苦手な人

ボーダーの顔役として一般市民によく知られている嵐山隊の隊員、時枝充という男は同じクラスメイトである。

ただの高校生である私からは想像も付かないほど多忙で、現に数日ぶりに学校で彼の姿を見た。通常の防衛任務の他にメディア出演、新人への入隊指導など幅広く仕事をしていることを同じボーダー隊員である奥寺くんから聞いたことがある。


彼の第一印象はやる気のない人。常に眠たそうにしている半開きの目がそう思わせた。しかし、実際はその逆で。仕事は早く隙が無く、周りからは出来る人間と言われていた。

それから彼への印象はやる気のない人から仕事は出来るが人間関係は苦手そう、に変わる。どうしてそう思ったのかは分からないけれど、なんとなくあの顔であの仕事ぶり、そしてテレビの中のあの表情を見て苦手そうだと思った。けれど、これも違うらしい。学校で見る彼は普通に友達がいて、普通に仲良くしている。

そして、時々笑う。これも予想外だった。他の人より分かりやすくはないけれど、よく見ると口元に緩く弧を描いて柔らかく笑う。私はこの笑顔がなんとなく苦手だ。理由は分からない。なんとなく苦手。そう、なんとなく。だから、たまに目に入ってしまうあの顔を見たくなくて彼には近づかないようにしている。そうしているから、同じクラスにいるのに話したことは一度もないのだ。


苦手なものには近づきたくない。これからも近づく予定も、ましてや話す予定もなかった。





学校からの帰り道。嫌な警告音が鳴り響いた途端、背後から黒いゲートが現れ、次に避難をするようアナウンスが流れると共に近界民が姿を出した。こんな近くで見るのは初めてで、足が固まり動けなくなる。

どうして、ここに現れるの…?だってここは警戒区域の外でしょう?そんなことを考えているうちに、ドンッと心臓が跳ね上がる程の大きな音と振動にバランスを崩し尻もちをついてしまった。そして、近づいてくる白い巨体。


あ、これは死ぬかもしれない。いや、死ぬ絶対。


覚悟を決め目を瞑り、これからくる衝動に耐える準備をしたが、なかなかそれは来ず不思議に思いゆっくり瞼を開けると、赤い服を着たよくテレビで目にするクラスメイトの姿があった。手にはナイフよりも大きく、刀よりも短い武器を手にしており、倒れている近界民からそれを使ったことが分かった。

「怪我はない?」

振り向き、地面に座り込んでいる私に手を差し伸べるクラスメイトは続けて「みょうじさん」と私の名を呼んだ。

「え…、名前」

知ってるんだ、と呟いた小さな言葉を逃さない彼は淡々と答える。

「同じクラスでしょう、知ってるよ」
「そう、ですか」

何故か敬語になり片言にもなってしまう。今度は普通に答えようと先程の問いに返事をする。

「怪我はしてない」
「そう。良かった」

そう言って、私の苦手なあの顔をされた。いつも遠くで見ていた彼の柔らかい笑顔が今はこの近い距離で自分に向けられている。ああ、やっぱり、苦手だ。だけど、今はなんとなく、じゃなくて苦手な理由がはっきり分かる。この顔を見ると心臓が鬱陶しいくらい速くなるんだ。イライラしてどうしようもないくらいに。だから、苦手。

そっぽを向いて、差し出された手を掴み立ち上がるため引っ張られる。

「……ありがとう」
「いいえ」

顔を背けながらお礼を言い、視線だけを動かし相手を見ると、もう一度私の苦手な表情を向けられる。本当にやめてほしい。理由が分かったところで、苦手は克服されない。というより、分かったからこそ余計に苦手度が倍増した。

どうやら、私は時枝くんのことが好きらしい。他人事のように考えながらも、他人事ではないことにため息を吐いた。