お狐さんのお嫁入り

隣の家に住む10個下の双子は兄弟のいない私には可愛い弟のような存在だった。


「なまえちゃん!俺のお嫁さんに来て!!」

高1の時、人生初のプロポーズを受けた。侑くんではなく治くんの方。小学校にもまだ通っていない六歳の男の子は制服姿で学校から帰ってきた私に泥団子を渡すと共に「お嫁さんに来て」と目を輝かせた。

「お嫁に貰ってくれるん?わぁ、嬉しいなあ。ありがとう」
「おん!約束してや!!」
「んー…治くんがかっこよおなったら、考えなくもないな」

小さい子でも出来ない約束はしたくない。かっこよくなったら、そう言うと「ほんなら結婚出来るな!俺、もうかっこええもん」の返事を頂いたので苦笑して下にある頭を優しく撫でた。




2年後の高校卒業間近。治くんは小学2年生。今度は本物の指輪を持ってやって来た。

「なまえちゃん!結婚してや!」

差し出された指輪。明らかに高そうなそれは内側に刻印がされていて血の気が引いた。恐る恐るどこから持ってきたん?と尋ねると、目を泳がせて斜め上を向く治くん。

「お母さんのやろ、これ」
「…、やって!なまえちゃん、東京行ってまうからその前に俺のもんって……」
「私は人の指輪貰っても嬉しくない。ちゃんと自分で買ってくるんやったら結婚しても…」

そこまで言って口を閉じる。やってもうた。結婚しても、の発言に治くんは大きな目を更に大きくさせて「自分で買う!!!!せやったら結婚してくれんねんな!約束な!」と手に持っている指輪をギュッと握りしめた。



東京の大学を卒業し関東で仕事に就いて数年。治くんが17歳、私が27歳の時。高校生の治くんは部活が忙しいみたいで、私の帰省時とタイミングが合わなくて、会うことが出来ずにいた。
しかし、たまたま見かけることが出来た高校生のあの子を目にした時は驚きで固まってしまった。

「…銀髪」

家の扉門の取っ手に手をかけた時、銀に染まった髪を見てポカンと口を開けてしまう。向こうも私に気づき同じ顔をして固まっていた。そして、数秒。沈黙の後、俯きながらスタスタとこちらに歩いてきて、靴先がくっつくくらいの近さまで距離を詰められた。

「なまえちゃん、もう少し待っとってくれへん?」

待つ。それはあの約束のことだというのは容易に分かる。まだ言ってるん?あんな小さい頃の約束。

「10も離れた私やなくて治くんには「待ってくれとるやん」…」
「なまえちゃん、結婚せんで待ってくれとる」
「あー…うん、うん。それはただ」

ただ結婚できないだけで。そう口に出したら惨めさと悲しさで自分の言葉に苦笑する。せやけど、実際治くんの言ってることは当たってるんかなとは思う。やって、私にプロポーズしてくれようとしてた彼氏には結婚の言葉が出た瞬間、治くんの顔を思い出して曖昧な返事をしてしまったことがあったから。そして、それが原因で振られた。


私は治くんと結婚したいんか?好きなん?


そんなことない。そんなことあるわけない。じゃあ、どうして未来を考えようとすると必ず治くんが隣におるの?
そこまで考えたとこで口が勝手に開いた。


「30までしか待たんから」
「!!」

治くんの思い通りになるんがなんや納得いかんくて顔を険しくさせてしまう。ちゅうか、久しぶりに会って初めての会話がこれって…。昔と何も変わらないやりとりに呆れるように笑う。ただ違うところがあるとしたら治くんの頭が私よりもうんと高い位置にあり、頭を撫でることが出来ないことくらい。

ゆっくり高いところにある昔撫でたそこに視線を向けたら、ふわりと表情を柔らかくした治くんがいて。


「やっと返事くれた」


そう言ってポンッと軽く私の頭に手を置いて優しく撫でられた瞬間、泥団子を作っていたあの頃の治くんではないと思い知らされた。




それから2年。治くんが自分のお金で買った結婚指輪を片手に持って走ってきて、息を切らしながら初めて言われたプロポーズの言葉を放たれた。



「なまえちゃん!俺のお嫁さんに来て!!」


初めて首を縦に振る返事をすると、安心したように両腕で私の体を包み込んでくれて「フッフ、なまえちゃんは絶対、約束守る人やからな」と言う治くんに「約束したつもりないんやけどな…」と照れを隠すように口に出してから、大きな背に腕を回した。