バレンタイン

うわぁ〜、時枝くんいっぱい貰ってる。

ボーダーのお仕事が忙しい彼が今日学校に来るとは思わなかった。一限目が終わってから登校してきた時枝くんの手には既に数個の可愛らしくラッピングされたバレンタインチョコがあり、やっぱりモテるんだなぁと呑気に思った。
そんなモテモテのボーダー隊員は静かに自席の椅子を引き、スッと腰を下ろす。いつもクリアな視界が今日は淡い栗色の髪が目に映っていた。メディア出演が多く、有名な彼が自分の前席ということだけで背筋が伸び、少しだけ緊張する。

コトン。と机に置いていたチョコが一つこちら寄りの床に落ちたため、それを拾い上げた。

「…はい」
「ごめんね。拾ってくれてありがとう」
「いーえ」

後ろを振り向き丁寧に受け取る仕草に、この人は私と同い年なのかと度々考える疑問を今日も抱く。

「たくさん貰ったね〜」
「うん。みんなボーダーの人からだよ。あとは日頃のお礼ってくれる人とか」
「そうなんだ」

そうなんだ。それって、もしかして本命はないってこと?あ、でもまだ貰ってない可能性もある。大いにある。本人が気付いてないだけで本命が今手元にあるかもしれないし。しかも、私が時枝くんに用意したチョコは本命だし。もうこの時点で一個は本命チョコだ。私、本命って言うつもりなかったから。日頃のお礼って言うつもりだから。今、時枝くんの手元にある日頃のお礼チョコには本命が含まれているかもしれない。そう思ったら私もチョコを渡せる気がした。本命って言うつもりないし、みんなと同じように…。

「あの、さ」
「?」
「私も時枝くんにはいつも、その…日頃のお礼を込めてのチョコを持ってきたんだけど、貰ってくれるかな」

悪いことはしていないのに、叱られた子供のように目をあちこちに動かし控えめに聞く。

「おれに?」
「うん」
「日頃のお礼?」
「…うん」
「どちらかと言えばおれの方がみょうじさんにお礼しなきゃいけない立場だけど」
「ゔっ…いやっ!それはその!時枝くんに色々助けてもらってるし!!しかもほら!いつも市民の安全を守ってくれて!っていう!!」
「そう?」
「はい」

なんだ。なんかすんなり受け取ってくれると思っていたけれど、どういう訳か突っかってくるというか、素直に受け取ってくれないというか。痛いところをつかれる。時枝くんが私にお礼をする立場というのは受けれなかった授業のノートを見せたりするからだろう。なんとかチョコを受け取ってくれたことにホッと胸を撫で下ろした時、最後に爆弾発言を落とされた。

「本命だったらいいなって思ったりしたんだけどな」

受け取ったチョコを見つめながら口角を少し上げ、そう言う彼に心臓が一瞬止まった。そして、チョコから私へゆっくりと視線を移した彼は普段動きが少ない目を細めて笑う。

「ありがとう。凄く嬉しい」
「っ」

ヒュッと喉の奥が鳴った途端、体中が一瞬で熱くなる。本命チョコだとは絶対言わない。そう決めたのに、彼の言葉、彼の表情を見て慌てて訂正をした。

「それっ…!本命のっ!!」

そこまで言って口を結んだ。そうしてしまったのは前を向いた時枝くんが「本命」という言葉に振り返ったから。その表情は驚いているようで驚いていないようにも感じられて、ハメられたと思ってしまったからだ。最初から私の気持ちを気付いていたのだろうか。恥ずかしさで少し怒りが篭った声色で「言わせた!?」と叫ぶと「そんなことないよ」と淡々と返すわりに少し楽しんでいるようにも見えた。