一番仲良しなおともだち

初めて自分から友達になりたいと思った男の子がいた。目立つ金色の髪をしているのにいつも自分の席に座り静かにゲームをしている。かと思えば、運動部に所属していて放課後になると汗をかいて体を動かしている、そんな謎の多いクラスメイトの孤爪研磨くんがずっと気になっていた。

学年が変わり、高校生活も二年目に突入した初日に彼の存在を認識した。孤爪研磨くんを初めて見た時、何故か心が惹かれた。かっこいいとか、気になるとか、好きになったとかいう言葉より惹かれたという方がしっくりきた。これが世にいう一目惚れというものなのか。

週に一度の放課後のみ活動している部に所属している私はほぼ帰宅部のようなもので、もちろん朝練などもないから、のんびりゆったり登校出来る。私より数時間早く学校に来ているであろう朝練のある部の人達は、教室にはいつも時間ギリギリになって入ってくるのが日課。
けれど、今日は私の方が遅かった。

「寝坊?」

机にカバンを置き、そこに手をついて肩で息をしていると、後ろから声をかけられた。心が惹かれた相手、孤爪研磨くんだ。

「……っそ、そうっ!……お、はよ」
「おはよう」

時間がなくて直す暇がなかった前髪を手櫛で整えながら息切れの挨拶をすれば、猫目がじぃーっとこちらを見つめてくる。下から覗くその目にどこか身だしなみに変なところがあるのだろうかと焦った。

「えっ、なに?なんか付いてる?」
「うん。ここ、跳ねてる」

自分の前髪の分け目、中心部分に指を軽く当て伝えてくる研磨くんに直ぐに自身の前髪に手を添えてみたら、ちょんっと重力に逆らって浮き上がる触角みたいになっていることに気が付く。急いで水道に行けばまだ間に合うかな?と思ったけど、時計を見た瞬間、チャイムが鳴ったため大人しく自席に腰を下ろすことにした。



二年生になって半年が経った。気になる男の子とは向こうから話しかけてくれるくらいには仲良くなれた、気がする。どうしても研磨くんと仲良くなりたくて、始業式初日から頑張ってみたもののなかなか心を開いてくれなくて、それでもウザがられない程度に声をかけにいったら、他愛もない話を出来るくらいには仲良くなれた、気がする。

名前で呼んでいるのもバレー部の人達がそう呼んでいたから。呼び方で変わるものじゃないけど、なんとなく距離は縮まるような気がして「研磨くん」と言ってみたら普段から大きな目をまん丸にさせて驚きは特にしなくて、ただ一瞬だけキョトン顔をしてから直ぐ無表情になっていた。
そんな反応をされたのをふと思い出していたら、一瞬で朝のSHRが終わる。跳ねている前髪を手で抑え、後ろを振り返って質問してみた。

「そういえば、日曜日部活お休みなんでしょう?一緒に遊びに行かなーい?」
「……どこから聞いてきたの、それ」
「バレー部の背の高い一年生が大きな声で話してるの聞いた!」
「ああ」
「うんうん!」
「やることあるから遊ばない」

きっぱり断られてしまった。まだ休日遊べるくらいには仲良くなれてないらしい。やることとは、きっとゲームなのだろう。研磨くんの貴重なゲーム時間を邪魔してはいけないと納得する。

「あのさ、」
「?」
「い「あ!孤爪ー!!」……」

研磨くんがなにか言おうとした時、いつもクラスの中心にいる女子集団が彼の名前を呼んだ。グループのうちの二人がスマホを持って近付いてきて、遠く離れたところで残りの子達がこっちを見ていた。

「こないだ話してたやつ!これどうやんの!?この先が進まないんだよぉー!!」
「……どれ」
「これこれ」

名前を大きな声で呼ばれて一瞬眉を顰めたものの、自分の机に置かれたゲームアプリが開かれたスマホ画面を覗き、端的に分かりやすく、それでいて丁寧に説明する研磨くん。人のスマホの中身を勝手に覗いちゃだめだと視線を外し、姿勢を正して前を向いた。

