見た目と声

夏の合同合宿。それは一年の中でも上位にくる過酷な練習。選手はもちろんマネージャーにとっても体力が削られる厳しいものであった。

「味噌買い忘れた……!」

合同合宿、初日の夜。一日の練習が終わり、食事をする者、自主練をする者、体を休める者、様々に動く中、私達マネージャーは食堂にやって来た部員達へ配膳をしていた。そして、ある程度落ち着くと明日の朝食の準備に取り掛かる。これが毎回の流れなのだが、ここでふとある事に気付く。味噌がない!

味噌がない味噌汁なんて、そんなの味噌汁じゃないじゃないか……!ただのお湯!昼間買い出しに行ったスーパーはまだやっている。だけど、あと少しで閉店の時間。周りを見渡すとみんな忙しく動いており、一緒に買いに行こうと頼める状況ではなかった。

「忙しいところごめん!ちょっと腹の虫の居所が悪いから抜けるね!」
「え!?」

周りに迷惑かけないような理由を告げ、お財布片手に調理場から急いで出る。後ろから「なまえちゃん、どうしたの?大丈夫?」「ああ、多分お腹痛いからトイレ言ってくるって言うのを間違えただけだと思う」と同じ学校のマネージャーから他校のマネージャーへ説明が入ったのが聞こえ、言葉を間違えた……!と色々と焦る。

穴があったら入りたい。穴がないからスーパーへ早く駆け込みたい。毎年夏合宿が行われるここ、稲荷崎高校から取り敢えず出たい。いっその事兵庫県から自分の県へ帰りたい……!とすら思うくらいの恥じらいだ。

「こんな時間にどこ行くの?」
「え?」
「……大丈夫?」
「だ、大丈夫!腹の虫の居所は悪くありません!腹が痛いんです!」
「それ大丈夫じゃなくない?」

体育館の横を過ぎ去ろうとした時、稲荷崎高校のミドルの人に声をかけられた。今の私の脳内はパンク状態。

「大丈夫です!」
「そっちトイレないけど」
「〜〜っスーパー行って来ます!」

一刻を争うのだ。トイレにこもってる時間と同じ時間で買い物をして帰らなくてはいけない。こんな時間に外で一人歩いていたら、みんな心配するだろうし、でも誰かを誘うと二人分の働きがなくなり食堂の方が大変になる。それにサッと買って、サッと味噌を置いとけばどうにかなる。急いで校門を出た。


スーパーはここから歩いて数分。走れば一瞬だ。これでも走るのは遅くない方だからきっと大丈夫。そう思った時、突然横から声をかけられた。

「スーパーって近くのとこ?」
「うわぁ!?」
「ごめん、驚かせたね」
「ははははい、びっくりしました!」
「フッ」

横にいたのはさっき話した稲荷崎の人。それに、あれ、なんか、笑われた……?顔を背けて笑われてしまった。全力疾走が一瞬で減速し、その場に立ち止まる。どうしてここに?さっきまで練習してたよね?足元を見れば、バレーシューズが外履きに変わっていた。

「この時間に女の子一人は危ないから」
「……」

急に女の子扱いをされたせいか、思わずドキリと心臓が跳ねた。他校の男子だからか、中身を知らないから雰囲気だけで落ち着いていると感じられるからなのか。同じ学校の同級生より大人っぽく見えるのは何故なのか。
第一印象だった「稲荷崎のミドル、ちょっと怖い」というのは、このたった一言で覆された。初めて話した感想は、思ってたより優しい喋り方で。それでいて、声が!とても良い!そして、そして!私が最近ハマっている、合宿始まる前日までやっていたゲームの最推しに声がそっくり。わ、わあ。まさか合宿中にこの声が聞けるとは思わなかった。

「あ、あの……」
「? ああ、角名」

あ、知ってます。よく宮ツインズ、主にセッターの彼がよく角名ァ!って叫んでるのがこっちのベンチにまで聞こえたりするから。

「角名、さん」
「さん付けしなくていいよ。敬語も。みょうじさん同じ学年でしょ」
「角名くん」
「……はい」

私が角名くんと同じ学年って知ってたんだ、とか、私の名前知ってたんだ、とか、なんでそっちが敬語になる?とか、そういう疑問は置いといて、私は己の欲望を今日初めて話した相手にぶつけてしまった。

「"妬けるな"って言ってくれないかな!?」
「は?」
「本当に妬いてる感じで!ちょっと怒りを含ませて!あっ、妬けるっていうのはお肉を焼くとかの方じゃなくて、嫉妬の方の意味で!一回聞かせてくれないかな!?」
「……」
「角名くんの声が好きなキャラの声にそっくりなの!知らなかった!あなたってそんな素敵な声なのね!聞かせてくださ…………ぁ」

やってしまった。一瞬で全身の血の気が引いた。興奮で角名くんの手を自身の両手で握ってしまったのも、一瞬で離した。オタク怖い。自分が怖い。私より角名くんの方はもっと怖い思いをしているだろう。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ」
「妬けるな」
「!!」
「これでいいの?」
「いいです!ありがとうございます!!明日も頑張れる!ありがとう!」

どうやら角名くんは、とてもとても優しいお方のようだ。そんな人に変なことを言ってごめんなさいともう一度謝罪した。棒読みの「妬けるな」を言わせてごめんなさいという意味を込めて。

「さあ!角名くん!買い忘れた味噌を買いに行きましょう!」
「味噌買い忘れたんだ」
「みんなには内緒ね!」
「あー……だからお腹痛いって」

角名くんの中でさっきの出来事と諸々辻褄があったのだろう。楽しそうに笑った後「借り一つね」ともっと楽しそうに笑う彼は、とてもとても優しいお方ではないのかもしれない。


味噌を無事に買い終え、ゆっくり学校へと戻った。一応角名くんがチームメイトであるギンくんに連絡をしてくれたみたいで、マネのみんなにも買い物をしていることを伝えてくれた。みんなの方の仕事は落ち着いたみたいで、ありがたいことにゆっくり戻って来ていいと言ってくれた。私一人じゃないし、心配もしていないだろう。伝えてくれたギンくんには感謝だ。
校門に足をかけた時、付き添ってくれたお礼を伝えると、「ウチはマネいないからこれくらいしないとね」と逆にお礼を言われた。やっぱり大人。

「お、角名やん」

そして食堂に向かう途中、稲荷崎のセッターと出会した。「なんやナンパか」とだけ吐き捨て、横目で私の方を見た後、足軽に去っていく後ろ姿を見ながら呟いた。

「イケメンだ」

近くで見るとよりイケメン。そして、声が良い。イケメンはどんな薬より良く効くと言うものだ。目を輝かせ派手な金色に染まった後頭部を眺めていたら、突然視界は真っ白に。数回瞬きを繰り返せば、これがビニールだということに気付く。更にもう一回。ぱちっと瞬きをすれば、ビニールの中には先ほど買った味噌があることがわかった。角名くんが私の代わりに持ってくれたものだ。

「ああ、これ」
「!?」
「妬けるね」
「〜っ!?」

振り返ることなく。突然、鼓膜を直に揺らしたのは私の大好きな人の声。さっきとは違い、怒りが含んだ、本当に嫉妬していると錯覚してしまいそうな声色で放たれた言葉。自分だけに向けられたその言葉に、本当にナンパだった良かったかも、なんて軽率な思考に陥った。




「角名、ナンパしてたんやって?」
「……侑に聞いたか」
「……」
「なにニヤニヤしてんの」
「いーや、角名はもっと手出すん早いと思てたわ。去年からやろ」
「こわ。何で治が知ってんだよ」