悪いところ、直さなくていいらしい

真っ暗な部屋の中、視界に映るのは、見慣れた天井と見飽きることのない大好きな人の顔。高校の時に染めた金色の髪はもう毛先にしか残っていない。覆い被され、上からその金色の髪が垂れ、顔にかかるのが少し擽ったい。

邪魔だと感じたのは相手も同じだったらしく、鬱陶しそうに自身の右側の髪を乱暴に耳にかけた。いつもの余裕を感じさせないギラついた目が私を捉えて離さない。捕食者の目をしている。肉食動物に食べられてしまう被食者のような気分になり、それらとは違う意味の死を覚悟した。けれど、熱っぽく、優しい声色で名前を呼ばれたら、今ここで死んでも良いかも、とも思ってしまう。優しく触れた唇に応えるように研磨の首に腕を回した。





ゆっくり瞼を開ける。至近距離に気持ち良さそうに眠る研磨の顔があった。少しだけ口が開いているのが可愛らしい。可愛らしいその唇を見つめていると下半身に違和感を覚え、眠る前のことを思い出した。
徐々に思い出される記憶。普段寝起きの悪い私も今日はいつもの倍頭が覚醒するのに時間はかからなかった。

研磨とこういうことをするのは初めてではないのに、恥ずかしさから直ぐ目の前にある首元に顔を埋める。すると、さっきより研磨の体温が直に伝わり、規則正しく吐かれる寝息が近い距離で聞こえ、体に緊張が走った。これは危ない、と距離を取るため離れようとするが、それは腰に腕を回されたことにより叶わない。

「おはよ」
「おはよ、ございます」

視線だけを上に向けると、まだ眠そうに目を半分開く研磨がいた。何で敬語?とふにゃりと笑うのが可愛い。

「そういう気分なの」
「そういう気分なんだ」

いつもの何倍も小さい眠たそうな声でこっちが言ったことを繰り返しながら、腰に回していない反対の手で私の後頭部に手を回し引き寄せ、そこに顔を埋めた。それから何かを思い出したのか口を開いた。

「今日は機嫌いいね」
「うん?」
「寝起きはいつもガラ悪いじゃん」

頭から顔を離し、今度は私の顔を覗き込む研磨の表情はさっきとは別物。全然可愛らしくない。どちらかと言えば、あの時寄りの表情。少し意地悪く笑う研磨はとても楽しそうだ。

「それはもう本当にごめんなさい」

寝起きが悪いのは自覚している。直そうとはしているのだ。そのことを申し訳ない気持ちになりながら伝えた。

「頑張って直していくので」
「え……直さなくていいよ」
「え?」
「朝限定のガラの悪いなまえ、かわいい好き」

そう言って、額にリップ音を鳴らし口付けをするこの人は、本当に眠る前の男と同一人物なのだろうか。「直さないでね」に「うん」と疑問形で返事をすると、研磨は満足気に二度寝を堪能するため瞼を閉じた。