涼しい休日

暑い〜溶ける〜暑くて溶ける〜なんて言っていたのが嘘のように涼しい今日。涼しいを通り越して寒いとさえ感じている。これじゃあ、研磨にくっついて暑いと嫌がられたり、冷房が効いた部屋から出た時に顔を顰める彼氏が拝めなくなるじゃないか。

研磨がいるところはいつも涼しい。冷房が効きすぎて寒いと感じる時もあるくらい。そのせいか部屋の外から来た私に暑がることがほとんどで、たまに「体温高……」と言って湯たんぽ代わりにずっとくっついてきたりすることもあった。それが、この気温じゃ出来ない。今の私の体は冷え冷えなのだ。

「あ。これ借りちゃお」

目に止まったのは研磨のロンT。気温が下がったとしてもまだ半袖でいけるだろうと思ったのだが、どうやらそれでは耐えられなくなった。洗濯物を取り込んでいる時に昨日着たであろう研磨の服を借りようと考えた。これなら寒くない。午前中我慢した甲斐があったとテンションを上げながら上を脱いだ。

「あ……」
「? あ、研磨」
「ごめん」

急に部屋の引き戸が動いたと思ったらそこには研磨がいた。そして、名前を呼んですぐ。謝罪と共にスッと戸を閉められる。別に謝らなくてもいいのに。急いで人の服を被り部屋を出て大好きな人の背に声をかける。

「別に謝らなくていいのに〜」
「……う、わ」
「うわって何!?うわって」
「いや、それ着ると思わなくて」
「今日寒いし丁度いいかなって。借りていい?」
「もう借りてんじゃん」

何着てもいいけど、と言う研磨は私が下着のまま出てくると思ったらしく、まさか自分の服を着ているとは想像していなかったらしい。それで出た「う、わ」だそう。

中性的な顔で男にしてはどちらかと言えば小柄な方だと思うけれど、女の私が着たら小さいと思っていたサイズの服でもちゃんと大きいと感じる。同じ柔軟剤で洗っているに研磨の匂いがして、可愛いと度々思っている彼氏から男を実感させるこの瞬間が意外と好き。

「研磨の服大きいから暖かいね」

袖から手が出ないまま両手を口元に近づけて言う。もちろん下も履いているけど、裾もお尻が隠れるくらいあるから冷えなくていい。気分は上々。軽い足取りで研磨を追い越し、まだコタツが出ていない居間へと向かった。



「う、わ」

そして、今度は私が変な声でそう放つ。大きなテーブルに肘を乗せ、午前中やり半端になっていたゲームを再開し、小さな画面を真剣に見つめ操作していたら背後から気配を感じた。と同時に右肩に顎であろうものが乗ってきたから顔を上げて驚いた。それで出た「う、わ」だ。

「どうしたの?」
「んー……」

突然の接触に驚きはしたものの、この行動自体には特に驚いていない。振り返ることなく敵を倒すことに集中しながら質問をしてみるが、求めている答えは返ってこなかった。プロゲーマーの研磨に普通以下の実力である私がプレーしているところなんて見ても面白くないだろうし、見られていると緊張するって初めの頃は思っていたけど、それももう慣れた。今は何も気にせず無心に敵を倒そうとしている。

「それ一ヶ月前からやってない?」
「やってる。何がなんでも絶対に今日倒すってミッションを自分に課してるから」
「果たせなかったら?」
「ワニに食われる」
「ふっ」

七割、ゲームに。残った三割で研磨と会話をしている。ふっと笑った瞬間、息が直接鼓膜を揺らし、ゲームに向けていた七割の意識が全て耳に持っていかれた。

「あ」
「あー!」

そして、ゲームオーバーの文字。

「あぁぁ、研磨ちょっとだけ離れてて!集中する」
「やだ」
「何で!?」

思わず声が裏返り、大ボリュームで叫んでしまえば、「うるさい」と小さな声で返される。いつもはこんな事言わないし、どちらかと言えばくっついてくれない方が多いじゃん。

「今寒いから。離れたら凍え死ぬ」
「えぇぇ」
「なまえがおれの服着てるからだよ」
「……研磨も長袖じゃん」
「……」

私が研磨の服を着ていようが無かろうが関係ないのでは?もしかしたら甘えた期?なんて考えていたら、今度は肩に額の乗せて後ろからぎゅーっと暖を取るように抱きしめられる。甘えた期?いや、冬眠?

もうゲームなんてやってる場合じゃない。首に研磨の髪が刺さって少し痛痒い。ゲーム機をテーブルに置いて、逃げるように研磨の体に沿って横たわろうとすれば、額が肩から離れる。自分の彼氏の腹を座椅子の背のように扱い、また段々下に移動し足の付け根に後頭部を預けると、何を考えているか分からない無表情をした研磨の顔が下から覗けた。

じぃーっと観察するように猫目がこちらを見つめたかと思えば、そのまま近づいてきて唇同士が優しく触れ合った。研磨のキス、好き。口には出さず、その気持ちが顔の綻びとして出てしまうと、また降りてくる。目を瞑り待ってみるが、なかなか求めているものは来なくて、思わず瞼を開くと、おでこに柔らかいものが触れた。ちゅっと音を立てて離れていく研磨を見開いた双眼でガン見する。

「なんか、王子様みたい」

あまりこういうことしないから。音を立ててすることはあまりないから。普段とは違うことをしてもらったからなのか、嬉しいからなのか分からないけれど、研磨がキラキラしているように見えて思わず王子様みたい、なんて言ってしまう。王子様と言われた研磨は「えー……」と吐きながら今度は両手で私の左右の頬を摘んだり、引っ張ったりしてきた。

「気持ちいい?」
「うん」
「楽しい?」
「うーん、別に」

楽しくはないんかい。私も触りたい。そう思い、両腕を上に伸ばし研磨の頬に触れようとした瞬間、思い切り仰け反られた。触らせてくれたっていいじゃないか。今度は片手だけで更に高く伸ばしてみるが、向こうはもっと遠ざかり、なかなか触れさせてくれない。けれど、その体勢が辛くなったのか、元の位置に戻った時勢いよく腕を伸ばしてみた。

「!?」

頬に触れようとした時、顔を横に向け、手首をガシリと掴まれる。そして、手のひらに唇を押し付けられた。最後には目を細め、妖しく笑う。

「反則!反則、それ!もう、今からゲームする」
「えー……まあ、いいや」

ドキドキして大変なことになるとこだった。直ぐに研磨から離れ、体を起こすと向こうは納得いってないような声を上げた後、いいやと立ち上がった。何がいいんだか。ここから出るのか、歩き出す研磨の後ろ姿を眺めていると引き戸に手をかけると同時に顔だけをこっちに振り返ってこう言った。

「毛布持ってこようと思うんだけど、来る?」

毛布とは寒くて先日出したものだ。別に私が行かなくても一人で持ってこれるよね?というか、

「ブランケット、ここにあるけど」

しかも大きめの。昨日だってこれ使ってたじゃん。わざわざ寝室行ってまで取りに行かなくて……も……。
そこまで考えて質問の意図を理解した。

「なまえも来る?」

口元に緩く弧を描き、もう一度誘ってくる研磨にさっきまでの寒さが嘘のように体温が上がる。そして、ゆっくり首を縦に振り、こちらに少しだけ伸ばされた手に自分の手を重ねた。