不器用な愛

何かあるといつもここに来る。仕事で失敗したり、嫌なことがあったり、いろんなことで悩んだりした時とか。そういう時はいつも研磨の家に来てしまう。
でもそれも半年前には終わらせた。そして、今、半年ぶりにここへ一人で来ている。理由は、彼氏と喧嘩したからだった。

「温かいお茶が飲みたい」

インターホンを鳴らして出てきたのは面倒くさそうな顔をした研磨。一人でやって来たことにまた何かあったのかと目を細めながらも居間のテーブルに頬をつけて項垂れる私に温かいお茶を持ってきてくれた。
会うのは久しぶりではない。クロと三人ではちょこちょこ会っていた。一人で来るのが半年ぶりなだけ。

「……浮気してた」
「ああ、あのお金貸してるっていう?」
「そう。でも研磨に言われてからはもう貸してないよ。そしたら今日彼氏んちに行ったら知らない女の人と寝てた」
「うわぁ……」

マグカップに淹れてくれたお茶を啜りながら瞼を閉じて説明すれば、あの時の光景が浮かんでくる。首をブンブン振り、頭から消し去ろうと必死になっていると、向こうが先に口を開いた。

「別れないの?」
「……」
「……」
「結構好きだもん。顔もタイプだし。お金を借りたり浮気するところ以外は全部いい」
「その二つがかなりダメじゃん」
「……もうあの人以外好きになれないもん」

そう言ってまた頬をテーブルにつける。向こうからは顔が見えないようにする。
研磨とは幼馴染だ。その幼馴染の言っていることの方が正しいのは分かっている。だけど、やっと好きになった人だもん。これまでも何人かとお付き合いしたけど、半年ももたなかった。
それに、あの人といると研磨への想いが忘れられる気がする。きっとあの人と別れたらまた研磨のことが好きになって苦しくなる、なんて考えてる私の方が悪人だと今思った。

大学の時に研磨に告白をした。返事はノー。理由は、彼氏っぽいこと出来ないし、私を優先出来ないし、おれと付き合ってもつまらないと思う、私にはもっと良い人がたくさんいるから、だった。私のことはどう思ってるの?という質問には「好きだけど」と返してくれたけど、その好きがどっちなのかは教えてくれなかった。幼馴染としてなのか、違う意味でのものなのか。今となっては幼馴染としての好きだと分かっているけど……。


まだ彼氏がいる立場で幼馴染とはいえ、異性の家に来てしまう私も彼氏と同罪だ。いや、私の方がタチが悪いか。最初はちゃんと好きになろうとしたし、実際ちゃんと好きになったけど、心のどこかには必ず研磨がいて。無意識の内に好きな人を忘れるために付き合っていた部分があった。
私の方がダメじゃん。最低じゃん。彼氏と辛いことがあったからって男の家に来るのも、振られた相手の元へ泣きつくのも、彼氏と研磨に対して失礼すぎる。

心が沈み、泣きそうになる顔を隠すため、今度はテーブルの上で組んだ腕に伏せた。

「ねえ」
「……」

ずっと黙っていた研磨が口を開く。起き上がるのも面倒で伏せていれば、気にせず続きを話し出した。

「おれが頑張ったら、こっち来てくれる?」

……え?どういう……?突然、訳の分からないことを言われ、顔を上げ、目を見開いて研磨を凝視してしまう。

「だから、頑張ったらおれのこともう一回好きになってくれる?って聞いてんの」

もうその彼氏以外の男好きになれないの?おれ、お金貸してなんて言わないし、困らせないし。浮気も絶対にしない。なんてスラスラ言葉を並べてくる研磨に、ようやく脳が正常に動き始めた気がした。

けれど、正常に戻れば戻るほど、自分の都合の良い解釈になる。そもそも幻聴?と自分の耳を疑った。信じられない、なんてパチパチ目を瞬かせていれば、ムッと口を尖らせた研磨が続けてこう言った。

「おれ、ずっと好きだったから。告白される前から。でも、なまえには幸せになって欲しかった。おれなんかと付き合うより、なまえにはもっとたくさん良い人いるって思った。なのに、男見る目ないんだもん。おれ含めなんでそういう人達を好きになるの。意味わかんない」

なに、それ……。そんなの言ってくれなきゃ分かんないじゃん。

「告白断っといて都合の良いこと言ってるのは分かってるけど、他で幸せになれないならおれのとこ来て」

だから別れてよ。そう言ってこっちを見つめるこの世で一番大好きな人の顔が今は憎くて憎くて、愛おしかった。嬉しいはずなのに今は感情がぐちゃぐちゃで。

「だったら告白した時にそう言ってよね!?頑張ったらおれのとこ来てくれる!?そんな都合のいい話があるか!!」
「……」
「でも、誰もが認めるどんな最高な彼氏がいたとしても、私は研磨の隣でしか幸せになれないんだよぉぉぉー……!」
「!?」

うわぁーん、と堪えていた涙が溢れ出る。忘れようとも消そうとも出来なかった研磨への想いが涙として溢れ出る。それを泣き出した私に驚きながら研磨が優しく掬ってくれた。