1hour
drawing

※ワンドロまとめです
※デッドリーは仮装設定(not別人格)


『いつから恋って気付いてた?』
お借りした診断メーカー様はこちら

ふぅ、ふぅ、と吐息を吹き掛け、箸で麺を掴み啜り上げる。ピリっとした辛味がやや淡白なスープに深みを与えて、食欲をそそる。
オフの日に画面を見詰めながら食べるインスタント麺にはある種の趣がある。俺は心からそう思うが、きっとイライザにそう言ったら顔を思いっきり顰めるだろう。

先日、たまたま食堂に顔を出したタイミングが彼女と一緒だったのだ。
席もそこそこ埋まっていて、同席しないというのも妙で自然と彼女と昼食を摂る事になった。
彼女はオムライスにスープというランチBセット。俺は牛丼に豚汁というランチAセットだ。

ナプキンでさっと手を拭った後、七味唐辛子の瓶を手に取り丼と汁物に振り掛ける。こういうものは掛ければ掛ける程上手いと決まっている。
ちょっとした真っ赤な山を作り箸で混ぜようとすると「あの、」と声をイライザに掛けられた。

「なんだ?」
「掛け過ぎじゃないですか?本来の味しませんよ。それ、もう」
「辛い物が好きなんだ」
「限度を超えてますし、刺激物の摂り過ぎは体に良く無いですよ」

以前、ライフラインに食事指導を受けた事を思い出す。彼女と全く同じ事をイライザに指摘されたが聞こえないフリをする。
食事という細やかな楽しみを俺から奪わないで貰いたい。

「体が資本の仕事なんですから、ちゃんとしたものを食べて下さいよ?」
「じゃあなんだ、君が俺の食事を用意してくれても良いんだぞ」

突き放す様に言うと、呆れた様に彼女は溜息を吐いた。

「偶にならいいですよ、なんかクリプト先輩って休みの日とかインスタントで全て済ましてそうですし」

何で俺の休日を知っているんだ。そう言いたくなったが、癪なので返事はしない。

「冗談だ」
「そりゃあ、残念です」

くっくっく、とイライザはひとしきり楽しそうに笑った後、美味しそうにオムライスを口に運んでいた。
なんというか、見ていて食の楽しさというものが伝わる笑顔を彼女は浮かべていた。

そう言えば、顔を突き合わせて食事をするというのは家族で食卓を囲んでいた時振りかもしれない。何だか穏やかな気持ちに染まっていくのを俺は認めた。


またイライザと食事をするのも良いかも知れない。そう思い立ち、起動したままの端末で丁度良さそうな店を調べる。

彼女は香辛料の山を見て眉を顰めていたし、辛いのは苦手なのかもしれない。
あの時は洋食を食べていたし、ミラージュの酒場でも小洒落たツマミを食べていた気がする。 確か、女性は写真映えする食べ物が好きだとミラも言っていた。

鮮やかなメニュー写真と高い評価に惹かれ、俺はとある店のサイトを開いた。きっとこの店なら彼女も喜ぶに違いないと俺は1人得意気になっていた。
レビューの評価も上々で「デートに最適」というワードを見て此処なら女性受けもきっと良いはずだと自信を持つ。

だが待て、俺は同僚とただランチに行くつもりなだけだ。もし勘違いでもされたら困る。
世話にもなっているし、それなりに気心も知れている仲だ。2人で出掛けても別におかしくはない筈だ。

自身にそう言い聞かすも、何だか自然と頬が熱くなる。ただ、彼女が美味そうに食事をするのが見たいだけなのに。

嗚呼くそ、どこの誰だ。
唯の食事をデートだなんて色気付いた名称で呼び始めたのは!


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『化け物らしくお腹を空かせて』


胸の前で組まれた両腕が、開いたと同時に獣を思わせるポーズを象る。
いつもは短く整えられている爪は付け爪なのか普段よりも長く、血色を失った様な非日常的な化粧と合わさって、雰囲気が抜群に醸し出されていた。

「クリプト先輩の仮装、カッコいいですね」

大振りのフリルがあしらわれたシャツに、まるで中世の貴族の様なベスト、それに黒の重厚なコート。
前髪は全て後頭部に流していて、白い髪が一房だけ額に垂れているのがなんだか退廃的でセクシーだ。
彼は何処からどう見てもうっとりしてしまう程完璧な吸血鬼だった。

「……そうか?」

ストレートに褒めたからか、分かりやすくクリプト先輩は頬を赤らめた。それを隠す様にコートの襟を立てるのが何だか意地らしい。

「異形感と、耽美さが合わさっていて単純にカッコいいだけじゃないのが素晴らしいです!……写真、撮ってもいいですか?ネットに上げたりはしないので」
「どうせ試合で中継されるんだ、好きにしてくれ」
「ふふ、ならお言葉に甘えて」

手持ちの端末で色んな角度から写真を撮らせてもらう。許可は貰えど、ミラージュ先輩の様に視線等はサービスはしてくれない。それがクリプト先輩の良いところでもあるけれど。

「いい写真撮れました!ありがとうございます」
「そうか」

呆れた様に笑うクリプト先輩の口元を見て、私は新たな気付きを得る。

「もしかして牙、あります?細かい……スタッフさんの拘りが尋常じゃない……」

「おおー」と感嘆の溜息を漏らしつつ、思わずクリプト先輩の口元を覗き込む。そんな私の視線に彼は眉を顰めるが、見たいものは見たいのだ。

「良い加減にしろ」
「その表情すら、絵になります」

そう揶揄う様に言うと、彼は突如として動いた。急に脇の下に腕を回されて、私は目を剥いた。拘束……いや、抱き締められている。

「ちょ、っ……!」

近過ぎる体温に心音がドクドクと激しく音を立てる。これではきっとクリプト先輩にも伝わっているに違いない。

背中から彼の指が首裏に回り、ファスナーに触れる。そのまま無防備な首筋が露出するまで下され妙な汗が全身から噴き出る。

ギュッと力強く私は目を瞑った。不必要な迄に彼をジロジロと見たのは自分の癖に、そうでなければ羞恥で消えてしまいそうだった。

肩に掛かった髪をそっと振り払われたと思いきや、ぬめりを帯びた、温かいものが私の肌を撫でた。艶かしい感触に、体が無意識にぴくりと跳ねた。
一転し、硬く鋭いものが私の首筋に当てられた。フェイクの筈なのに、その鋭さや掛かる吐息の生々しさに生唾を飲んだ。

「……っ」

クリプト先輩の上着を掴み、やがて訪れるであろう衝撃に備えるが一向にその瞬間はやって来なかった。
目を開いて半歩クリプト先輩から距離を置くと、得意げに彼は笑っていた。

「中々刺激的な悪戯だっただろう?」

言い返す事も出来なくて、首筋を抑えながら私はコクコクと頷いた。
もっと、ピリリとした痛みのある刺激が欲しかったとは言えないまま。





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