友達ランキング一位

「倫太郎」

俺をそうやって呼ぶ異性の友達は、昔も今も目の前にいる女だけ。ほどよくアルコールの入った酒を美味しそうに飲み込むそいつは凄く幸せそうだった。

「そんなぐびぐび飲んで大丈夫なわけ?」
「だいじょーぶ。私、お酒強いから。倫太郎も知ってるでしょう?」
「そうじゃなくて」

彼氏が心配するだろって意味。男と二人で酒を飲みまくるって彼氏はいい気しないだろ。そう口にしようとしたけど、止めた。きっと俺の心をズタボロにする言葉が返してきそうだったから。自分の身を守るために口を結べば、首を傾げたそいつは無邪気な笑顔を見せてくる。

「倫太郎は私の一番の友達だから大丈夫」

せっかく自分で守ったのに一瞬にして切り刻んできやがった。言わなくてもバレる、顔に出なくてもバレる。こういうところは鋭いくせに、俺がずっとお前に抱いている感情はいつまで経っても気付いてくれやしない。

「……どーも」
「なんか嬉しそうじゃない!」
「嬉しくねぇーし」
「えぇ〜」

またまた〜とふざけて笑うなまえのその顔が昔から好きだった。いつも俺の中にあるマイナスの感情をどこかに飛ばしてくれる。この顔だけじゃない。声や表情や雰囲気、口から出てくる言葉ひとつひとつ、なまえの全てが好きだった。

いつ好きになったかなんて覚えてない。気付いたら好きになってた。気付いたら好きになってたってよく聞く話だけど、まさか自分もそうなるとは思ってなくて、なまえへの気持ちを自覚した時は思わず笑ってしまったのを今でも覚えてる。

自覚した時も、今も、いつだってこいつには途絶えることなく常に彼氏がいて、いつも幸せそうだったから告白なんて出来なかった。友達である俺を好きと言ってくれるから、それ以上の関係に進む言葉をずっと告げられないでいる。

別れてくんねぇかな。そう思う度、罪悪感に蝕まれた。コロコロ彼氏が変わるなまえに「別れたら次、俺と付き合って」なんて冗談交じりの約束をすることも出来ず、付き合った報告を受けると同時に前の男と別れたと知らされる俺に付け入る隙なんてこれっぽっちもない。

「そういえば、この間おにぎり宮に行ったんだ。久しぶりに食べさせてもらったけど、やっぱり美味しかった〜」

普通シメに食べるであろうおにぎりを口に運びながら、思い出したかのようになまえは言う。

「珍しいね。侑いなかった?」
「いなかった!ちゃんといない時間帯を狙いましたので!」
「はは、避けられてんのウケる」
「だって、角名の彼女って呼んでくるんだもん。高校の時からずーっとみょうじなまえですって言ってるのに」
「いいじゃん。もう諦めれば?」
「良くないよ!倫太郎は私の一番の友達なんだから。それに倫太郎だって嫌でしょ」
「別に」

頬杖を付いて相手を見つめながら、感情が含まれないように返事をするけど「えぇ〜」といつものように軽く流される。ここで一歩踏み込んだことを言えればいいんだけど、それが出来たら今俺はなまえの一番の友達としてここに座っていなかったかもしれない。おにぎりの次にお茶漬けを頼み出した好きな女を前に有り得ないタラレバを脳内で吐いた。

なまえとは高校に入学してからすぐ仲良くなった気がする。双子にはよく「角名の彼女」と呼ばれ、あまりにも嫌そうにするなまえに治の方はその呼び名を止めて、きちんと苗字を呼ぶようになった。治は二年で同じクラスになったというのも大きいだろうけど、違うクラスで接点のない侑は変わらずその呼び名を使っていた。

それが理由で当時付き合っていた彼氏と揉めたと聞いたことがある。その時は内心、侑ナイスと一瞬思ったけど、あまりにも落ち込むなまえを見てそう思った自分に凄く後悔したし、苦しくなった。
「角名の彼氏」と呼ばれてなまえが嫌がることでなのか、彼氏と揉めて落ち込む姿を見てしまったからなのか、なまえが悲しんでいることで、苦しくなったのか。理由は分からなかったが、とにかく二度と「ナイス」なんて言って喜んだりしねぇとは思った。

「でね、治のところには彼氏と行ったの」
「えっ」

高校時代の記憶を取り戻していると、予想もしていなかったことを言われ、声を出して驚いた。

「最近、彼氏がおにぎりにハマってて、これは治のところ紹介しなきゃ!って思ったんだ」
「……へー」
「今まで食べてきた中で一番美味しいって言ってた。つい嬉しくなっちゃったよ〜!」
「……」

感情のない相槌しか打てない。だって、おまえ彼氏がコロコロ変わるからあまり知り合いにも合わせたくないとか言ってたじゃん。

彼氏とはどれくらい付き合ってんの?とは聞けなかった。一番の友達とか言ってくるくせに、そういう情報は伝えてこない。しかも、今日こうやって二人で飲みに行くのも久しぶりだ。久しぶりに会って、雰囲気が少しだけ変わったことに驚くくらいだから、そういう情報を知っているはずがない。彼氏とのことをSNSにあげるタイプでもねぇし。

一番の友達としての、ずっとなまえを好きだった男としての勘が嫌な方向に働く。

「みょうじ」
「びっ、くりした……?久しぶりだね、苗字で呼ぶの。びっくり!いつからだっけ?名前で呼ぶようになったの」
「みょうじが俺の事、名前で呼ぶようになってからかな」
「そうだった!倫太郎〜って呼び始めたら、サラッとそっちも名前で呼んでくれたんだよね」

モテる男は違うね!と冷やかすなまえに小さく笑う。冷やかしは直ぐに終えて、呼吸を整えたなまえの纏う雰囲気が少しだけピリついた気がした。いつもと変わらず柔らかい表情なのに、雰囲気だけが普段とは若干違っている。
じっと見つめれば、向こうは幸せそうに目尻を下げて、あのさ……と口を開く。


「わたしね、みょうじじゃなくなるんだ」


分かっていた。気付いていた。飲みに誘われた時からなんとなくそんな気がしていた。最近ずっと二人で会わなくなったくらいから予想はしていた。


「結婚するの」


だから、何度も頭の中で練習したんだ。


「倫太郎には一番に伝えたかったんだ」


幸せそうに笑うなまえのその顔が憎らしく思えてきた。憎くて、苦しくて、憎くて、とんでもなく、いとおしかった。この顔をまた見れるのなら、俺はなまえの一番の友達でもいいとさえ思ってしまう。
一呼吸置いて、相手を真っ直ぐ見つめ、口を開いた。


「結婚、おめでとう」


何度も、何度も、練習した祝いの言葉。送るなら心から祝いたかった。

どうやら練習の成果はあったらしい。
また、俺の大好きなあの顔でお礼を言われた。