隠し事と勘違い

高校の時にクラスメイト達と海に行った。そこには何故か部活で忙しいはずの孤爪もいたのは、今でもいろんな意味で信じられなかった。

「あつーい、焼ける。焦げる」
「海に入ってるの、ほんと尊敬する」
「ね。孤爪は入りに行かないの?」
「行くわけない」
「てか、何で来たの?」
「……なんとなく」
「ふーん」

友達が持ってきたパラソルの下を占領しているのは、海で楽しそうにはしゃぐみんなを見つめる私とゲームをしている孤爪。友達が持ったきたというより、たまたま車で来ていた友達の姉カップルが貸してくれたもの。
溶けたかき氷を飲み物のようにして口に入れる私の横で孤爪はスマホをいじっていた。ほんとに何で来たの?こんな暑くて、人の多い場所に。なんとなくで来るようなところでもないだろうと思いながら、食べ終えたかき氷の容器を置き、レジャーシートの上に仰向けで寝転がった。

「スクール水着で来ようとしたらみんなに止められたんだよね」
「だろうね」

みんなと遊びたかったから可愛い水着を買いに行ったんだ〜なんて言おうとしたけど、こういう話をしたら孤爪が反応に困りそうだったから黙ることにした。しかも今の私の格好は紫外線カットのパーカーを羽織り、下はジャージ。全くもって色気がない。まあ、孤爪相手に色気を出したところで、というのもある。そういうの興味無さそうだし。

「このパラソルから出たら焼け焦げるな」

海に入りたい気持ちはそこまでないけど、砂遊びはしたい。でも日焼けが一番したくない。

「みょうじこそ入ってくればいいじゃん」
「孤爪を一人にしていけないよー」
「……」

なんて言えば、無視される。いつものことだ。

「私、塩よりマヨネーズ派なんだよね」
「どういうこと?」
「海って塩の味するじゃん。マヨネーズだったら行ってたのになって」
「……」

と言えば、うわぁと引いた顔を向けられた。

「まあ、冗談でさ〜日焼けがねぇ。お義姉さんに若い時からちゃんと紫外線対策した方がいいってマジ顔で言われたの」
「……ああ」

お義姉さんというのは実兄のお嫁さんだ。私には年の離れた兄がいて、それはもう大好きでかっこよくてブラコンの域を超えたレベルで惚れている。それを以前孤爪に話したことがある。ちょうどその時、血の繋がっていない兄へ片想いする妹を主人公とした小説にハマっていて、それに自分を重ねて話したことがあったのを今思い出す。
きっとお義姉さんは私にとって恋敵だと孤爪は思っていると予想する。だから今も微妙な反応をもらったのだ。

「お兄さん、帰ってきてたの?」
「まだ。来週、帰ってくるって」

ゲームを置き、私と同じように仰向けでレジャーシートに背を預ける孤爪に抑揚のない声で返事をする。帰ってきたの?と聞いたくせに私の返答に興味無さそうな「ふーん」をいただいた。

「興味ないでしょ」

カラフルなパラソルを通して眩しさを届ける太陽の光に目を細めながら呟く。「うん」って返してくるんだろうな、とツッコミを入れる準備をしていると、予想もしていなかった言葉が返ってきた。

「あるよ」
「だろうとおも…………え?」

あるよ……?ある、の?まあ、うん?……そうなんだ。興味あったんだ、意外。なんて放たれた言葉の意味を理解しようともしなかったら、続けてこう言われた。

「みょうじのことは結構なんでも気になる」

言っている意味がわからない。思考が追いつかない。ゆっくり横を見ると、猫目をジィッとこちらに向ける孤爪がいた。

「今日だってみょうじがいるから来た」

そう言うと同時に腕が伸びてきた。瞼を瞑る暇もなく、ただ目を見開いて硬直していると、横を向いたことにより口元に張り付いた髪をそっと優しく指で退かしてくれた。

あれ……。もしかして。もしかすると……と今まで一度も考えたことがなかったあるコトが頭を過り、脳内を占める。けれど、それだけ言って満足したのか起き上がり、何事もなかったかのようにゲームを再開する孤爪に私は幻覚を見たのかと思い、その自分の思考を信じて疑わなかった。さっきのは暑さにより起きたバグった脳の仕業だ、と結論付けた。



なにかと縁のある私達は高校を卒業してから、進学した大学も同じだった。そして大学生活一年目の夏、大人数で海に来ていた。パラソルの下を占領するのは、私と孤爪。
「あづい……」と伸びた髪を結んで、死んだ顔をする孤爪に、なんで来た?とツッコミたくなる。きっと聞いたら、私がいるから、なんて言われてしまうかもしれない。自惚れすぎるか?あれから二年は経っている。あの海以降、そういった会話もなければ、そういう雰囲気もない。普段通り他愛もない話をしてきた。でもまあ、あれは幻覚だから。本当にあったことじゃないから自惚れもなにもないかと自己解決する。

それでも、幻覚だとしても、あれ以降孤爪に対し意識してしまってる自分が恥ずかしくて、一緒にいると常に穴を掘って入りたくなってしまう。

かき氷でも買ってこようかな。ここで二人でいると変なことを思い出す。幻覚だけども。そう思い、重い腰を上げた時、手首を掴まれた。

「ねえ」
「え……」

ギクッと肩が跳ねる。まるで悪さをした子供のような気分。獲物を捕え、逃がさないと言っているような目が少し怖い。

「今もお兄さんのこと好き?」

あの時のことがなかったら、何も考えず素直に首を縦に振っただろう。でも今は……

「好き」
「……」
「だけど、兄として好き」

そう言うと猫目が少し大きくなった気がした。「というか最初からお兄ちゃんとして好きなんだけど……。決して恋愛の意味での好きじゃなくて……」と目を泳がせて、座っている孤爪の方へチラチラ視線を送ると、さっきより更に目を大きく見開いて「は?」と聞いたことのないドスの効いた声が耳に届いた。