年に一度の大好きな人の日
「けーんまくーん、遊びに来たよー!!」
数年前にいただいた合鍵を使って玄関を開ける。ガラガラと音を立てて開いた扉の向こうからは何の反応もない。いつものことだ。居間か、ゲーム部屋か、寝室か。どこかに行って研磨に会えば、何か反応を貰えるだろう。
今日は彼氏の誕生日前日。前夜祭をしようと仕事終わりに家にやって来た。敷居を跨ぎ、研磨の姿を探そうとするもいつもと違う家の雰囲気に違和感を覚える。物音もしないし、なんか気配も感じない。首を傾げ、一番初めに居間へ行き、その後にゲーム部屋へ赴くと探していた人物がそこにいた。
「研磨!?えっ、どうしたの?」
「……」
やっと見つけた研磨の姿。普段なら椅子に座ってゲームをしているはずなのに、今日は床にうつ伏せで倒れていた。
「…………しぬ」
「え!?死ぬ!?」
「うるさい」
「え!?うるさい!?」
「だるい、頭いたい、静かにして」
「……」
並べられた言葉にそっと研磨の額に手を当てる。うわっ、あつ……!
「ベッド行こう、熱あるじゃん」
「歩けない、歩きたくない」
「歩けない!?やばいじゃん!ちょっとどうしよう!?」
救急車ーーーーー!!と天井に向かって叫べば、手が乱暴に口元に覆い被さってきて「帰って……」と言われた。そんなとても辛そうな姿に「可哀想……」と声を出すと「もうツッコミたくない、寝る」って体をゆっくり起こし、寝室に向かって行く研磨の後ろをついていく。
「なにか食べたいのある?」
「うーーん…………りんご」
「……りんご」
「うん」
か、かわっ……かわいい。りんご。りんご食べたいんだ。さっぱりしてるもんね。しゃりしゃりしてるもんね。今すぐ剥いてくるからね。待っててね。
明日の誕生日に向けて作ろうとしていたアップルパイの材料からりんごを取り出し、それから家にあるものでお粥を作り、常備してある風邪薬を持って行った。だるそうに食べれる分だけ食したのを確認してから、他に必要なものや食べれそうなものを買いに外へ出る。熱を測ってみたら、そこまで高いわけじゃないから食べて寝て、体を休めれば直ぐ治りそう。
再び家にお邪魔し、こっそり寝室を覗いてみると、目を閉じ眠る研磨の姿があった。冷えピタを買ってきたけど、わざわざ起こすのは可哀想だと台所へ行こうとした時、名前を呼ばれた。
「なまえ」
「ごめん、起こしちゃった?」
「うん。うるさかったから」
「え!うるさかった!?」
「なんか気配がうるさかった」
気配がうるさかったとは?どういうこと?ダルそうにムクリと体を起こした研磨に冷えピタを持って行く。
「冷えピタ貼る?」
「うーーーん」
「冷たいのがピタッと来られるの好きじゃないでしょう」
「まあ、うん」
でも熱いからお願い、とおでこを出す研磨が可愛くて抱きつきたくなる衝動を抑え、ゆっくり貼ってみたら「う」と声を出された後、お礼を言われた。
「なまえ、明日も仕事でしょ。おれは大丈夫だから」
「ええ……」
「風邪うつしそうだし」
「!!研磨の風邪ならも「らわなくていいから」……」
それだけ言って再び布団の中に入ってしまった。ここで、帰ってと直接言わないのが研磨らしい。今日と明日が仕事で明後日が休み。研磨の家には二泊する予定だった。風邪引いてる時に一人で寂しくない?日付変わった瞬間に直接お祝いしたいじゃん。って言ってもそういう歳じゃないでしょ、なんて返されると思う。
じゃあ、帰ろうかな。明日の夜もここに来る約束だし。お祝いはその時直接出来るし。そう結論を出し、寝室を出た。
そして、夜。0時を回り、研磨の誕生日を迎えた。一人、部屋の隅で体育座りをし、スマホで時間を確認する。研磨にボイスメッセージでも送ってみようか。うるさいと、頭に響くと体調を悪化させてしまうだろうか。そんなことをグルグル考えていたら、どうやら三十分が経ってしまったらしい。そろそろ寝なきゃ明日がもたないと思った時。
「えっ……なまえ?」
「あ、おはよ〜〜体調どう?」
眠気が襲っている途中で研磨が起きてきた。私がいるのは自分の家ではなく、研磨の家の居間。そろそろ帰って寝ないと、と考えたところで見つかった。
「なんで、いるの……?」「帰ったんじゃ……」と困惑した表情をされる。帰った方がいいみたいなことを言われたのに、まだいるから呆れられたり、ウザがられたりされたらどうしようと焦り、言い訳みたいな言葉が口からスラスラ出てきた。
「いや、あの〜〜〜やっぱり、一人じゃ寂しいかなって。あ、やっ!勝手にこっちが思っちゃっただけなんだけどね、私は風邪引いた時、一人じゃ心細いから!風邪引いたら研磨にずっと抱きしめててもらいたいタイプだから!ごめん!勝手に居座っちゃって!!……あ、というか体調はどうなの!?」
「寝たら、だいぶ良くなったけど」
「そっか、よかったぁ!誕生日前日に熱なんて…………あ!?」
「……」
「今、十六日!!」
「そうなの?」
「そうだよ!0時すぎたの!」
そんなに寝てたのかといった表情をしながら瞬きを数回繰り返す研磨の元へ近付き、向こうの両手を握る。
「お誕生日おめでとう」
年に一度しかない大好きな人が生まれた日。おめでとうの言葉にいろんな感情を乗せて伝えることが出来た。
抱き着きたい気持ちを抑え、両手をギュッと握り締めれば、眉を顰め、顔を背けられてしまう。「ありがと」と横を向いて放たれた言葉に頬が緩むと、こちらを見直した研磨が険しい顔をして「風邪引いてなかったら抱きしめられたのに」と不機嫌そうに吐き捨てた。