今からこの場所に足を踏み入れないといけない。想像以上の惨状に動揺した心を落ち着かせようと息を吸い込むと、淀んだ空気が肺に満ちていった。
「あの…ここが、ええと、その…私の職場ですか?」
どうか違っていて欲しいと願いを込めて、足元の狐に声をかける。狐は前を見据えたまま元気よく答えた。
「はい!こちらが審神者様に着任いただく本丸に御座います!さあ中へ参りましょう。きっと刀剣男士の皆様がお待ちのはずです」
狐は私を急かすように、とことこと石畳を進んで行く。うわあマジか行きたくない。そんなことを考えながら重い足を引きずって狐後ろをついて行く。
屋敷の玄関にはインターホンがついておらず、本当に昔ながらといった作りのようだった。
「…すみません、失礼しま…す……」
声をかけながら戸を引くと、玄関先に黒ずんだ汚れがこびりついていた。
何か、どろっとした液体をびしゃりとぶちまけたような汚れだった。
「…狐さん」
「こんのすけで御座います審神者様」
「この汚れはなんでしょうか」
「血痕かと存じます」
「へー…血痕ですかぁ…」
帰りたい。
どうしてこんなことになってしまったんだろうか。
私はほんの数時間前のことに想いを馳せてぼんやりと現実逃避を始めていた。
私は大学2年の春休みを満喫していた。
大学入学のため一人上京して、一人暮らしにも学生生活にも慣れ、バイトで貯めたお金で友人と温泉旅行にでも行こうかと計画を練っている最中だった。