かわいいはかっこいいの上

「時枝くんって可愛いよね」

彼に話しかける度、第一声は必ずこれ。そして、返される言葉も毎回同じだ。

「うん、ありがとう」

ふわりと少しだけ笑う時枝くんはいつも通り。いや、若干違うか。前はもっと間が空いてから返事をされた。もう挨拶化された可愛いの言葉に向こうも挨拶をするように淡々と返される日々だ。


そんなある日。いつも通りのやりとりをしていたら、藍ちゃんに言われた。

「先輩は時枝先輩のこと好きなんじゃないんですか?」
「好きだけど?」
「そう、ですか。じゃあ、あまり可愛いって言わない方が…」
「え!?なんで」
「…だって、男の人はそんな可愛いって言われるのいい気しないと思って」

気まずそうに視線を逸らす藍ちゃんの助言に固まってしまった。今いるのは嵐山隊の作戦室。今日も可愛い時枝くんにそれを伝えて、彼が用事があると部屋を出て行ってから、お菓子を頬張る私に藍ちゃんは口を開いたのだ。

「だってさ、可愛いってかっこいいの更に上のことじゃない?」
「え、っと…?」
「時枝くんがかっこいいのは分かってるの!でも、それを超えて可愛いって思えてしまうというか…!愛情…そう!愛なの!!かっこいい人を可愛いって思ってしまったらもう抜け出せないって言うでしょ?」
「…はぁ、」

納得のいかない顔をし、頑張って理解しようとしてくれる後輩ちゃんの両肩に手を乗せた。

「でも、かっこいいの方がいいのかな?時枝くん嫌がってた!?」
「え、それは分からないですけど。かっこいいの方が私は良いのかと」
「そっか…」

うん。よしっ、決めた。ちょっと伝えてくるっ!!そう言って、返事を聞く前に部屋を駆け足で出て行く。確かに、かっこいいとは言ったことがないな。言ったら、なんて返してくれるんだろう。あれ?なんかドキドキしてきたような…。まだそんな遠くに行っていない目当ての人物の背中を見つけ呼び止めた。

「時枝くんっ!」
「みょうじさん、どうしたの?」

軽く首を傾げる彼に、可愛いの言葉が出てくるのをグッと堪える。これは、確実に可愛いでしょう!

「あのさ、時枝くんって」
「うん」
「…か、」
「か?」
「……」

あれ?あれ…?は、恥ずかしい、気がする。可愛いは言えるのに?かっこいいは言えないの?だって本気みたいじゃん!そこまで考えてハッとする。そうだ、本当のことだから恥ずかしくて言えなかったんだ。可愛いで誤魔化して。いや、可愛いのも本当だけど。段々自分が何を考えているのか分からなくなってきた。もういいか。言っちゃおう。忙しいのに時間を取らせて申し訳ない。

「どうしたの?」
「っ、」

意を決して下を向いていた顔を上げた時、至近距離に時枝くんのかっこいい顔があった。心配そうに見つめられ、また誤魔化そうと可愛いの言葉が出て来るのを必死に堪えてゆっくりと口を開く。

「時枝くんってかっこいいよね」

言えた…。言った!恐る恐る相手の方を見ると、珍しく目を見開き驚いた様子でいた。数回瞬きをして、こちらを見つめられ、いつものように返事をされる。

「うん、ありがとう」

しかし、ありがとうは棒読みで、目はこちらに向けているというのに視線は交わっていないように感じて。それから、体は少しだけ固まっているように見えた。初めてだ、こんな姿を見るのは。
そして、数秒後。ピクリと指先が動いてからいつもと同じように笑って言った。

「なんか、照れるね」

その言葉通り照れた表情をする時枝くんに今度は私が照れてしまう。

「て、照れるの!?」
「うん、照れたよ」
「いつもと違う反応!!」
「そうだね」

なんで!?と問う私に「なんでだろうね」と返される。直ぐ無表情に戻った彼にもう一度あの顔をして貰いたくて、もう一回言ったら照れる!?そう聞くと「どうかな」なんて曖昧な返事をされた。