<

MayGod
blessyou

※2023ハロウィン記念
※片思いしているプト

「ねぇねぇ、お菓子ちょうだい!」
「ふふ、マーラが喜ぶかなって」
「わあ!これってエコー!?イライザ、ありがとね!」

本日は運営からハロウィンにちなんで仮装をする様に指示が出ている。
そのせいで、バトルシップのロビーはいつもよりも賑やかというよりかは騒がしい。

ちらりと、御目当ての彼女を盗み見た。修道女の仮装をしているイライザは、最年少の同僚に満面の笑みを向けて白いコウモリの形をしたキャンディーを配っている。

御機嫌な様子を見せるヴァンテージは早速ビニール包を剥いて、パクりと飴を頬張った。まだまだ菓子を回収する予定があるらしく、簡単に挨拶を済ますとイライザから離れて行った。

ヴァンテージだけでなく、イベントでレジェンド達は揃いも揃って何となく浮かれている。
写真を撮り合ったり、菓子を交換する方がどちらかというと普通で、壁のシミなんかをやっているのは、俺を除くと凶悪なピエロの仮装をしているコースティックと、殺人鬼そのものであるレヴナント位である。

今日は話題に事欠かない日だ。彼女に話し掛けるのも不自然ではないだろう。豪奢で派手なジャケットの襟を正したのを踏ん切りに、俺は彼女に声を掛けた。

「イライザ」
「あ、クリプト先輩。ヴァンパイアの仮装とっても似合ってますよ」
「そ、そうか……」
「あんまりにもカッコいいので写真を頼みたかったんですけど、良いですか?」
「ああ、」

自分の方から話し掛けたというのに、会話の主導権はあっさりと彼女に奪われてしまった。
しかも、短いやりとりだというのに、いくつか聞き流す事が出来ない事を言われた気がする。似合っている、だとか。カッコいいだとか。

俺もサラリと彼女の愛らしい仮装姿を褒めたかったが、出てくるのは「あー、」とか「その」みたいな気の利かない、言葉ですら無い音ばかりだ。

照れで俺が口籠る間に、彼女は自身の端末を取り出しインカメラにした。「もっと私の方に寄って下さい」と言われ、嬉しさよりも混乱が勝る。

視線を少しばかり下にやれば、黒いベールを被っている所為で見えないが、本来ならば彼女のつむじがある。

近い。けれども、遠い存在だ。
目の前に彼女がいるのに、不用意に触ったら世間の、そして彼女の信用は失墜する。

「先輩!視線こっちです!」
「ん?ああ、済まない」

彼女に声を掛けられて沈んでいた意識が覚醒する。画面の中に自身の体がそれらしく収まるよう、少しばかり屈むとイライザは満足そうに笑った。

可愛いな、なんてとても言えやしない。けれども、その笑顔に釣られたのか自然と俺の口角は上がっていた。

「うん、いい写真です!先輩が本物のヴァンパイアじゃなくて良かった」
「俺を理性無く人を襲うような化物だと?」
「いえいえ、本物のヴァンパイアは鏡や写真に映らないって知ってましたか?」
「ほう。不思議な言い伝えだな」
「だから、こうやって形に残せて良かったです」

俺はイライザのこういう、優しさや親しみを惜しみなく表に出す所が、好きだ。
それにちゃんと返して、愛される自分になりたい。そう思っているのに、照れ臭く感じ、いつも素っ気ない返事をしてしまう情け無い自身がいる。

「そうか」と答えた後、続けてなんと言葉を掛ければ良いのか分からず、少しの間逡巡していると思い出した様にイライザが「そういえば」と切り出してきた。

「私に何か用でもありました?先に写真撮って貰っちゃって済みません」
「……まあ」

思い出したのは、先程のヴァンテージだ。あんな感じに、自然に。そう意気込み、今日という日専用の言葉を俺は口にした。

「トリック、オアトリート……」

言った後、急激に羞恥が襲ってくる。血の気を失った様に見せるメイクをしているが、今も俺の頬は真っ青だろうか。

「……あー……実はその」

笑って「はい!お菓子です!」という反応を予想していたのだが、イライザは困った様な表情を浮かべ、俺たちの間に気不味い空気が流れる。

年上のオッサンが若い子の真似をするなんて、気持ち悪い。そう思われているのかもしれない。
ジャケットの内側では、冷汗が滝の様に流れている。余計な事をしない方が良かった。絶対に。

「ごめんなさい、お菓子が想像よりも捌けるのが早くて。一つも渡せるものが……」
「……なるほど」
「この場合、悪戯を受ければ良いんですか?」

どうやら、イベントに浮かれ切ったオッサンの対応にではなく、渡せるお菓子が無かったから彼女は困ったらしい。
俺はこっそりと胸を撫で下ろしたが、その直後彼女はとんでもない言葉を口にした。

「い、悪戯……」
「クリプト先輩がどんな悪戯を考えるか純粋に興味があるんで、受けて立ちますよ!」

彼女は自身の胸を拳で叩いた。ドーンと来い、というジェスチャーであろう。
そんな健全そのもののイライザとは正反対に俺の頭は桃色の、とてもいやらしい妄想が充満しつつあった。

背後からその首筋に牙を立てて、そのまま彼女の内側に入り込む……。
恍惚とした表情で俺を見つめて来るイライザは純潔の乙女だというのにまるで娼婦の様で……。

と、まで考えた後、俺は頭を物理的にも抱えた。普通、ハロウィンで悪戯を選ばれたら何をするんだ……?
それが分からないからどうしても思い浮かぶのは不健全なものばかりだ。

「後日でいい。……君の手作りの菓子が、欲しい」

良い案が全く思い付かず、結局菓子に着地してしまった。けれども、咄嗟に出た言葉にしてはまともで、彼女を独占したいという欲をうっすらと纏っている。

「じゃあ、とっておきを用意しますね」
「宜しく頼む」

くすりと笑った彼女は本物の修道女の様に慈愛に満ちていた。
ああくそ、君の愛を俺だけのものにしたい。





apex top
index