まねごと

普段私しかいない狭い部屋に今日は175以上もある大きな体があって少しだけ窮屈に感じていた。

「ねぇ、続き取ってくれない?」

取って、と指すそれは私のすぐ横にある少女漫画。二人並んでベッドに背を預けて座り、黙々と私がオススメした漫画を読むという休日を送っている。ボーダー隊員である忙しい彼氏が折角の休みでデートが出来るというのにどこも行かないのは豪雨という大変な天気だからだ。
澄晴くん、私、漫画の順に並んでいるため、彼の持っている巻数を確認してから次のを取る前に大きな声で返事をした。

「なまえ了解っ!!」
「……え?」

返事を聞いた澄晴くんは私の横に積み重なっている漫画に向けていた視線をこちらに移し、ぱちぱちと目を瞬かせる。口を少しだけ開け、普段あまり聞くことのない間抜けな声で零れた「え?」の言葉にもう一度繰り返した。

「なまえ了解」

今度は真剣な声色で発し、漫画を差し出す。しかし、差し出した物は受け取ってくれずこちらをただ見つめるだけで。

「それは、もしかして…」
「澄晴くんの真似!」
「だよねえ」

はは、と空笑いのような感情が読み取りにくい表情をされ、口を結んだ。怒らせた…?さ、流石にこれは不味かったかもしれない。命の危険性があり得る中、ボーダー隊員として人々守っている姿を真似されるのは良い気分じゃない。

「ごめんな「それ誰から聞いたの?」…え?」
「おれ言ったことないよね。任務中に見られたわけじゃないし」
「……」

真似をされたことに対しての反応じゃないことに一瞬思考が止まり、また口を結ぶ。それに怪しく目を細め意味深に、ふーんと言った。

「…辻󠄀ちゃん」
「!」
「あ、当たり?」

答えを当てられ、挙動不審になりながら首を縦に振る。辻󠄀ちゃんという人は澄晴くんから一度だけ名前を聞いたことがあって、会ったことはない。けれど、先日偶然お会いして、たまたまお話しする機会があっただけで。特に澄晴くんには知らせてなかった。やっぱりこういうのは言ったほうが良かったんだ。でも実際、私自身も忘れていたから仕方ない、と思い、たい…。
しかし、怒られるかと覚悟していたそれは不要だったらしく、下を俯く顔を覗かれ放たれた言葉は意外なものだった。

「よく話せたね。辻󠄀ちゃん、女の子苦手なのに」
「あ、それはね、私がショッピングモールで迷子になって困っている時に店員さんと間違えて声をかけちゃって!凄く困らせちゃったんだけど案内してくれて、その時名前を聞いたら澄晴くんと同じチームの人って知って色々お話聞いちゃったの!」

一気に説明したから息が荒くなる。質問の答えになってないかなと思ったが、流石彼氏…というか澄晴くんだからというか、全てを理解し納得したように返事をくれた。

「あのさ、怒ってる…?」
「んー、どう見える?」

こういう時の澄晴くんはタチが悪い。怒っているのかそうでないのか、それを見分ける術は私にはない。この現状で質問を質問で返す時、面白がっているか不機嫌かどちらかだと思うのだけれど、ここはひとつ素直になった方がいいということだけは今までの経験から学んでいる。

「少し怒ってる?」
「うん、少しムカついてる」
「ムカついて…。勝手に同じチームの人とお話して、それを真似してごめんなさい」
「そのことにはムカついてないよ」
「え?」

じゃあ、何に?ムカついてると言われ、落ち込みを隠せないでいる私の髪を梳かすように指を滑らせ、最後毛先から離れると髪が自分の顔に当たり微かに痒さを感じる。

「そうだね」
「……」
「強いて言うなら、」

そこまで言って私が手に持っている漫画を奪い、端に置いて顔だけを近づけてきた。鼻が触れそうな距離から逃げるため、上体を後ろに逸らすがそれも限界がきて床に背を打つように倒れ込んでしまう。この時、体を打たないよう片手で支えてくれる澄晴くんに更に心臓が速くなる。覆い被さり顔の横に左手を。もう片方は肘だけをベッドに乗せて肘から下は力なくぶら下げている。
このうるさい心臓の音が聞こえたのかは分からないけれど、口元に弧を描き言った。

「この可愛い発言が他の男から作られたと思うと、ムカつく」
「え、」

ってこと。と先程より声を明るくさせたのに安心したのも束の間。グイッとまた顔の距離を近づかせてから「もう一回言って?」と言われる。

「な、なにを」
「へえ、しらを切る気?」
「…だって、そう言われるとなんか恥ずかしい」

恥ずかしさから首を横に捻り澄晴くんから背けてしまう。

「えー言わないの」
「…うん」
「あんなノリノリだったのに?」
「う、うん」
「楽しそうだったじゃん」
「うん」
「だけど言わないの?」
「うん」
「じゃあ、これから何させてもいいってこと?」
「うん」

そう。と短い返事をした後、服の中に手が侵入してきたことに気づき、物凄い速いスピードで澄晴くんを見ると「やっとこっち見た」そう言ってふわりと笑う。

「ほら、なまえ。もう一回言ってよ」
「い、わない」
「……言ったらやめてあげてもいいけど」

嘘だ。何か絶対企んでる時の目をしてる。別に付き合っているのだからそういうことをするのが嫌なわけではないんだけど。今は恥ずかしいから嫌だ。

「で。続きしていいよね?」

その問いに聞こえるか聞こえないかの微妙な声量で口に出した。なまえ了解、と。そして、言って直ぐに気付いた。ハメられたって。

「だめだめだめ!!」
「了解って言ったの自分でしょ」

更に服の中に侵入してくる腕を掴み、首を横に振る。

「そんな拒否られると傷つくなあ」
「ち、違くて…!あの、今は駄目!!恥ずかしいから…」
「ふーん。…あ、本当だ。はや」
「っ、」

駄目だと言っているのに手は胸あたりまで進み、心臓が速くなってるそこに直で触れてくる。

「だから、ちょっとだけ待って!!」
「待ってあげるからもう一回言ってよ、あれ」
「何回言わせようとするの!?」
「早く」

待ってくれるなら。そう思って口を開こうとしたがそれは澄晴くんの唇によって阻止させた。

「残念」

待ってあげられないね。と愉しそうに笑い、舌を出して自分の唇を舐めた後、深い深いキスをされた。