夏祭り

断られるのを承知で誘ってみた。

「お祭り行かない?」
「うん、いいよ」
「え、いいの?」
「え、うん」

自分が誘ってきたくせに何でそんな驚いてんの?とでも言いたげな面持ちをされた。だって、まさか「いいよ」なんて言われると思わなかったから。考える素振りも、渋って受け入れた訳でもない返事に疑いすら覚える。本当に研磨なの……?夏のホラー的ななにかが憑依しているなんてことあったり……?だってさ、暑いし、人多いし、部活終わりだし、本当にいいの?自分から誘っておきながら悶々と脳内で答えを探っていると、それに気付いた研磨は少しだけ瞼を伏せて「別に行かなくてもいいんだけど」とこっちを睨んできた。その言葉に考えるのを直ぐに止めて食らいつくように、行く!行きたい!と声を上げた。


「もう食べれなーい」
「あれだけ食べたらね」
「お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった」
「寝たら置いてくよ」
「置いてかないで!?」

重くなってきた瞼とベンチに腰かけていた体を勢い良く上げて叫べば、小さくふっと笑われた気がした。
お祭り最後のイベントの花火がさっき終わった。それが終わりの合図かのように人々は帰るため歩き出す。来ているほとんどの人が駅を利用するため近寄りたくないほど混雑していると予想ができ、私達は駅から少し離れた道端にあるベンチに腰掛け、落ち着くのを待っていた。

生温かい空気がベタついた肌を撫でる。食べ物の匂い、お酒、火薬、人の匂い、遠くから聞こえてくる無数の話し声らしき音、車の走る音、普段なら感じたくないものもお祭りに来ている今、心地良いと全て美味しく味わえる。でも、隣にいる人は違うみたい。ちらり、と横目で見れば、帰りたそうに眉を顰めていた。


帰宅部である私の夏休みは、バイトをしたり、好き放題遊んでばかりの楽しい日々。家が近いことから自然と小さい頃から一緒に遊んでいた研磨は同い年の私の幼馴染であり、恋人でもある。長年の幼馴染という関係が崩れたのは、高一の冬。研磨のことは小さい頃から好きだったし、初恋でもあった。でも、付き合う、なんて考えには至らなくてただ好きという感情が毎日積もっていくばかり。だから、当然他の人と付き合うという思考にもならなかった。けれど、去年の冬。三年の先輩に断っても断ってもしつこく告白をされた時に、言わば脅しのような、わがままな告白を研磨に告げた。

「好きな人がいるって言っても付き合ってないんだからいいでしょって引いてくれないの!」「私、あの人と付き合いたくない!付き合うなら研磨とがいい!研磨は私があの人と付き合ってもいいの!?」と相手の肩を思い切り掴んで、般若のような顔で必死に懇願した。すると、向こうは少しだけ顔を顰めて「いいけど、そんなにしつこかったの?」とあっさり返事をしてきたのだ。
好きな相手とお付き合いができる。嬉しいことなのに、この時の私は、初めて先輩の話をしたはずなのに既に知っていた研磨にときめいてそれどころではなかった。付き合うということより、知ってくれていた事実に胸をときめかせてしまっていたのだ。
あとからそれら全てをもう一人の幼馴染に話したら、腹を抱えて笑われたのを思い出す。


どれくらい待てば、帰れるんだろう。私は終電までいたい気持ちすらあるけれど、研磨は明日も朝から部活がある。出来れば、早く帰って体を休めて欲しい。もしかしたら、逆に今行っちゃった方が空いているのでは?みんな駅の周りにいるだけで電車には乗っていないのでは?

「けん「ぜっったいやだ」……あ、はい」

どうやらこっちが言葉を発する前に気付いたらしい。自分が人混みの中にいるのを想像したのだろうか。一瞬で殺気立った表情になった。
それから、「暑い……」と言いながらも私の肩に頭を預けてくる研磨は、とてもお疲れのよう。普段なら外でこんな風に触れてこないのに。周りに人がいないとしても来る可能性はあるし、遠くでも多くの人の気配がするこの場所でいつもならこんなことはしない。
そんな研磨に、この空気に、少しだけ流されてしまったのかもしれない。

「あの、さ」
「……」
「今、キスしたいって言ったら、やだ?」

研磨の方は見ず、膝に乗せた自分の手の先を見ながら返答を待つ。肩にかかった重みがなくなると同時に体が強ばる。けれど、なかなか返事を貰えないことに焦って隣に視線を送り、口を開いた。

「やっ、やっぱり外だもんね!ごめんね!」

一瞬だけ横を向き、直ぐ前を向きながら放つ。研磨がどんな顔をしていたかなんて、分からない。やっぱり言わなきゃ良かったぁ。幼馴染としての歴は長いけど、恋人としての歴は浅い。恥ずかしいと両頬を手で覆った瞬間、隣から頬に添えた片方の手を取られ、退かされた。「えっ」と零し、顔を動かそうとした時。唇に柔らかいものが触れる。すぐ目の前には研磨の瞳があって、唇は名残惜しそうにゆっくり離れていく。ふっ、と小首を傾げて力なく笑う研磨に胸がぎゅぅぅっと締め付けられた。好き、すぎる。

「あの、さ。なんで、お祭り一緒に来てくれたの?」
「なまえと一緒にいるの楽しいから」

だいすき、すぎる。