ちょっと遅めの七夕

研磨の家にお邪魔する前に寄った百円ショップで、ある商品が目に付いた。

「お邪魔しまーす」

音を立てながら引き戸の玄関扉を開けると同時に挨拶をする。手を洗い、家主がいるであろう場所に向かえば「おかえり」と柔らかい声色で迎え入れてくれた。
私はここの住人ではないのに、当たり前のように、さも住んでいるかのような言葉をくれる彼氏が大好きだ。

「なに買ってきたの、それ」

私の左手にあるエコバッグを凝視しながら怪訝な顔をして研磨は言った。絶対にバッグの外からでは中身は見えないはずなのに。本能で自分には面倒なものだと察知したのだろう。ついさっき私を温かい空気で迎え入れてくれたのに、このお買い物商品は迎え入れお断りのようだ。

「笹!七夕でしょ?お願い事しようよ〜」
「えー……」
「お願い!」
「七夕って昨日じゃん。終わってるし」
「それくらい時差時差!」
「……」
「これ凄いの。本物じゃないの。組み立てられるし来年も使える優れもの」

研磨の返事を聞かず、エコバッグから組み立て式の笹を取り出す。少しだけ興味を持ったのかテーブルに右頬を付けてこちらを見つめる姿は猫みたい。そんな猫目に見つめられながら組み立てて出来上がった笹を部屋の隅に置き、次に短冊とペンをテーブルの上に取り出す。

「はい、研磨の分」

書くと言っていない事実を忘れ、なにお願いする〜?と両手で頬杖をついて質問する。のっそりテーブルから頬を離した研磨はペンと紙を手に取り、今度はテーブル上に崩れるように両腕を伸ばし、顎を乗せ、考え出した。その間に私は短冊にペンを滑らせる。

研磨とずっと一緒にいられますように

真ん中に。出来るだけ大きな文字で書いた願い事に、ずっと一緒にいたいと思う相手は無言でその文字を見つめてから自分も書き始めた。なんて書くのかな。もしかして私と同じようなことだったり、なんて思うもその心は綺麗に砕け散る。

早く発売日になりますように

研磨が楽しみにしている新作ゲームのことだろう。これはこれで研磨らしくて好き。ここで私と同じようなことを書いてたら、更に好きが増して大変なことになるからお願い事がゲームで良かったのかもしれない。
私ももう一つお願いしようかな。サンタさん宛に願うような欲しいものを裏面の片隅に小さく書く。キーケースが欲しい。欲しいと思っても自分で買ってまで欲しいと思っていないから、サンタさんお願いします!と七夕だと言っているのに、サンタさんへ可愛くないお願いをする。

叶うように上の方に括り付けるね!と研磨の分の短冊も一緒に笹に吊るし手を合わせお願いする。これで合っているのか分からないけれど、こういうのは十人十色。色んなやり方があっていいじゃないか精神で特に気にしないことにした。実際に七夕も既に終わっているしね。


そして、一週間が経ち、遅めの七夕を満喫することが出来たため、そろそろ片付けようと研磨の家に遊びに来た日にふと思う。研磨は今お仕事中。あと数分で終わるみたいで、それに合わせて片そうと動き始めた時だった。

「あれ?もう終わったの?」
「ん」

人の気配を感じ後ろを振り返れば、猫背の彼氏の姿があった。急遽来た時であっても、私が家に来た時は仕事をしないで一緒にいてくれる。今日もそういう日だった。気にしないで仕事してね、と常に伝えるのだけれど、いつも早めに切り上げてこっちに来てくれる。
そんな彼氏は、何を考えているか分からないぱっちりとした目で私を捉えながら、テーブルの上に小さな紙袋を優しく置いた。

「?」
「あげる」
「え?」

研磨の口から出た言葉に驚く。プレゼントなのだろうか。誕生日やイベント事、記念日以外の何でもない日にこういったものを贈られたことは今まで一度もない気がする。
不思議に思いながら、紙袋の中を覗くと箱が入っていた。箱を取り出し蓋を開け、中身を確認すれば、そこにはキーケースが。

「え、ええええ!?なんで!?」
「欲しかったんでしょ」
「そうだけど!!……え、いいの?」
「うん」
「ありがとう……嬉しい。かわいい。宝物になった。大事に使う。毎日持ち歩くありがとう」

両手でキーケースを持ち胸元へ持っていき、大事にすると嬉しさを噛み締めれば、研磨は柔らかな表情で私を見る。もう一度お礼を伝えようとした時、キーケースの内側から音が聞こえたような気がして、ボタンを外し中を見てみた。

「え?こ、れって……」

開けて直ぐ目に入ったのは、鍵。私のじゃない鍵。私じゃないということは、一人しかいない。

「鍵渡してなかったから」

ふいっと顔を逸らして気まずそうに告げる研磨は、付き合う前に戻ったような反応をする。突然くれたキーケースと鍵。短冊に書いた内容をよく思い出す。研磨とずっと一緒にいれますように。違うかもしれないけど、たまたまかもしれないけど、もしかしたら短冊を見てこの二つをプレゼントしてくれたんじゃないかと都合の良い思考になってしまう。

「ずっと渡そうと思って忘れてたから。キーケースのついで」そう話す研磨からはいつもの余裕が感じられない。そんな姿に、まだこの短冊を眺めていたいと思い、数日笹をそのままにしておくことにした。

そして、翌月になる数日前にようやく片付け始めた。その時、研磨の短冊の裏側に文字があることに気が付く。そこには、とても小さな文字で「なまえとずっと一緒にいる」と書かれていた。