断している。

最初は少し怖いイメージもあった。けれど、イケメンが離れた場所に座っていた時、乗車してきたおばあちゃんに直ぐ席を譲る姿がとても優しい雰囲気だったため、恐怖心は彼に対して特になかった。


イケメンの素顔、そして最近ではイケメンが表情を変えないでずっと見ているスマホの中身も気になり出している。頭が良さそうでクールなイメージがあるから、やっぱりネットニュースなどをよく見るのだろうか。
それともSNS?友達に勧められてやり始めた少人数と繋がっているSNSを持っている?見る専用で自分ではあまり投稿せず、開くのは数日に一回とか。たまに友人の投稿に出てくるイケメンはレア扱いされて、それで生存確認をされたり?イケメン、生きてた(笑)みたいな感じでコメントが来たりするのかな。


そんなことを悶々と考えながら電車に揺られるのが朝の日課。退屈なんてしなくて、仕事前の憂鬱な朝もイケメン効果で一日頑張れる。イケメンって凄い。でも、マスクの下がとても気になる。昨日も今日も、きっと明日も彼の素顔を見ることは出来ないのだろう。けれど、マスクの下が気になる毎日もそれはそれで楽しい。素顔は分からないけれど、隣に座るイケメンの肩がたまに触れる方がドキドキ度は上であり、とてもラッキーである。

イケメンの素顔は知らないけれど、肩の体温は知っている。脳内で俳句を詠むように何度も繰り返せば、不思議と口角が上がる。私もマスクをしてて良かった、と笑ったことにより動いたそれを正しい位置に戻した。



今日もイケメンは隣に座る。どんなに眠い朝でも眠気なんてどこかにいなくなる。今年一番の猛暑と言われた日でもイケメンはちゃんとマスクはしていて、素顔を見ることは叶わない。

イケメンが隣に座った瞬間。一度だけチラッと横目で確認する。やっぱり今日もマスクの下は謎のまま。残念と思うもそこまで悔しがってはいない。もしかしたら、私は彼がどんな顔なのかを想像することを楽しんでいるのかも。知ってしまったら、この楽しみがなくなるのが少し嫌なのかもしれない。

毎日隣に座る彼に興味は増すばかり。今日も彼についてなにも知ることはないのだろうと思ったその時だった。
隣からキャップを捻る音が聞こえてきた。顔は動かさず、視線だけを動かす。目を大きく見開いて眼球が痛くなるくらい黒目を横に動かせば、マスクを軽く下げ、飲み物を口にするイケメンがいた。ペットボトルを持っている手が見えるだけで、顔は確認出来ない。気になる。とても気になるが、見ることは出来ない。きっと私は今、般若のような顔をしていると思う。

でも、これは最初で最後のチャンスかもしれない。どうであれイケメンの素顔が気になるのだ。だから、私は最終手段に出た。

「ごこほんっ…」

咳払いと共に頭を下げる。そして横を見た。視線はイケメンを見たまま、流れるような首の動きで前を向く。


イケメンだった。普通にイケメン。凄くイケメン。
一息つく前に目を見開いたまま「イケメン」と頭の中で反芻する。その間、イケメンの降りる次の駅に停るため電車は減速し始めた。そして、完全に停止した時、立ち上がったイケメンをもう一度下からチラッと盗み見れば、ペットボトルを持っていない方の手でマスクを上げようとそこに指を引っ掛けていた。かっこいいかっこいい目の保養、なんて思いながら視線を外そうとした瞬間。

「ふっ」

イケメンの口角が緩く弧を描く。小さく笑われた。

「……え」

そして、イケメンが降り、ドアが締まると同時に心の中で叫ぶ。見てるのバレたぁぁぁぁぁぁぁぁ……!と。






「なまえ、ずっと俺のこと見てたよね」
「え!」
「チラチラ見てくる子いるなぁって思ってた」
「気付いてたの!?だってイケメンがそこにいたら、見るのが常識じゃん!あの時、私般若みたいな顔して必死に見てた気がする」
「そうだったの?なまえの方見ればよかった」

通勤電車でよく隣に座っていたイケメンは、今私の隣で楽しそうに声を上げて笑っている。