2022/08/08

ディファレンシア

レイス夢
戦闘中の一コマ

* * *

ぶわり、と黒髪が宙に舞う。
掠った銃弾が私の髪留めを射止めたのだ。途端、頭頂部で纏めていた髪が降りて来た。

「レネイ先輩、大丈夫ですか!?」
「ええ、怪我はないわ」
「なら良かったです」

私がそう返すと彼女は安堵したように笑った。気安いが、礼儀正しい後輩に私は試合中だが言葉に出来ない温かいものを見出した。

「髪留め、スペアって有りますか?」
「無いけれど、特に問題無いわ」
「……もし良かったら、私の胸ポケットにヘアゴムが入ってるので使って下さい。牽制してますし、ゆっくりで大丈夫です」

彼女の鋭い視線は離れた建物の屋上に向けられている。私の頭髪を乱れさせた弾丸はその方向から飛んで来たのだった。

「……有り難く使わせて貰うわ」

スコープを覗き込む彼女の視界を遮らぬ様に屈みながら彼女の胸部に手を伸ばす。
彼女のパーソナルスペースを侵すのが少しだけ心苦しい。けれども、それが許される関係である事が嬉しい。

「レネイ先輩が髪を下ろしてるの、初めて見ました」

シンプルな黒いヘアゴムで髪を括っていると、彼女が話し掛けて来る。雑談をしていても狙いは定めたままだ。

「……似合わないでしょう」

以前、伸び切ったヘアゴムが突如して切れ、仕方なしにそのままドロップシップを歩いていると、偶然出会ったミラージュに「幽霊かと思ったぜ」と言われた事がある。

女性特有の美を重じる人間だったなら、きっとその言葉に激怒するに違いなかった。
「だから、貴方はモテないのよ」と切り捨てると彼は慌てて謝罪してきたものだ。

ミラージュは素直だ。だから、彼の言葉は本当なのだ。きっと多くの人間が口にはせずとも、そう思っている筈だ。

傷付いてはいなかった。そもそも、私は自ら「レイス」と名乗っている。
そして髪を適宜整える事も諦め、適当に括っているのは事実なのだから。


「いえ、思わず見惚れちゃいました」

気づけば、振り返って彼女の顔を見ていた。瞳は銃身に隠れて見えない。けれど、桜色の唇はふんわりと弧を描いていた。

「お世辞はいいのよ」
「そんな、お世辞なんかじゃ!」

言われなくとも、本心だと分かっていた。
まるで、宝物を一つ一つ手に取って紹介する純真な少女みたいな口振りだったからだ。

言葉一つで彼女はいつだってするりと私の内側に入ってくる。
この心地の良い甘い感情にとっぷりと身を任せたくなってしまう、そんな魔性の女としての側面を彼女は持っている。

「分かったわよ。……有難う」

随分と小声にはなってしまったが、礼の言葉が自然と出た。気付けば、いつの間にか頬が火照っている。

羞恥の証を自然に隠せる髪は纏めたばかりだ。

 cm(0)
prev or next
カド