背後から届く楽しげな声。女子の的外れな言葉に吹き出す研磨くん。太ももに置かれた手は力が入って二つの拳を作ってしまう。あんな風に私に吹き出すような笑いを見せてくれたのは話すようになって数ヶ月が経ってから。この子達が研磨くんと話すようになったのはここ最近だと思う。今まで話したことなんてほとんどなかったと言えるのは、私がずっと研磨くんにウザいくらい絡みに行って一緒にいたから分かるのだ。
こんなに早く研磨くんと仲良くなれることが羨ましいと共に少しジェラシーを感じているのかもしれない。そう思う自分がとても嫌だ。

「ねえ、日曜バレー部休みなんでしょ?少しでいいからゲーム教えてよ〜!」
「やることあるから遊べない」
「ええー」

日曜日と聞こえた瞬間、ドキッと心臓が跳ねた。ここで彼女達のお誘いに乗ったら悲しくて落ち込む、と思ったけれど、私がもらった回答と同じでホッとすると同時に自己嫌悪に襲われる。性格悪いな、って。友達相手に余裕がなくなるし、人と比べちゃうし、クラスメイトの嬉しい出来事じゃないことを聞いて安心したりする。私、最低だ、とネガティブの海の底の底まで気持ちが沈んでいく。

そして、後ろの席から聞こえてきた楽しげな話し声が止まる。終わったのだろうか。静まったその場所から「ねえ」と声をかけられた。

「な、なに?」

あまりの気持ちの落ち込み具合に挙動不審で返事をする。射抜くような、全てを見透かされているような目を向けられ、少し怖い。と思ったら、ふいっと逸らされてしまう。その様子に落ち込みより疑問が勝り、首を傾げた。

「日曜日」
「日曜日……?」
「……家、来る?」
「…………え?」

別に用事あるならいいけど。無理して来なくていいし、丁度昼間は家に誰もいないから気を遣わなくても大丈夫だから。そうブツブツ小さな声で言葉を並べる研磨くんにぽかんと口を開けてしまえば、「なにその顔」って呆れられる。

「い、家?」
「……」
「やることあるから遊べないって……」
「遊べないじゃなくて、遊ばないって言った。でも家でゲームするだけだし、来たらって思ったの。ゲームするでしょ」
「する、けど」
「で、来るの?来ないの?どっち」

苛立ちが含んだ急かされた質問に慌てて「行く!」と前のめりになって返事をする。わかった、と小さく放つ研磨くんは少し照れているようにも見えて、こっちまで照れが伝染してくるようだった。

「でもいいの?」
「なにが?」
「あ、いやっ、その……私が行ってもいいの?休みの日まで会ってくれるの?」
「……嫌だったら誘ってない」
「そ、そう」

嬉しい。嫌だったら誘ってない。研磨くんのその言葉を頭の中で反芻しながら再び体を前に向き直した。背筋を伸ばし、にこにこで今までしたこともない次の授業の予習なんかしちゃったりして。口元を両手で覆い、ニヤける顔を隠したりしちゃったりして。早く日曜日にならないかなぁ、なんて願っちゃったりしていたら、背中をつつかれ、また後ろを振り向いた。

「そう言えば、なまえの家ってどの変?」
「……へ」
「え、じゃなくて」
「……いま、名前呼んだ?」
「呼んだけど。そっちだっておれのこと名前じゃん」
「そう、だけど。今まで名前呼ばれたこと……」

そういえば苗字でも呼ばれたことなかった気がする。いつも「ねえ」とか「ちょっと」とかだったし、よく考えてみたら一度も呼ばれたことがない。

「だから家どの変なの」
「名前で呼んだ!もう一回呼んで!」
「……やだ」

もう知らない。そう言って私の片方の頬を手のひらで押し、強制的に前へ向けさせようとする研磨くんが今日も大好きだ。